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<112>横浜の街に溶け込むアートの情報源 「BankART Home」

BankART(バンカート)という名を聞いたことはあるだろうか。横浜市が歴史的建造物や港湾施設などを活用して2004年から続ける文化芸術創造プロジェクトで、正式名称は「BankART1929」。最初の活動の拠点となったのが、1929年に建設された馬車道の旧第一銀行と旧富士銀行の建物だったことから「Bank」+「ART」でこう命名された。

しかし、歴史ある建物を利用したために、「BankART1929」は、相次ぐ移転を余儀なくされた。最も長く使った拠点が赤レンガ倉庫を対岸に臨む複合文化施設「BankART Studio NYK」。1953年に建てられた日本郵船の元倉庫をリノベーションした広大な空間で、2008年には横浜トリエンナーレの会場にもなった。だが、施設の老朽化などで賃貸契約更新ができず、2018年3月末で閉鎖に追い込まれた。

「BankARTは移転続きの歴史。拠点を構えて開発しては解体されてきました。かつて立ち退きを求められた時、それを拒むことができたこともありましたが、私たちはそれをしなかった。テンポラリー(臨時)であるがゆえに、面白い場所を活用できることが多かったから、移転を受け入れてきたのです」

そう話すのは、「BankART1929」代表の池田修さん(61)。日本郵船の元倉庫は広さが3000平方メートルもあり、展示室、ホール、制作スタジオ、カフェ、ショップなどさまざまな施設を設け、まさにアートの拠点としてふさわしいものだった。だが、これだけのまとまったスペースを確保するのは難しい。「BankART1929」は、新たな方向性を模索することになった。

<112>横浜の街に溶け込むアートの情報源 「BankART Home」

まずは2018年5月、関内駅前の桜通りにある築50年以上のビルにショップ&カフェ「BankART Home」をオープンした。8月には東横線の廃線高架下に制作施設「R16スタジオ」、今年2月には横浜港大さん橋入口近くのシルクセンター1階に「BankART SILK」、みなとみらい線新高島駅1階に「BankART Station」という二つのギャラリー空間を開設し、全4拠点で活動を再始動した。それぞれ徒歩や電車で10分程度の距離。大きな拠点を失っても分散し、新たな場所に再び根を張ろうとする姿はとても柔軟で、生命力に満ちている。

最初に移転、再開した「BankART Home」は、移転先のビルのオーナーは池田さんと以前から縁があり、アート活動への理解が深かったことから、受け入れがトントン拍子に決まったという。しかも、JR関内駅から徒歩数分という、人通りの多い好立地。

「倉庫の頃からアートや建築系の本を扱うカフェを運営していました。『BankART1929』には出版部門があり、自分たちで作った出版物やアイテムをすぐ販売できる場所が必要だったからです」

<112>横浜の街に溶け込むアートの情報源 「BankART Home」

とはいえ、出版物の売り上げのためだけに店を開いたわけではない。

「出版物を作っても売れなくて大変。だから作るのをやめる人だっている。だからこそ、絶対に続けなきゃいけないものでもあります。壁一面の本はある意味、展覧会のようなもの。背表紙を見せるだけでも、私たちがどういう姿勢で活動をしているかを街に示しているようなものだと思うんです」

飲食店などが立ち並ぶ並木道沿いにある、小さな店。店内には、コンクリートむき出しの壁にシックな色合いの本棚がびっしりと配され、アンティークの家具が並んでおり、まるで外国の書店に来たかのような雰囲気。店の前を通りかかる人の多くが、ちらりと中をのぞいていく。ここではBankARTの出版物のほか、現代美術、建築、都市、パフォーミングアーツ関連の書籍を約3000冊揃(そろ)え、販売している。アーティストを招いたトークショーの会場になることも。アルコールを含むドリンク類やフードメニューも充実しており、食事をとったり、軽く飲んだりとさまざまに利用できる。以前の元倉庫は、アートに興味がない人がわざわざ足を運ぶことはあまりなかったが、今の場所は違う。

「ここは人通りが多く、『BankART1929』を知らない人も含め、いろんな人が来られるようになりました。アートに興味がない人に対して、4拠点の活動や情報を発信できるようにもなりました」(スタッフの津澤峻さん)

この場所を訪れる人は着実に増えてはいるものの、池田さんは来客者数の増加に重きを置いてはいないという。

「世間で何かが流行したとしても、せいぜい1日に数百人が集まる程度。たとえ今は世間に受けなくても、100年後に残るもの、歴史に耐えうるものを作り出していく。『BankART1929』とは、そういう活動だと思っています」

<112>横浜の街に溶け込むアートの情報源 「BankART Home」

元倉庫の巨大な空間を離れ、横浜の街のあちこちに分散した「BankART1929」。ゆるやかにつながる活動によって、街全体にアートが浸透しやすくなったのではないだろうか。中でもこの店は、門外漢の人でも知らず知らずのうちにアートに親しめる機会を提供する大切な役割を担っている。ここからどんな出会いが生まれるのか。変化を続ける横浜のアートシーンから目が離せない。

■おすすめの3冊

<112>横浜の街に溶け込むアートの情報源 「BankART Home」

『Kawamata Expand BankART』(著/川俣正、著・編集/BankART1929)
日本郵船の元倉庫だった「BankART Studio NYK」の建物内外で行われた、大量の木製建具等を使ったアートプロジェクト・川俣 正展「Expand BankART」の全てを記録した大型本。「プロジェクトの準備段階から会期中、終了後までを写真と文章で綴ったドキュメンタリー。これを見れば、『BankART1929』の活動がどのようなものかを感じてもらえるのではないかと思います」(池田さん、以下同)


『宮本隆司:首くくり栲象』
(著/宮本隆司、テキスト/長井和博、編集/細淵太麻紀、BankART1929、訳/ジョン・バレット、中山ゆかり)
20年以上にわたって毎日のように自宅の庭で首を吊り続けてきた、パフォーマーの首くくり栲象(たくぞう)さんの写真集。「昨年3月に永眠された首くくり栲象さんは、『BankART1929』でイベントに参加してくださったこともありました。自宅の“庭劇場”で、2時間首を吊るというパフォーマンスを続けており、その活動をまとめた貴重な一冊です」

『抽象の力(近代芸術の解析)』(著/岡崎 乾二郎)
造形作家、批評家である著者がさまざまな芸術家や作家などについて記した論考に加え、2017年に豊田市美術館で開催された同名の展覧会に合わせて書き下ろした論考も収録した一冊。「作家でありアーティストでもある著者の近代美術論。読み応えのある一冊で、この店でもよく売れています」

写真 山本倫子

    ◇

BankART Home
横浜市中区相生町3-61 泰生ビル1F
http://www.bankart1929.com/index.html

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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