花のない花屋

「席を譲ろう……」ありふれた説教よりも心に残るエピソードを話した先生へ

「席を譲ろう……」ありふれた説教よりも心に残るエピソードを話した先生へ

〈依頼人プロフィール〉
今久保綾子さん 44歳 女性
大阪府在住
学校図書館司書

    ◇

もう35年以上前の話になりますが、今でもよく覚えている何気ないシーンがあります。

私は小学校3年生で、担任の先生は若くてきれいで、やさしい先生でした。年齢が比較的子どもたちと近かったせいか、ベテランの先生のように上から物を言うことがなく、いつもどこか上品な雰囲気。大好きな先生でした。

毎日授業の前に「朝の会」という、先生がひと言話をする時間があったのですが、その日先生はなぜか、まん丸い青い花を一輪だけ持って入ってきました。珍しい花があったので、みんなに見せようと思って持ってきたのでしょう。後にそれはアリウムという花だとわかったのですが、その当時はとても珍しく、私は初めて見た花を「世の中にはなんて不思議な花があるんだろう」と思い、強く記憶に残りました。

先生はその美しい花を生けながら、その朝あったことを話し始めました。通勤の電車が混んでいたけれど、運良く座れたこと。途中からお年寄りが乗ってきたので、席を譲ろうと思ったけれど、人混みの向こうにいて声をかけられなかったこと。そして、それを今後悔していること。次は絶対に譲ろうと思っているということ……。

先生の心の揺れ動きとともに語られたそのエピソードは、青い一輪の花とともに私の心に深く残りました。それこそ、「電車ではお年寄りに席を譲りましょう」というありふれたお説教よりもずっと、私の心に染み込んでいきました。

それからというもの、私は混雑した電車に乗るたびに、アリウムの花と先生のやさしい笑顔を思い出します。

その後、何十年も経って私は図書館司書になり、偶然研究会などで先生にお会いするようになりました。でも、2年前に退職されてからはあまりお目にかかっていません。本当は退職のお祝いに、これまでの感謝を込めてアリウムの花束を贈りたかったのですが、タイミングが合わずに機会を逸してしまいました。

そこで、遅くなってしまいましたが、東さんにアリウムのすてきな花束を造っていただけないでしょうか。2年前の退職祝いと、これまでの感謝の気持ちを込めて……。山下先生のお陰で、困っている人にすぐ席を譲れる大人になりましたよ、ありがとうございました。そんな気持ちを花束で伝えられたらうれしいです。

「席を譲ろう……」ありふれた説教よりも心に残るエピソードを話した先生へ

花束を作った東さんのコメント

恩師である山下先生へ退職祝いと感謝の意を込めて。今回、とてもいいエピソードですね。アリウムとエリンジューム、そして、まわりはユーカリでまとめました。小手先で美しい花束にするよりも、もっとシンプルに表現したいと思いました。束ねたのはアリウム30本。
いいエピソードもいい花も、物質としては残りませんが、心の中に残るという共通点があるのではないでしょうか。こういった先生に出会いたかったです。

「席を譲ろう……」ありふれた説教よりも心に残るエピソードを話した先生へ

「席を譲ろう……」ありふれた説教よりも心に残るエピソードを話した先生へ

「席を譲ろう……」ありふれた説教よりも心に残るエピソードを話した先生へ

「席を譲ろう……」ありふれた説教よりも心に残るエピソードを話した先生へ

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

>>これまでの「花のない花屋」まとめ読み

    ◇

「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
こんな人に、こんな花を贈りたい。こんな相手に、こんな思いを届けたい。
花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

「席を譲ろう……」ありふれた説教よりも心に残るエピソードを話した先生へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

facebook

instagram

http://azumamakoto.com/

PROFILE

  • 宇佐美里圭

    1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

  • 椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。

53歳で通訳試験に合格。18歳の頃の夢をかなえた自分に花束を

トップへ戻る

絶対好きになってはいけない恋だった……。サプライズの花束を彼に

RECOMMENDおすすめの記事