鎌倉から、ものがたり。

あこがれの、映画と本とパンの店「シネコヤ」

 小田急江ノ島線の「鵠沼(くげぬま)海岸」駅。小さな駅舎を出ると、昔ながらの商店街が海方面へとまっすぐに続いている。電車の終点、「片瀬江ノ島」駅のひとつ前。通りには、明るい光が降り注ぎ、まるで映画の書き割りの中を歩いている気分になる。

 ほどなくして、大きなガラスのショーウインドーを持つ建物が見えてくる。ここはまさしく映画と出会えるお店。竹中翔子さん(34)の経営する「シネコヤ」だ。

 2017年春のオープン。ミニシアターと呼ばれることもあるが、シネコヤはそのようなカテゴリーにおさまらない。

 扉を開けると、入り口ホールがパン屋さんとカフェになっていて、その奥に貸本屋形式のライブラリー。2階にあがると、深紅のビロードカーテンの向こうに、シアタールーム。座席はいわゆる映画館座席ではなく、ソファやひとりがけの椅子で、それらがコーヒーテーブルとともに配置されている。

 パンフレットに「映画と本とパンの店」とあるように、カフェあり、本あり、映画ありの空間で、しかも、どのスペースもわくわくするようなしつらえになっているのだ。

「この店は自分のあこがれを体現したもの」

 そう語る竹中さんは、シネコヤ開設の動機を、次のように続ける。

「映画はもちろんですが、古い映画館や古本屋さんの雰囲気も好きで、学生時代は映画館でアルバイトもしていました。でも、そのころから単館の上映館が次々と閉められるようになって、そんな状況をさみしく思っていたのです」

「ものすごく映画に詳しいわけではありません」と謙遜する竹中さんだが、彼女は東京工芸大学映像学科で映像製作を専攻したバックグラウンドを持つ。

「学生の時に好きだったのは、デンマークの監督集団『ドグマ95』の映画です。『すべてロケーション撮影であること』『カメラは必ず手持ちにすること』『BGMは使わないこと』といった10カ条をもうけて、それに沿ってつくられた映画の、前衛的な作風が好きでしたね」
 と、深い教養をさらっとのぞかせるのだ。

 東京に限らず、出身地の藤沢にも映画ファンが通う単館上映館はあったが、彼女の言葉通り、それらはゼロ年代以降、次々と姿を消していっていた。

 一方で、新しい風も吹いていた。東京・渋谷の「アップリンク」や逗子の「CINEMA AMIGO(シネマ アミーゴ)」など、カフェを併設しつつ、ユニークなラインナップを上映する映画館が、まちには登場していたのだ。

 とりわけ、海岸に近い住宅街の一軒家を改装したシネマ アミーゴは、同じ湘南エリアということもあり、主宰者の長島源さんたちの活動から刺激を受けた。

 13年から藤沢市にある一軒家のレンタルスペースを舞台に、月1回の映画上映会をはじめた。上映会では、映画の内容によって会場の演出を変えたり、映画に出てくる食べ物を「シネフード」として提供したりと、プラスアルファの仕かけも惜しまなかった。

「そこでできたネットワークの先に、いまの『シネコヤ』があるんです」と、竹中さん。

 シネコヤの店内は、何ともいえない懐かしさに満ちている。建物はかつて、まちの写真館として、ここに暮らす人たちのハレの姿を撮影してきた場所だった。壁にあしらわれたキャンドルや、階段の手すりには、にぎやかだった時代の華やぎがいまも残る。

 パン屋さんとカフェは飲食のみでも利用でき、本と映画のスペースは有料制。たとえば本を読むだけなら、3時間で500円。映画も含めるなら、1500円で時間制限なしの貸本スペースとともに映画が1本選べる。(小・中学生は1000円)。

 昼時になると、近隣からやってきた人たちが、飲み物やパンを載せたトレイを持って2階にあがっていく。その姿から、「自分のまちで映画を観る」という楽しさが伝わってくる。
→後編につづく

シネコヤ
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

辻堂、厳密とひらめきのカレーと家具。「siihouse」

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藤沢のニュー・シネマ・パラダイス「シネコヤ」

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