このパンがすごい!

自分の「好き」は「仕事」になるか。『暮らしのおへそ』一田憲子さん、『純喫茶コレクション』難波里奈さん

「好きなことをして生きていく プロオタクの仕事論」
一田憲子(「暮らしのおへそ」ライター・編集者) × 難波里奈(純喫茶コレクション) × 池田浩明(パンラボ)

パンラボ主催の私・池田浩明は、パンを食べまくり、パンについて書きまくる毎日を送っています。「パンラボ」活動をはじめたのは、パンが好きで好きでたまらないというオタクゴコロがきっかけでした。

そんな私が、どうしても話を聞いてみたかったお二方とトークショーを行いました。お相手は、自分の「好き」にまっすぐ生きる素敵(すてき)な人たち。どのようにして、自分の「好き」を生業として成立させ、あんなにおもしろい作品に結実させているのか、すごく知りたかったからです。

一田憲子さんは、雑誌「暮らしのおへそ」の編集・執筆をはじめ、暮らしまわりを中心に、インテリア、料理、ファッション、働き方などどんどん執筆領域を広げ、生き方のお手本を伝えつづけています。

難波里奈さんは「東京喫茶店研究所2代目所長」として、ブログやツイッターで「純喫茶コレクション」というアカウントを運営。会社員をつづけながら、大好きな純喫茶について多数の著書を持つなど、「好き」を仕事にしています。

また、このトークショーの会場となったHMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE(日比谷コテージ)の店長である花田菜々子さんにも途中飛び入り参加してもらいました。花田さんは、話題の近刊『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社)の著者でもあります。

「好きの力」を役立てることで、働き方はきっと変わります。仕事に前向きになれず悩んでいる方、転職を考えている方などにぜひ読んでいただきたいテーマです。
(2019年3月10日に行われたトークショーより抜粋)

自分の「好き」は「仕事」になるか。『暮らしのおへそ』一田憲子さん、『純喫茶コレクション』難波里奈さん

仕事論1:「好き」と出会う

一田さんをオンリーワンな存在にしている独特の手法も、まさに「好き」に関わっている。仕事は仕事、暮らしは暮らし、ではない。さまざまな取材先で教わったアイデアや、人とのやり取りで知ったモノ・コトを、家に持ち帰り、実際に試し、毎日の中に落とし込む。そうして自分が実感し、わかったことを端的な言葉にして著書で表してくれているから、読者がよりよく暮らすための羅針盤になる。

一田さん「私は書くことと、それから暮らしまわりのこと、2つが好きっていう感じなんですね。
私にとって、書くこととは、どこかに取材に行ったり、考えたりして、知らないことがわかっていくことです。言葉にすることによって、だんだん自分の中で腑(ふ)に落ちていく。それがすごく楽しい。(わかったことだけを書くのではなく)自分がわかっていくプロセス(途中経過)も掘り起こし、伝えることが好き。
それから暮らしが好きってことは、インテリアだったり料理だったり日々の掃除だったり、自分が毎日やってる当たり前のことが好きなんです。いろんなジャンルの取材をするんですけれど、そのすべてを暮らしの中に落とし込みたいんです」

一田さんは、生活の中で感じたこと、考えたことすべてを言語化して、書くことの材料にしていく。ブログ「外の音、内の香」を見ても、仕事と暮らしをうまく両立している人に会っては、「優先順位をつけることの大事さ」を心に刻み、旅に出ては「我が家という場所の確かさ」を再認識する。「生きる=書く」だから、あらゆることを執筆対象にできるし、みんなが日常で思っていることだから、読者の共感を呼ぶ。とどまることを知らない「好」奇心が、「好」循環を生んでいるのだ。

