東京ではたらく

食品商品企画:山口文菜さん(30歳)

職業:食品メーカーの商品企画
勤務地:東京都千代田区
仕事歴:9年目
勤務時間:フレックス制
休日:土日祝日

「私、みなさんみたいに感動的なストーリーはお話しできないですよ……」

申し訳なさそうに言って、テーブルに並べた「フルグラ」(自分が企画を手がける商品)の陰に隠れるように着席する。彼女との会話を録音したテープを聞き終えた今は、それがただの恐縮ではなくて、彼女の仕事に対する姿勢をよく表す行動だったのだとわかる。

スナック菓子メーカー・カルビーに務めて9年目。現在は「フルグラ」というシリアルの商品企画を担当している。商品企画という言葉から想像するのは、ゼロから新商品の企画を練り、ヒット商品を生み出すような、いわば菓子メーカーの花形的存在。そう伝えると、

「そういうイメージもあるかもしれませんけど、実際はもっと地味というか……地道な仕事です」

と、苦笑い。実際、山口さんが担当するフルグラは1991年から販売している商品で、彼女が担当になった当時は発売後28年も経っていた。山口さんに課せられた仕事は、ブランドのファンをさらに増やすということだった。

食品商品企画:山口文菜さん(30歳)

趣味は小学生の頃から習っているダンス。大学時代はよさこいのサークルに所属していた

「新しいフレーバーを作ったり、パッケージを変更したり、店頭でのPRの仕方を工夫したり、考えることは山ほどあります。味を作るなら開発担当の方と、パッケージはデザイナーや販売促進担当の方と、店頭での売り方は全国の営業の方とさまざまな部署と相談しながら進めます。私たちが考えたアイデアを、たくさんの専門の方々と協力して形にしていくといった感じです」

静岡県の浜松市出身。高校時代は「勉強が好きだった」と自分で振り返るほど、受験勉強に打ち込んだ。とはいえ当時は大学を出た先に明確な夢や目標があったわけではなかった。

「私、高校受験に失敗しているんです。真面目に勉強して準備したはずなんですけど、とにかくプレッシャーに弱くて。普段は解ける問題でも、模試とかになると緊張して全然できないんですよ。さぼったつもりはないのに希望の高校に入れなくて、ものすごくショックで。だから大学は絶対に失敗したくない!と思っていたんです」

食品商品企画:山口文菜さん(30歳)

一番の大仕事は「フルグラ 糖質オフ」のリニューアル。糖質を抑えつつも、味が淡泊にならないよう苦心した

上京することにこだわっていたわけではなかったけれど、推薦をもらえることになり、東京の大学に進学した。本番に弱い自分にはこっちの選択の方が合っている。自分を分析した結果の判断に間違いはなかった。ただ推薦枠の関係で、学部はとくに興味を持っていた化学の分野ではなく、物理学に進むことになった。

「当時は理系だし、勉強ができればいいかという気持ちだったんですけど、入ってみて少し後悔しましたね。物理の勉強に全然興味が持てなくて(笑)。でも学校を辞めるわけにもいかず……。そうこうしているうちに就職活動の時期が来るんですけど、とにかく大学に入ることだけを考えていたので、その先の目標みたいなものがはっきりと定まっていなくて」

「自分が好きなことってなんだろう」。シンプルに思いを巡らせた時、一番に浮かんだのが「食べること」だった。

「高校時代にもぼんやりと『大学に入ってから自分はどうするんだろう』と考えたことがあったんですけど、確かその時も同じことを思ったんです。ほら、毎日勉強しかしていないから、楽しみといったらお菓子を食べるとか、晩御飯はなんだろうって考えるとか、そういうことしかなくて(笑)」

食品商品企画:山口文菜さん(30歳)

オフィスは個人のデスクがないフリーアドレス制。別部署の従業員ともコミュニケーションを取り、アイデアソースを探す日々

東京で一人暮らしを始めると、食品への思いがより強くなった。

「私、4人姉妹の長女で大家族なんです。食事の時間はいつもにぎやかで、それがすごく好きで。でも東京で一人暮らしを始めると、ほとんどがひとりの食事でしょう。おいしいレストランを見つけたりすると、『ああ、家族にも食べさせてあげたいなあ、一緒に食べたいなあ』といつも思っていて。それで、どうせ働くなら、みんなで食べて楽しい、その時間を豊かにできるような仕事がしたいなと思ったんです」

狭き門を突破して入社した食品メーカー。けれど、最初から順風満帆だったわけではない。

「新入社員はまず半年間、全国の営業所や工場で研修を受けるんですけど、最後の一カ月間は全員で北海道に行きました。カルビーではポテトチップスに使うジャガイモを契約農家さんの畑で栽培していて、そこで収穫や出荷の手伝いをするんですね。それが終わるといよいよ辞令が出て、配属が決まるんですけど……」

