花のない花屋

束縛から逃げるために実家を飛び出したことも……。「母の日」に感謝の花束を

 

〈依頼人プロフィール〉
村松佳子さん 46歳 女性
鹿児島県在住
ものづくり準備中(クリエーターの卵)

子どもの頃、道ばたに咲く花をめでることを母に教わりました。オオイヌノフグリ、シロツメクサ、アカツメクサ、ホウセンカ、オシロイバナ……。住宅地に目立つことなく咲く野の花はとてもかわいく、今でも大好きです。

父の介護で母が行き詰まっていたとき、ふと思い立って「元気が出るように」と明るい色の花をネットで注文し、母に贈りました。すると花が好きだった母は想像以上によろこんでくれ、私も「ここまでよろこんでくれるなんて!」とすっかりうれしくなりました。それからというもの、母の日と敬老の日、そして誕生日には母へ花束を贈ることが習慣になっています。遠く離れて暮らしているからこそ、お花を贈ることで自分の気持ちを伝えられているような気がします。

この18年、私は実家から遠く離れた屋久島で暮らしています。今でこそ母とは付かず離れずの関係ですが、もともと家を出たのは両親の束縛から逃げるためでした。大学卒業後、会社員として働き、その後環境保全の勉強をするため専門学校へ通いましたが、その間ずっと実家住まい。金銭的な理由から両親と一緒に住んでいましたが、20代半ばになっても、夜遅く帰ると怒られ、「今日は帰れないから友達の家に泊まる」と言うと、「向こうの親御さんを電話に出しなさい」と父に言われ、父が駅で待っていることさえありました。

父とケンカをするたびに母が仲裁に入っていましたが、板挟みになってオロオロするばかり……。また、母は私が何か言っても、「それは無理よ」と否定から入り、マイナス面ばかりを指摘してこちらの気持ちや状況をくみ取ってくれないので、次第に話をするのも嫌になってしまいました。そんなわけで、私は専門学校卒業後、逃げるように家を出たのです。

とはいえ、いざ屋久島で働き始めると、押しつぶされそうな気持ちになることばかり。自分のキャパシティーを超えた仕事内容、同僚との人間関係……学校が紹介してくれた仕事の手前、簡単に辞めることもできず、どんなに苦しくても1人で踏ん張るしかありませんでした。そんな状況に置かれ、初めて両親の大変さも想像できるようになりました。自分1人のために働くだけでこんなに大変なのに、誰かを養うなんてどれだけ大変なことか……。父は中間管理職という面倒な立場で仕事をこなし、母は母でできることを精いっぱいやっていたのでしょう。

それから時が経ち、5年前に父が亡くなり気落ちしていた母には、心から寄り添うことができたと思います。家族が嫌で家を離れましたが、本当は親に認められたい、家族みんなで仲良くしたい、という気持ちがずっとあったような気もします。

今、母は76歳。千葉県の田舎の住宅街に脱サラ農家の兄と2人で暮らしています。年をとって母はどんどん無邪気になり、家族の中で一番元気です。空気の読めなさは、朝ドラ『まんぷく』のすずさんをちょっとほうふつとさせます。そんな母へ、毎年恒例の母の日のプレゼントとして、今年は東さんのお花を贈りたいです。母はバラやチューリップ、アジサイなどわかりやすい古典的な花が好きです。ラベンダーも好きで、一緒に北海道へラベンダー畑を見に行ったこともあります。母のよろこぶ顔が見られたらうれしく思います。

束縛から逃げるために実家を飛び出したことも……。「母の日」に感謝の花束を

花束を作った東さんのコメント

「THE昭和」なご両親で、大切に育ててもらっていたことがわかるエピソードですね。アジサイやバラをいれながら、わかりやすい花束を意識しました。ところどころ差し込んだラベンダーがポイントになっています。どれもはっきりした色なんですが、バランスよくまとめました。

花材は他にも、カーネーション、ガーベラ、ピンポンマム、ダリア、ラナンキュラス、セダム、グリーンネックレス、ポリシャスなどです。

「母のよろこぶ顔が見られたらうれしく思います」というのはいいですね、応募者の素直な気持ちを代弁するような花束になったかと思います。

束縛から逃げるために実家を飛び出したことも……。「母の日」に感謝の花束を

束縛から逃げるために実家を飛び出したことも……。「母の日」に感謝の花束を

束縛から逃げるために実家を飛び出したことも……。「母の日」に感謝の花束を

束縛から逃げるために実家を飛び出したことも……。「母の日」に感謝の花束を

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

束縛から逃げるために実家を飛び出したことも……。「母の日」に感謝の花束を

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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http://azumamakoto.com/

PROFILE

  • 宇佐美里圭

    1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

  • 椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。

【東信さんの『花のない花屋』】親に贈りたい花束と物語

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