一田さん「わからないことが私自身いっぱいある。コンプレックスも悩みもいっぱい。でも、そこをなんとか乗り越えたい。たとえば、『私すぐくよくよしちゃうのよね』という悩みがあったとして、それが別の取材のときに、その人がくよくよしないコツをもし教えてくれたとしたら、『ああ、これ!』ってかちっとハマる瞬間がある。そういう瞬間ってめちゃくちゃわくわくしますよね」

自分の「好き」は「仕事」になるか。『暮らしのおへそ』一田憲子さん、『純喫茶コレクション』難波里奈さん

難波里奈さん(純喫茶コレクション)

仕事論2:「好き」を自覚する

難波里奈さんの本を読んでも、ツイッターを見ても、実際に話していても、伝わってくるのは純喫茶への愛。そんな難波さんが自分の「好き」である純喫茶にのめりこんでいったきっかけはこんなふうだった。

難波さん「私は1回転職していま2社目なんですけど、1社目のとき仕事に飽き飽きしてしまって、毎日あんまり楽しくなかったんですね。それで、純喫茶にすごくたくさん行っていました。夕方までは冴(さ)えないけど、喫茶店にいるときの私はすごく楽しいし、生き生きしてる。ここは私の大事な場所なんだなと思いました。仕事は仕事できっちり終えるんですけども、夕方からはひたすら喫茶店に通って。素敵だと思う喫茶店の記録を取ることによって自分の中でバランスを取っていた」

一田さん「会社と純喫茶、全部が好きじゃなくてもいいんですか?」

難波さん「本当の希望を言えば、生活のぜんぶが楽しいって言い切れる毎日だったらいいなと思うんですけども、会社員をやっている以上は自分の思うようにならないことがゼロにはならない。その対価でお給料をもらっている部分もある。嫌な部分が2割くらいはあるからこそ、喫茶店に傾倒するし、愛情が強くなる。その2割分を喫茶店に足してるので、プラマイでみたら全部楽しいなって(笑)」

嫌な仕事も人生のスパイス。安定した仕事があるからこそ、趣味にビジネス的要素を持ち込まず純愛することができる。参考になる考え方だ。

自分の「好き」は「仕事」になるか。『暮らしのおへそ』一田憲子さん、『純喫茶コレクション』難波里奈さん

一田憲子さん(「暮らしのおへそ」ライター・編集者)

一田さん「私も最初は普通の会社員をやっていて、それから編集の世界に入ったんです。初めてフリーランスで仕事をもらったときに、『じゃあ取材先を探して来て』って言われたんです。で、『あれ? そうかそこからやらなくちゃいけないの私』ってなったんですね。
私としては書くって仕事をもらったつもりだったのに、取材先を探すところからやんなくちゃいけないんだという。書くためにはまず準備をして、取材して、最後の1割が書くって仕事なんだってだんだんわかってきたんですよね。書くことが好きだけど、残りの9割は大変。そこも好きだったからつづけられたんだなって思うんですよ。人と出会うことも好きだし、そういうことが自分の『書く』につながってきたかなって」

好きな仕事に就いても、コア以外の9割は、ひょっとしたらどの仕事でも共通するような、事務や人付き合いから成り立っているのかもしれない。そう思うと、いま心ならずしている仕事も、好きな仕事へ向かっていくための「修業」になるし、愛(いと)おしめるようになってくる。

仕事論3:「好き」を仕事にする

難波さんが、純喫茶を仕事にしはじめたきっかけとは……?

難波さん「もう自分の中の喫茶店に対する熱量みたいなのを持て余しすぎて、なんでもいいから発信したいとはじめたのがブログ。もう喫茶店が好きすぎて、会社で『うわぁ! 喫茶店!』とか叫んだりしないための制御装置だったんですよ(笑)。誰かが見てくれてるとか全然思っていなかった。本当にひたすら書いていたブログが出版社の方の目に留まって。ひとつ、本(『純喫茶コレクション』[PARCO出版])という形になったら、他にもどんどんお仕事をいただくようになって」

