東京ではたらく

アロマセラピスト:湯澤紗世子さん(36歳)

職業:アロマセラピスト
勤務地:東京都調布市
仕事歴:3年目
勤務時間:10時~18時
休日:不定

    ◇

「香り」が暮らしの中の重要な要素になって久しい。香水などに一切の興味を持っていなかった私でさえ、ルームフレグランスで気分をリフレッシュしたり、お気に入りの柔軟剤を使ってほのかな香りを楽しんだり、気づけば「香り」が日々の生活に欠かせないものになっている。

アロマセラピストという職業が気になったのもそうした経緯で、「香り」を使って人の心身を癒やすという仕事がどういうものか深く知りたくなった。日本ではアロマセラピストに関する国家資格や公的資格は存在しないけれど、民間資格はいくつかある。アロマセラピーの知識と技術をどんな風に仕事に生かしていくかによってその選択が変わってくるようで、実際、資格を持つアロマセラピストの活動を見てみると、その幅は驚くほど広い。

アロマ関連の商品開発をする人、アロマのスクールを運営する人、マッサージサロンを開く人、またホスピスなどで病と闘う人々のメンタルケアを行う人、東日本大震災当時には被災地で無償のアロマケアを行ったチームもあった。

アロマセラピスト:湯澤紗世子さん(36歳)

ハーブティーは手軽に心身をリフレッシュできるセルフケアのひとつ。湯澤さんのサロンでもまず香り高いお茶でリラックス

東京・調布でアロマリラクゼーションサロン「Mavie」を営む湯澤紗世子さんもAEAJで資格を取得したひとり。精神科病院で6年間看護師として働いていたという経歴が気になって、取材を申し込んだ。

「アロマセラピストになりたいと思った動機はいくつかあるのですが、一番大きかったのはやっぱり精神科で働いていた頃に感じた気持ちなんです。6年間、多くの患者さんたちと接するうちに、『入院するまでひどくなる前に助けてくれる人がいなかったのかなとか、辛い気持ちを吐き出せる場所だとか、疲れた時に心身をケアできる場所があったらこういう結果にならなかったんじゃないかな』と思って」

サロンではオーガニックアロマとハーブを使ったボディとフェイシャルトリートメントを中心に、希望があればタロットなどのカードを使った心理セラピーを行い、心と体の状態に合わせたアロマを選定することもある。

「体やお顔のトリートメントと聞くと、体をほぐしてもらうというイメージが強いかと思いますが、アロマというのは体だけじゃなくて心もほぐす作用があると私は思っていて。それで心理的なセラピーも取り入れて、心身ともに健やかになってもらえたら一番いいなと思って」

兵庫出身の明るい性格で、自他ともに認める「人間好き」。看護師を目指したのも、病気で苦しむ人の助けになりたい、患者さんの話を聞いて、少しでも元気付けたいという思いからだった。

アロマセラピスト:湯澤紗世子さん(36歳)

トリートメント中もテンポのいいトークで緊張をほぐしてくれる湯澤さん。さすが兵庫のおねえさん!

「よくテレビ番組で『白衣の天使24時』みたいな看護師さんのドキュメンタリーがあるじゃないですか。物心ついた頃からそういう番組が大好きで(笑)。なんてすてきな職業なんだろうって憧れていたんです。患者さんと一対一でじっくりお話して、体だけじゃなくて心もケアしていく。そんな看護師に私もなりたいと思って、進路は看護学校しか考えていなかったですね」

が、看護学校に入ると、理想と現実の大きな違いを思い知ることになる。ついでに言うなら「テレビ番組というのは得てして美しい場面しか映さないのだ!」ということも。

「実習が始まって病棟に入ったら、患者さんと一対一なんて夢のまた夢で。実際は看護師一人に対して患者さんは20人ほど。『ああ、あの患者さん、何かお話したそうだな』と気がついても後から後から業務が追いかけて来るので、そんな時間は取れないんです。学生ですから仕事のペースが遅いですし、時間の使い方が下手ということもあったかと思いますが、それでも『自分がやりたかった看護ってこんなことだったのかなあ』と悩みました」

