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<113>研究者気質が光る味 神保町の隠れ家「眞踏珈琲店」

「スタバやドトールはすごいですよ! あの値段で高いレベルのコーヒーを提供できるんですから。コーヒー好きのアマチュアなら自分なりの“真理”を追求できますけど、プロなら採算を考えないといけないので」

 東京・神保町の片隅にある「眞踏(まふみ)珈琲店」。店主の大山眞踏さん(33)がこの店をオープンしたのは、2016年9月のこと。小さな戸建てで、1階は喫煙が可能な11席のカウンターとテーブルの2席。2階は禁煙のテーブル席で、約4000冊の本が壁面を埋め尽くしている。本はすべて大山さんの蔵書。大学時代に社会学を専攻し、米国留学の経験もある大山さんは、貧困やマイノリティーをテーマに研究していたこともあり、本棚には社会学系の学術書が数多く並んでいる。一方で漫画、小説、サブカルチャー系の本も豊富で、コーヒーを飲みながら気軽に手に取りたくなるようなラインナップだ。

<113>研究者気質が光る味 神保町の隠れ家「眞踏珈琲店」

 高校時代からコーヒー好きだった大山さんは、コーヒーの名店を巡ったり、自分でもコーヒーを淹(い)れたりと、独自の研究を続けていた。米国から帰国後、東京・青山の蔦(つた)珈琲店を訪れ、店のたたずまい、マスターの小山泰司さんが淹れるコーヒーの味、小山さんと客との距離感など、あらゆるものが心に響いたという。

「コーヒーの名店ってマスターや他の客としゃべってはだめで、静かにコーヒーを飲まなきゃいけないという雰囲気があるけど、あの店にはそれがなかったんです」

<113>研究者気質が光る味 神保町の隠れ家「眞踏珈琲店」

 大山さんには、その空間が“酒を飲まない人のためのバー”のように感じられた。そこから約4年、毎日のように通って小山さんとのおしゃべりを楽しんだ。幾度となく「修行させてください」と頼んでみたものの、するりとあしらわれてしまっていた。ところがある日、小山さんから突然の電話があり、「やる?」と誘われる。大山さんは念願かなって蔦珈琲店で修業できることになり、3年間は週1回、4年目は常勤で働いた。

 そんな大山さんがやがて独立を考えるようになった。師匠が店を構える青山以外で、と選んだのは神保町。自分が店をやるなら、「おいしいコーヒー」「気さくな店主」「雰囲気のいい店」は必要不可欠で、そこに+αとして「本」を加えたいと考えた。神保町には50年以上続く喫茶店も多く、自分が考える店との親和性が高いと感じたからだ。

「よく、『なんで競合が多い神保町にしたんですか?』って聞かれるんですけど、僕は競合どころかむしろ仲間だと思っています。逆に競合が1軒もない場所でやったら潰れます(笑)」

 店の名前は“珈琲店”ではあるものの、大山さんとしては、コーヒー専門店というよりは“喫茶店”のような感覚でいるという。実際、メニューを見ても「コーヒー」としか書かれておらず、豆の種類は明記していない。

「豆はブラジル・サントスNO.2のスクリーン19のみ。豆の粒が大きめでいいものを揃(そろ)えやすく、味と価格のバランスも取れています。僕はコーヒーの甘みを重視していて、この豆は甘みを一番出しやすいところもいい」

<113>研究者気質が光る味 神保町の隠れ家「眞踏珈琲店」

 2階に設置した焙煎機で自家焙煎し、焙煎から1日寝かした豆を使う、真鍮(しんちゅう)の枠から自作したネルを使って淹れる、アイスコーヒーは豆をたっぷりと使い、水出しでじっくりと抽出する……など、質問するたびに、予想を上回るこだわりぶりが詰まった答えが返ってくる。しかし、メニューや大山さんの飄々(ひょうひょう)とした話しぶりからは、そうした努力や手間の痕跡は微塵(みじん)も感じられない。

「気づく人が気づいてくれればそれでいい。でも珈琲店を名乗っている以上は、コーヒー好きを満足させたい」

 コーヒーはもちろんのこと、自家製ケーキやカレーなど、細部にまで宿る丁寧な仕事ぶり。長年、社会学を学んできた大山さんの研究者気質によって培われてきた部分も多そうだ。客との絶妙なコミュニケーションのとり方や、会話の面白さもまた、国内外での豊富なフィールドワークのなせる技なのだろう。さぞ優秀な研究者だったのではと感じさせるものが随所にあった。

「なんで喫茶店なんて儲(もう)からない仕事を始めちゃったんでしょうかね。でも、研究者も儲からないからあまり変わらないかな」

■おすすめの3冊

<113>研究者気質が光る味 神保町の隠れ家「眞踏珈琲店」

『他者の記号学 アメリカ大陸の征服』(著/ツヴェタン・トドロフ、訳/及川馥、大谷尚文、菊地良夫)
 異文化が衝突したアメリカ大陸征服の歴史。異なる文化を持つ「他者」との関係性の構築や摩擦、その変遷を見つめ直した論文。「コロンブスがアメリカ大陸を発見し、西欧からの入植者たちと現地人たちがどういう対話をしていったか、また、対話のしかたによって、他者を認められるかどうかによって、歴史や抑圧的関係がどう変化していくかを記した論文です。他者とは何かを深く考えさせられる一冊です」

『暴走族のエスノグラフィー―モードの叛乱と文化の呪縛』(著/佐藤郁哉)
暴走族を民族の一つととらえ、研究者自らが暴走族の一員となり、メンバーとの交流を通して、彼らの行動様式などについて心理、社会、文化的視野から解明した一冊。「かつてはテレビ、雑誌が暴走族についてある種のレッテル貼りのような誤った情報を発信していたのですが、彼らの内部に入り込むことで、彼らを捉え直した内容。社会学の質的調査の記念碑的な論文でもあります」

『被抑圧者の教育学』(著/パウロ・フレイレ、訳/三砂ちづる)
人は抑圧のもとでは、人間としての価値を認識する機会が奪われており、なぜ自分が貧困に陥っているのか、抑圧者から搾取されているのか、といったことに気づくことすらできずにいる。ブラジルの教育者である著者が、そうした状況に置かれた人々に対してどういう教育がなされるべきかを論じた本。「これはアメリカ留学中に出合った一冊です。それまで僕はわりと保守的な考えにとらわれていたのですが、大きな影響を受けました。被抑圧者は本当に個人の責任でそうなったのか、マイノリティーと言われる立場の人たちはどのように生きてきて、どうあるべきなのか、彼らが社会的に抑圧され、搾取されている状況をどうとらえるべきなのかなどを考えさせられるきっかけになりました。この本を全世界の人が読めば、世の中は結構よくなるんじゃないかと思っています」

写真 石野明子

    ◇

眞踏珈琲店
東京都千代田区神田小川町3-1-7
http://coffeemafumi.html.xdomain.jp/

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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