SNSで発信できる時代。マニアックな「好き」を表現し、仕事にできるチャンスは拡大している。だがそれも、難波さんのように尋常ではない熱量があってこそだ。

自分の「好き」は「仕事」になるか。『暮らしのおへそ』一田憲子さん、『純喫茶コレクション』難波里奈さん

一田さんの近著『キッチンで読むビジネスのはなし 11人の社長に聞いた仕事とお金のこと』(KADOKAWA)は、好きを仕事にする上で学びの多い本。

一田さん「書店のビジネスの棚にある本って、成功者のサクセスストーリーだったり、ちょっと自分が取り入れることがしにくい。そうじゃなくて、身近にいて成功されている方に、『どうしてあなたは儲(もう)かるようになったの?』っていうのを聞きに行ったんです。

たとえば吉祥寺に「ダンディゾン」っていうパン屋さんがありますけど、オーナーの引田ターセンさんが昔はIBMのバリバリの営業担当。IBMじゃないパソコンを使っている企業さんに、IBMに乗り換えてもらうことをやってた。『そんなことできるんですか?』って聞いたら、『その会社の人が何に困っているか、何がやりたいか、ひたすらその人の身になって聞くんだよ。その上で解決する方法を提案したら、その人は「それが解決するなら」って言って、こっちに乗り換えてくれる』。その人のことをとことん考えることがビジネスの成功のコツって言われたんですよね。
他の方もそういうことを言ってらっしゃる方がすごく多くて、この1冊を作ってビジネスに対する考え方がすごく変わりました。私自身の仕事でも、たとえばいっしょにやるスタッフのこともとことん考えるようにしようと思うようになりました」

お客さんや仕事のパートナーのことを愛し、好きになるのは、すごく大事なこと。それはきっと巡り巡って自分に返ってくる。すぐにでも実践できる「好き」の活用法だ。

自分の「好き」は「仕事」になるか。『暮らしのおへそ』一田憲子さん、『純喫茶コレクション』難波里奈さん

HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE(日比谷コテージ)店長 花田菜々子さん

仕事論4:「好き」を丸だしにする

花田菜々子さんの著書『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』は、「本をすすめまくる」という自分の好きなことの価値をたくさんの人に会うことで発見していく成長物語である。

花田さん「過剰な『好き』が武器になっていく。一見それは持て余してしまうものだったり、普通の社会の中では不要なものだったりするんですけど、突き抜けると意外とみんなに愛されて、需要が生まれるんだなって。やっぱりひとつのジャンルに特化すると、どんどん積み重なって自分のやりたいことに近づくなって、本屋の仕事をしていても日々感じますね」

自分の好きを表現できなくてひとりで悩むより、どんどん発信して丸出しにしてしまうと、おもしろがられて、新しいステージが開けてくる。「パンの人」になった私もそれを実感している。

自分の「好き」は「仕事」になるか。『暮らしのおへそ』一田憲子さん、『純喫茶コレクション』難波里奈さん

『純喫茶とあまいもの:一度は訪れたい30の名店』(誠文堂新光社)は、難波さんの「好き」があふれかえった本。店主のこだわりや印象深い人生の一場面について丁寧に拾いあげる、丹念な取材が目を引く。

難波さん「取材は大変でしたね。こちらが聞きたくてお店にうかがっている以上、お店の方が喋(しゃべ)りたいことをしゃべり尽くすまではそこから去れない。1店舗に4時間とか。ときには1日3軒、1軒目8時から12時まで、次13時から16時、次が18時から20時とか。撮影のために頼んだものは、いつもお客さんに出してくれるものと同じように愛情を込めて作ってくださってるのでどんなにお腹(なか)がいっぱいでも一滴すら残さない。お腹がぱんぱんになるまで食べた夏でした(笑)」

自分が大好きな純喫茶とそれを営む方への気遣い。その関係性はお店の人だけでなく、読者にも伝わってくる。純喫茶を愛することで、純喫茶にも愛されているのが難波さんという人だ。

