鎌倉から、ものがたり。

藤沢のニュー・シネマ・パラダイス「シネコヤ」

 藤沢市の鵠沼海岸駅前の商店街にある「シネコヤ」。竹中翔子さん(34)が営むこの場所は、カフェ、貸本屋、そして映画スペースからなる、みんなの新しい居場所だ。
「単に店がある、というのではなく、いろいろな人たちが集える場所づくりという意味で、このプロジェクトを『コミュニティビジネス』と、とらえてもらうこともあります」
 と、竹中さんはいう。(前編はこちらから

 美術系の大学で映像製作を学んだ後、竹中さんは、出身地である藤沢市のNPO支援組織、「藤沢市市民活動推進センター」に勤務した。ここでは、市内のさまざまなNPOや有志たちが、まちづくりやコミュニティ活動について、活発な情報交換を行っていた。

「そのときは自分でお店を立ち上げるなんて考えてもいなかったのですが、みなさんの活動を見ているうちに、『ソーシャルビジネス』『コミュニティビジネス』の概念がわかるようになり、それにつれて、自分が考えていることに近いな、と思うようになったのです」

 同センターで培ったネットワークは、強かった。中でも大きな力になったのは、開業資金を募ったクラウドファンディング(CF)の存在だ。同センターが運営する地域型CFのサイト「FAAVO」で、シネコヤへの投資を呼びかけたところ、大勢の人たちが出資してくれて、目標額の200万円を調達することができたのだ。

 おひざ元の藤沢市では、「藤沢オデオン」「フジサワ中央」という、地域の人々に愛された映画館の閉鎖が続いていた。

 その状況を背景に、「『ニュー・シネマ・パラダイス』を藤沢から」というキャッチフレーズとともに、「映画文化をもう一度この街に取り戻したい」と、竹中さんは呼びかけた。

 月に1回、竹中さんが自主的に開いていた映画上映会のファンをはじめ、それは多くの人たちの望みだったのだろう。

 加えて、みんなは竹中さんの本気の姿勢を信頼した。

 CFのサイトでは、上映機材、内装、椅子・什器(じゅうき)、防音など開業資金の明細をきちんと公表した。開店にあたっては、株式会社を設立して、代表取締役に就任。経営の責任も明確にした。

「ここは『たくさんの本を店内で楽しめる貸本屋』になります。毎月、おススメの本を選び、そこからテーマを合わせた映画を紹介する、という形にしているんですね。映画館+本+パンという複合形にしたのは、それが私のあこがれだったこともありますが、同時に、お客さまに『わざわざ』足を運んでいただくための仕かけでもありました」

 この場所を大切に思う気持ちは、カフェで提供するパン選びにも表れている。
 日曜から水曜日までは、鵠沼在住のアライチヨコさんが焼く「チコパン×クゲヌマ」のパンを、木曜の定休日をはさんで金曜、土曜には小田原をベースにする「デスチャー」のパンを店頭に並べる。いずれも、すこぶるつきのおいしさで知られる自家製天然酵母パンだ。

 商店街にあった写真館の再生。小学生、中学生から、リタイア後の大人までが、自分の時間を過ごすために訪れる場所。シネコヤにいると、昔は電車の駅ごとに映画館があったな……と、ノスタルジーにとらわれる。

 ただ、ここはノスタルジーを喚起するだけの場ではなく、コミュニティ構築の最前線でもある。湘南のベッドタウンにも、高齢化、少子化が及ぶ時代に、もう一度、地域に価値をもたらしてくれる、みんなの居場所なのだ。

 鵠沼海岸という海街だけでなく、各沿線、各まちに、竹中さんのような若い世代が登場し、このような動きが広がったら、どんなにうれしいことだろう。

シネコヤ
神奈川県藤沢市鵠沼海岸3-4-6

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

あこがれの、映画と本とパンの店「シネコヤ」

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