このパンがすごい!

自家製の薪窯に自家製の種。自然のままに暮らす自給自足のパン屋/ビアンキュイ

自家製の薪窯に自家製の種。自然のままに暮らす自給自足のパン屋/ビアンキュイ

カンパーニュ(左)とドライフルーツ・ナッツ入りカンパーニュ

自然に暮らす。自ら野菜を作り、自給自足に近い生活をする。生産者のもとに通って小麦の栽培を手伝い、その小麦でパンを作る。培養した種を使い、手でこね、ホイロ(発酵器)は電気を使わず、お湯を沸かして温湿度を与える。れんがを積み、コンクリートを塗った窯に薪をくべてパンを焼く。そして、作り手自ら接客し、パンを手渡す。

自家製の薪窯に自家製の種。自然のままに暮らす自給自足のパン屋/ビアンキュイ

自家製の薪窯

まるで現代文明がもたらした便利な道具など知らないかのようなパン作り(唯一冷蔵庫だけは使う)。でも、田中秀二さんは少しも頑(かたく)なではない。肩肘(ひじ)張って昔のままを守ろうなんて気はさらさらなく、私をやわらかく迎え入れてくれた。

自家製の薪窯に自家製の種。自然のままに暮らす自給自足のパン屋/ビアンキュイ

田中秀二さん

群馬県高崎市。田園地帯の中に、薪と煙突が見えたら、そこが「bien cuit(ビアンキュイ)」だった。時あたかも、藤と菜の花の盛り。店舗兼工房にしている木造の家屋は、紫と黄色の花に飾られていた。

私は日本の家屋の中に入ったはずだった。なのに、ヨーロッパの田舎に来たようにしか思えないのだ。作業台の上に置かれた、カンパーニュ。れんがを敷いた床、そして黒く煤(すす)けた薪窯。音楽もなく、静かに。おしゃれに見せようという衒(てら)いは一切感じさせず、ただそこには田中さんのうつくしい暮らしがあるだけだ。

室内に、ダシっぽい香りが漂っていた。小麦の品種を聞いて納得の農林61号。古くから関東一円で作られてきたこの小麦にはダシのような旨(うま)味があるからだ。近くの生産者、秋山農園の全粒粉を挽(ひ)きたてで使用する。

自家製の薪窯に自家製の種。自然のままに暮らす自給自足のパン屋/ビアンキュイ

秋山農園の秋山さんと農林61号。長年、無農薬と石臼挽きにこだわって、小麦粉を直接販売する

薪窯で焼いたカンパーニュは、bien cuit(=よく焼いた)という店名そのまま、炎の中から生みだされたように武骨な姿をしていた。木と土の香りを含んだ、深々とした香ばしさ。口にすると、しょうがのようなさわやかさがあり、でんぷん質の味わいは濃密である。そこからシイタケのようなダシ感が滲(にじ)みだす。ごく控えめな酸味は味わいに変化をもたらし、後味をさっぱりとさせる。

土日はパンを焼き、それ以外の日は、農作業などにいそしむ。田中さんはそんな暮らし方を、フランスで学んだ。

「フランスでは農家をまわっていました。その中に自分の食べるパンを自分で焼いている方がいて。フランスの田舎のいいものを日本に紹介したい」

自家製の薪窯に自家製の種。自然のままに暮らす自給自足のパン屋/ビアンキュイ

小麦全粒粉のビスケット(左)、大麦粉のビスケット

「小麦全粒粉のビスケット」が私を感動させた。飾りもない、切りっぱなしの細長い形。こきっと折れ、ざくざくっと壊れ、ほぐれて、つぶつぶに分かれ、ふすまの香ばしさが弾け、甘さが溶ける。香りはアーモンド、甘さはピーナツ、旨味は豆腐のような。素朴極まりないが、えぐみがなく、ひたすらやさしい。全粒粉に菜種油ときび糖を加え、焼き固めただけ。あれこれ手を加えなくても、小麦はこんなにおいしいものなのだ。

「なにを重視したいかというと、小麦の香り。全粒粉を使いたかった。挽いた直後ならではの甘い香り」

私たちをもてなそうと、田中さんがいれてくれたハーブティー。お湯を沸かし、そのあと庭へと出ていき、土の上にしゃがみこむと草を摘んで、それを洗ってポットに入れ、お湯をそそいでお茶にしてくれたのだ。口に含むと、青々とした香り、生命力に満ちた香りがあふれだした。

自然と切り離され、なんでも買ってくる生活に、私たちはどっぷりとはまりこんでいるけれど、田中さんは自然の中に降りて、そこで感じるもの、新しく見えてくるものを楽しんでいるように思えた。

たとえば、自ら栽培に関わる麦を、手ごねするからこそわかる感覚がある、

「去年の麦と今年の麦はちがいます。去年の粒は細長くて、今年は丸い。田んぼでできた麦と畑でできた麦もちがいます。田んぼの麦は張りがよくて輝いている。黒っぽいのは畑の麦。田んぼのほうがでんぷんが多い感じで、ねちっこい。畑のほうはさらさらとまとまって、焼き色が出やすい」

自家製の薪窯に自家製の種。自然のままに暮らす自給自足のパン屋/ビアンキュイ

自家菜園でハーブを摘み取る

ただパンを買いに行くのではない。自然とともに暮らす田中さんの生き方に触れるために訪れたい。

■bien cuit(ビアンキュイ)
群馬県高崎市吉井町小暮590
080-8706-4677
10:00~売り切れ終了
土曜日曜営業(7~9月休業)

↓↓フォトギャラリーは下部にあります↓↓ ※写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます。
店舗マップはこちら

<よく読まれている記事>

 

<バックナンバー>
このパンがすごい!

PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

本格ハード系と焼きそばパンが同居!パンマニアにもおばあちゃんにもやさしいパン屋/市東製作所

トップへ戻る

「『365日』より先いく近未来パンを」、渋谷に杉窪シェフプロデュース新店/グリーンサム

RECOMMENDおすすめの記事