モヤモヤを抱えたまま卒業した湯澤さん。苦楽をともにした同級生たちの励ましもあり、とにかく一度は看護師として働いてみたが、やっぱり理想と現実のギャップを埋めることはできず、約1年で退職。「もう看護師の仕事をすることはない」と、きっぱりキャリアチェンジすることに決めた。

アロマセラピスト:湯澤紗世子さん(36歳)

ハーブをモチーフにしたタロットを使った心理セラピー。今の状態に合ったエッセンシャルオイルを教えてもらい、早速取材の帰りに購入。アロマ初心者でも楽しめて、これはいい

「ここからが長い長い自分探しの20代の始まりというか。子どもの頃から一直線に憧れ続けてきた看護師という仕事で挫折してしまったので、ほかに何がやりたいのか、何ができるのか、よくわからなくなってしまって。でも私、切り替えだけは早くて。思い立ったら即行動するタイプなので、やりたいと思ったことは何でもやってみよう!という気持ちで、いろいろなことにチャレンジしました。周囲には毎回びっくりされましたけど(笑)」

兵庫の病院を辞めてほどなく、湯澤さんは上京。次に目指したのは演劇の世界だったというからやっぱり驚く。

「子どもの頃から映画が好きで、どうせやるなら好きなことをやろうと横浜のアクターズスクールに入学しました。女優さんって、いろいろな人の人生を演じるじゃないですか。それが面白いなと思って。私は人が好きで、人の人生ストーリーを聞いたり知ったりするのが好きなんです。それで女優はいい仕事だな、と。まあでもやっぱり演技は向いてないなと入学後すぐに気づいてしまったのですが(笑)。それでも看護師時代には絶対に出会わなかった種類の人とたくさん出会えて、すごく面白かったですね」

「失敗した」のではなくて、単に「向いていなかっただけ」。そう思えば、人は何度だって新しいことにチャレンジできる。しかもその都度、新しい誰かの人生に触れられるのだとしたら、損なんてことは決してない。

アロマセラピスト:湯澤紗世子さん(36歳)

自分に合ったエッセンシャルオイルがわかったら、トリートメントへ。ボディ、フェイス、ヘッドなど、お悩みに合わせて施術する

「それからはファッションスタイリスト、バーテンダー、ネイリストといろいろ挑戦しましたね。どの仕事も楽しいこともあれば大変なこともあって、まあ仕事ですから当然ですけど。でもやっぱりどれも『これが私の天職だ!』と思うまではいかなくて……」

転機となったのは結婚と出産だった。

「27歳で出産して、仕事はいったんお休みしていたんですけど、息子が1歳2カ月くらいの頃に、『このままだと私、育児ノイローゼになる!』と心底思ったんです。子どもは可愛いんですけど、一日中家に二人きりでいるとどうしても息が詰まるというか……。それでなんとかして外で仕事をしなくちゃと思ったんですけど、自分の経歴で子どもを預けて働ける仕事ってなんだろうと考えたら、看護師なんですよね、やっぱり」

もう二度と袖を通すことはないと思っていた白衣。いろいろなことが巡り巡って、湯澤さんは再び看護師に復帰する道を選んだ。

「復帰するにあたって、どこの科がいいとか、どんな病院がいいということは全く考えていなくて。とにかく家から近くて託児所が付いていて短時間勤務でも正社員採用があって……と、とにかく子育てがしやすい病院を探しました。そしたら近所の精神科病院が条件にぴったりで」

以前の科とは違う精神科の看護師として働くことに戸惑いや抵抗はなかったかと問うと、「まったく」ときっぱり。

アロマセラピスト:湯澤紗世子さん(36歳)

小学生の息子を持つ湯澤さん。子育て世代の母親の悩みが痛いほどわかる。だからこそ「頑張りすぎないで」とアドバイスを送る

「人への興味が根本にあるので、どんな人の人生に触れられるのだろうという気持ちの方が強かったと思います。でもまあ想像以上というか、最初の頃は患者さんとどう接したらいいのか悩んだこともありました。例えば普通にあいさつをしたり、ちょっと声をかけたりする時でも、精神を患っている患者さんの場合は言い方とか声色とか、ちょっとしたことに反応してしまうので」