山口さんの配属先は鹿児島で物流を担当する部署だった。

「全国転勤があることは承知の上で、ある程度の覚悟はしていたんですけど、まさか縁もゆかりもない鹿児島とは思いませんでした。北海道からだと列島縦断ですよ(笑)」

食品商品企画:山口文菜さん(30歳)

各都道府県での地元の味を再現したポテトチップスは人気商品。西日本勤務時代、山口さんも商品企画を手がけていた(*写真の商品は販売終了)

その後、6年間の西日本勤務を経て一昨年に東京本社へ異動。念願だったフルグラの商品企画の担当となった。西日本時代にもご当地商品の企画を担当した経験はあったけれど、今度は全国展開する主力商品の担当。仕事の規模も責任も、関わる人の数も大きくなった。

「先輩や同僚はフルグラのことを知り尽くしていて、新しい味を作るにしても、とても的確に考えられるというか。どの要素をブラッシュアップして、その反面どの要素を残すのか、フルグラの魅力を考え抜いた上で判断できるんですよね。決して大げさじゃなく、『フルグラのプロ!』なんです」

もちろん、新商品の開発やリニューアルにあたっては、モニターなど消費者の生の声を参考にすることもある。

「とはいえ人の好みはそれぞれですから、明確な正解、答えはどこにもないんですよね。さまざまな要素を検討するなかで、最後は自分の道を信じていくしかない。大切な決断をするわけですから、自分が一番その商品の理解者でありたいし、一番のファンでいたいといつも思っています。私はまだ『フルグラのプロ』には程遠いかもしれませんけど、そこが目標ですね」

食品商品企画:山口文菜さん(30歳)

商品リニューアルや新しいフレーバーを作るときは試作と試食を繰り返す。同じチームの先輩に意見を仰ぐことも

「まだこの世にないヒット商品を生み出したくはないか」という質問に対しては「商品企画を担当しているからには、そういう気持ちがあってしかるべきかもしれないんですけど、今はフルグラのことしか考えられなくて。一度にひとつのことしかできないんですよ、私。ほら、高校時代も勉強一筋だったし」と笑う。

人から見たら不器用に映るかもしれない。それでも、だからこそできる仕事というのもきっとある。

「とにかく常に新しいアイデアを求められる仕事なので、日頃から電車の中づり広告やテレビCMをじーっと見るようになりましたね。『ああ、このコピーはすごく興味を引くなとか、この見せ方はわかりやすいな』とか。ほとんど無意識に考えちゃっています」

同僚の中には大学時代からマーケティングの勉強をしてきた人もいる。理系畑で全くの門外漢だった山口さん、九州勤務の頃には、土日と夜間を利用して、マーケティングのビジネススクールに通った。昔も今も、目の前の好きなことに向かって邁進(まいしん)する人。今、彼女がやるべきことはフルグラで、それが一番好きなことなのだ。

食品商品企画:山口文菜さん(30歳)

仕事の必需品は毎日水筒に入れて出社する地元の静岡茶。「なんだかこれじゃないと落ち着かなくて(笑)」

「私はなぜかシャワーを浴びているときに面白いアイデアを思いつくことが多くて、そんな時は急いで出てメモ、メモ!と思うんですけど、メモを手に取った時にはもう忘れちゃってて。『あれ、さっき何思いついたんだっけ!?』ってなることも多々あります(笑)。でもそんな風に必死に考えたアイデアを上司に提出すると、一瞬でさらに面白い案を返されたりして。『私、この仕事向いてないのかなあ?』なんて盛大に落ち込みますけど、なんとか奮起してやってます。極めたいので、この道を」

毎日、何げなく流し見るスーパーの陳列棚に、無数の商品が並んでいる。そのひとつひとつの陰に、彼女のような人の存在がある。

「いえいえ、私のことはどうでもいいんです。見ていただきたいのはこちらの商品です」

そう恐縮してパッケージの裏側に身を隠し、ぐいと商品を前に押し出す。彼女に会ったその日から、スーパーの棚のそこここに、遠慮がちで、でも確かな自信がにじみ伝わるような、無数の山口さんの気配を感じずにはいられない。

東京ではたらく女性へ、パーソナルな5つの質問

◎休日はどう過ごしている?
買い物に出かけたり、料理をつくったり、のんびりすごしています。

 

◎東京で好きな場所はどこ?
日比谷。大好きな宝塚の劇場があるので。
 

◎最近うれしかったことは?
結婚して、一緒にご飯を食べてくれる新しい家族ができたこと。
 

◎100万円あったら何に使う?
テレビ・冷蔵庫・洗濯機を新調する。
 

◎今日の朝ごはん、何食べた?
フルグラ+ヨーグルト。あとコーヒー牛乳です。

■カルビー

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。
    http://kasanenogawa.net/

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