自分の「好き」は「仕事」になるか。『暮らしのおへそ』一田憲子さん、『純喫茶コレクション』難波里奈さん

好きな仕事5:「好き」の力を信じる

普通ではできないことができてしまったり、まわりの人をしあわせにできたり。似たような経験を、一田さん、難波さんも持っていた。

一田さん「私、会社員のとき体が弱くて、すぐ貧血になってふらっと倒れたり、休んだり、すごく多かったんですよ。でも、フリーライターになってからは、アポを入れたら這(は)ってでも行かなくちゃいけないので、休めない。そしたらすごく丈夫になって、母親が『あの憲子がこんなに丈夫に!』みたいに、感動するくらい丈夫になったんです。やっぱりときどき嫌な仕事もあるんですけど、『好きで自分が選んだ』って思うことでパワーが出るのかなって気はします」

難波さん「ありますね。会社員と両立する上でいちばん大変なのって時間なんですね。朝6時に起きるんですけど9時から5時半までは会社の事しかできない。でもお昼休みは原稿書いたり郵便局行ったりメールしたりしてて、もうご飯も5分で食べるんです。夜は仕事が終わったら打ち合わせ行って、喫茶店に行って、原稿書いたりするので、時間はないんですけども、でも好きでやっていることなので、無理を無理と思わないパワーが生まれる。
あと効率よくできるようになりますね。会社に行ってるときはもうめちゃめちゃがんばって誰ともしゃべらずにやってますし、そういう無理を無理と思わないパワーがあふれる。喫茶店のことをがんばるために会社もがんばる。もし喫茶店がなかったら、会社はいまほどがんばってなかったかもしれないですね」

自分の「好き」は「仕事」になるか。『暮らしのおへそ』一田憲子さん、『純喫茶コレクション』難波里奈さん

このトークショーは、自分の好きな人に会いたいと思って、一田さん、難波さん、花田店長に頼んで、実現したものだ。もし私に、「好き」という気持ちがなくて、やらされ感の中で頼んでいたとしたら、こんなすごい方たちに出演していただけただろうか? でもこれは特別なことではなく、きっとあらゆる仕事に共通している。あなたの仕事に「好き」を導入できたら、できないと思っていたすごいことができ、ひいては人生を変える力になる、かもしれない。

「プロオタク養成講座」スタート!
池田浩明(パンラボ)も登壇する、勉強会がスタート。「好きなことを仕事にする」ために必要なスキルをみんなで学びます。第1回総論、第2回事業計画書、第3回写真の全3講座。
https://otakugakkou.wixsite.com/class

一田憲子
ライター、編集者。編著『暮らしのおへそ』、著書『面倒くさい日も、おいしく食べたい! 仕事のあとの、パパッとごはん』(SBクリエイティブ)、『「私らしく」働くこと ~自分らしく生きる「仕事のカタチ」のつくり方~』(マイナビ)、『大人になってやめたこと』(扶桑社)など多数。
自身がプロデュースするサイト「外の音、内の香」(そとのね、うちのか)でも健筆を振るう。http://ichidanoriko.com

難波里奈
東京喫茶店研究所二代目所長。著書『クリームソーダ 純喫茶めぐり』(グラフィック社)、『純喫茶の空間 こだわりのインテリアたち』(エクスナレッジ)など多数。
純喫茶コレクションで、精力的な純喫茶巡りの日常を発信。

自分の「好き」は「仕事」になるか。『暮らしのおへそ』一田憲子さん、『純喫茶コレクション』難波里奈さん

HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE(日比谷コテージ)
東京都千代田区有楽町1-2-2
日比谷シャンテ3F
TEL: 03-5157-1900
営業時間: 11:00~20:00

PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

「駿河湾産桜海老のチヂミ風フォカッチャ」など豪華食材使用のホテルのパン屋/ル・パン神戸北野

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