毎日変わる患者の状態。デジタル数値で表せない微妙で気まぐれな人間の心の変化は、機械的な看護では読み取ることはできない。そんな一見アナログでややこしい患者との関わり方を、湯澤さんはいつしか「面白い」と思うようになっていた。

「同じ看護師という仕事でも、以前の職場では点滴や注射などの処置のスキルや正確さが求められていたんですが、精神科の看護師にもっとも大切なスキルは『患者さんとの関わり方』なんです。それが徐々にわかってきたら、『ああ、これって私がやりたかった一対一の看護じゃないか!』と思って。やっと理想の看護ができるようになって、うれしかったですね」

その後、子どもが小学生になり手がかからなくなったことを機にアロマの勉強をはじめ、独立。3年前にサロンをオープンした。初めこそ集客に苦労したが、今はご近所さんの常連も増え、自分と同じように子育てしながら働く母親たちが、日頃なかなか吐き出せない悩みや葛藤を解放できる場所になっている。

アロマセラピスト:湯澤紗世子さん(36歳)

「体がほぐれると心もほぐれる」という湯澤さんの言葉通り、体が楽になると今までモヤモヤ悩んでいたことがスッキリと整理されていくような気が……。

「多い悩みはやっぱり子育てとか旦那さんとの関係性とか、家族のことですね。最初みなさん、体が凝ってるとか疲れているからほぐして~という感じでいらっしゃるのですが、体がほぐれてくるとだんだん心に余裕が出てくるんですよね。情報でいっぱいになった頭がすっと空っぽになるというか。そうすると自分の悩みや感情を整理できますし、いつもは素直に聞けない人からのアドバイスも腑(ふ)に落ちることがあるんです」

母でもなく妻でもない、「私」に戻れる時間。その1時間があるかないかで、その人の暮らしは大きく変わる。

「家族を持っている女性はみなさん、夫のため、子どものためって、いつも誰かのために生きなくちゃと思っているところが大きいと思うんです。だから悩み事も全部家族のこと。でも、誰かを大切にしようと思ったら、まずは自分を大切にしないといけない。私もよくわかるんですけど、自分に余裕がないと、ちょっとしたことでイライラして子どもや夫に当たってしまうでしょう。怒ってしまうかそうでないかは、結局は相手じゃなくて自分次第で、だからこそ自分を大切にする時間を持って欲しいなと思うんです」

アロマセラピスト:湯澤紗世子さん(36歳)

仕事の必需品はハンドクリームとゴム手袋。「人に直接触れる仕事なので、手荒れは厳禁。洗い物をするときはゴム手袋でガードしつつ、クリームで保湿を欠かしません」

ちょっとしたボタンのかけ違いで、人はそのバランスを崩してしまう。その取り返しのつかなさを湯澤さんはよく知っている。だからこそ、そうなる前に少しでも助けになりたいと願う。

「人の内面に関わることなので、接し方や伝え方には慎重さが入りますし、難しいです。だから一生勉強なんですけど、ゴールがないからこそ面白いんです。日々いろいろな人の人生に耳を傾けて、それが私の人生経験になっていく。もしそれが誰かの救いに少しでもなっているとしたら、私がこれまでやりたいと思っていたことが全部詰まった仕事だなと思っていて。かなり寄り道しましたけど(笑)、おかげでやっと天職を見つけられました」

東京ではたらく女性へ、パーソナルな5つの質問

◎休日はどう過ごしている?
お家でまったり、音楽・映画鑑賞。

 

◎東京で好きな場所はどこ?(理由も)
深大寺。自然が多く、風情があり心落ち着く場所だから。
 

◎最近うれしかったことは?(できれば仕事以外で)
和歌山のキャンプ場で、満天の星が見られたこと。
 

◎100万円あったら何に使う?
家族で沖縄旅行。
 

◎今日の朝ごはん、何食べた?
ご飯と鮭、みそ汁。和食。

■湯澤さんのアロマリラクゼーションサロン「Mavie」

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。

食品商品企画:山口文菜さん(30歳)

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