東京の台所

<186>タイの食に魅せられた彼女の、第二の挑戦

〈住人プロフィール〉
料理教室講師、派遣社員(女性)・46歳
戸建て・2DK+3LDK・総武線 新小岩駅(江戸川区)
築年数25年・父(77歳)・母(74歳)・弟(44歳・自営業)

    ◇

 新卒で公立保育園の保育士として働き出した1年目。ニューヨークのクリスマスツリーを見に行こうと思っていたところ、通っている整骨院で知り合いの女性からタイが優雅で楽しかったと聞き、行き先を変更。高級ホテル、エステという豪華な内容に惹かれ、ツアーを予約。ホテルで初めて食べたグリーンカレーの旨(うま)さに心をつかまれた。試しによその店でも注文するとやっぱりおいしい。

「辛いものが特別好きなわけでも、アジアの料理に興味があったわけでもないんです。でも、レモングラスや多様なハーブの複雑な風味があり、体験したことのない味でした。毎日食べても飽きなくて、そこからタイ料理のとりこになってしまいました」
 23年前の感動が今も彼女の心にある。
 グリーンカレーだけではない。ほかの何を食べても、たとえば道端の屋台のレバー串さえ、驚くほどおいしい。
 以来、長期休みのたびにタイを訪れた。
 ホテルのホスピタリティやのんびりおおらかな人々とのやり取りが居心地よく、次第に観光地ではなく地元民しか行かないような下町にも足を伸ばすようになった。

「私は胃腸が弱く、日本でカレーや天ぷらを食べるとずっと胃もたれしていたんです。ところがタイにはどれだけ滞在していても、油を使った料理でも胃がもたれることがない。それはおそらくハーブやスパイスをたくさん使っているからなんですね。それとたくさんのにんにくが体にいいのかもしれません」

 4年後。タイ人の友だちも増え、とうとうタイに移住。ホテルで働きながら、5年間暮らした。タイ語を学びつつ、最初は英語でやり取りしていたが、仕事中、同僚から英語でやり取りするのをおっくうがられた。
「私が同僚からの電話にでると、別の人に替わってくれと。とても悔しくて、同等に話せるようにならなくてはと、それからはもう必死にタイ語を勉強しました」

 みるみる地元の友達が増える。同時に、タイの家庭料理にさらに深く魅せられていった。
「なぜこの食材の組み合わせでこんなにおいしくなるんだろう」「どうやってこの味を出しているんだろう」と、食べるたびに興味が募る。
 そうして過ごしているうちに、彼女は体調の変化に気づいた。

「東京にいたときはストレスと過労で3年間無月経でした。そのため毎月通院して注射を打つ生活で。冬は毎年必ず大風邪を引き、鼻炎もひどかった。ところがタイに行って間もなく、月経が通常通りに戻ったのです。風邪も軽いのを5年間で2~3度ひいただけ」

 30歳で一時帰国しているときに今の夫と知り合い、翌年結婚。完全帰国して33歳で娘を出産した。その後も、“食”と離れたくなく、助産院の食事の手伝いやタイ料理店で働きながら子育てをした。

 家庭料理はタイ料理が多く、和風にアレンジして楽しむことが多い。夫(46歳)と娘(13歳)は、ソムタムという青パパイヤのサラダやヤムウンセンという春雨のサラダが大好物だ。

 娘が小6になり、子育ても一段落した去年、徒歩20分の実家の祖母の部屋を改装した。タイ料理の教室にするためだ。
「タイに関わることがしたい、タイ料理やタイの良さをいろんな人に知ってもらいたいという思いと、子どもはいつか巣立つ。もう少し歳をとった時に、自分らしく生き生きと輝ける仕事をしていたいので、両親に相談して、費用は私が出し、6年前に亡くなった祖母の住居スペースを台所にさせてもらいました」

 祖母自身、60歳で一念発起して、念願の習字教室を自宅に開いたチャレンジ精神旺盛な人であった。その習字の和室を改装し、現在も料理教室の食事部屋に使用している。

 ベーシックコースでまず教える料理の一つに、あのグリーンカレーがある。多くの生徒に「今まで食べてきた中で一番おいしい」と言われる人気メニューだ。
 さらなる夢は、すでに家族に伝えてある。
「子どもが独り立ちしたら、私はタイに戻るから」
“行く”ではなく“戻る”だ。
「理屈じゃなく、タイの空港に降り立つと、ああ帰ってきた~って思うんです。生き返る感じ。体もなにもかも、相性がいいんでしょうね」

 旅ではなく、終(つい)の棲家にしたいとまで語る彼女に、私は再び問うた。いったいタイの何が、そこまであなたの心を? しばらく考えこんだ後、はっと気づいたように彼女は言った。
「タイの挨拶って、ギンカーオルーヤン?って言うんです。意味は“ご飯食べた?”です。旅行客には言いませんが、親しい人は、これがこんにちはの代わりになる。それくらい、人々の暮らしや人間関係の近いところに食がある。そういうところでしょうか」

 ふむ。やさしくてあたたかくていい言葉だな。ギンカーオルーヤン?

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM/
http://www.kurashi-no-gara.com/

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