東京ではたらく

日本語教師:福島真衣さん(28歳)

職業:日本語教師
勤務地:東京都千代田区
仕事歴:2年目
勤務時間:曜日でまちまち
休日:土・日

    ◇

英語、中国語、韓国語。さまざまな言語が飛び交うクラスルーム。扉が開き、「せんせい」が入ってくるとおしゃべりはピタリとやみ、ここから話されるのは日本語のみ。たどたどしい部分はあるけれど、覚えたての単語を一生懸命に組み合わせてコミュニケーションを取ろうとする生徒たちの姿を見ていると、学生時代にしばらく通ったアメリカの語学学校時代の記憶がよみがえってくる。母国語以外の言語を習得するのはけっして簡単なことじゃない。

このクラスの「せんせい」こと、福島真衣さんは28歳。東京・千代田区にある九段日本語学院で日本語教師として働いて2年になる。受け持つクラスは初級者向けの会話中心のクラスと、話す、聞く、書く、読むという語学における4技能すべてを教える中級者向けのクラス。生徒は北欧やヨーロッパ諸国を中心に、韓国、中国などアジア圏からの留学生も多い。

「年齢や目的は本当にさまざまで、日本での大学進学や就職を目指している学生もいれば、旦那さんの転勤についてきた奥様たちもいらっしゃいますし、ちょっとだけ日本語を勉強してみたいという短期留学の人も。夏休みのシーズンになると学生さんがぐっと増えてにぎやかになりますね」

日本語教師:福島真衣さん(28歳)

漢字について学ぶクラス。会話に困って英語で質問する生徒がいても、福島さんはやさしく日本語での会話を促していた

基本的には毎日授業を受け持つが、半日は授業を担当せず、学内でテストの採点や授業用の教材を用意する。クラスによっては学校共通のテキストが用意されているものもあるが、テキスト以外で学生の理解の手助けとなる教材は自分で作成するというから驚く。

「授業中は原則、日本語以外の言語を使いませんので、文法ももちろん日本語で教えます。初級クラスではまだ日本語をそこまで理解できない生徒が多いので、教材にはイラストを多く使ったりして理解度を高められるよう工夫しています。イラストや写真探しも自分でやるので大変ですが、ベテランの先生にアドバイスをもらったりしてなんとかやっています」

ちなみにこの日準備していたのは、中級クラス向けのプリント。「~しておけばよかった」という、英語文法でいうところの「仮定法過去」(後悔)の表現を学ぶ回なのだが、この微妙なニュアンスを教えるのがなかなか難しい。

「表現が複雑になればなるほど、言葉で説明するハードルは当然高くなります。文法の構造を解説することも重要ですが、まず大切なのは生徒たちにその言い回しのニュアンスを理解してもらうこと。そのためにできるだけ日常生活でよくあるようなシチュエーションを設定して例文を作ったり、クラスで身ぶり手ぶりを交えて会話を再現したりしています。熱が入りすぎるとひとり寸劇みたいになって、生徒たちに笑われることもあるんですけど(笑)」

日本語教師:福島真衣さん(28歳)

手作りの教材にはできるだけ日常でよくあるシチュエーションを盛り込んでいる。会話のシーンを想像しやすいよう、イラストも使う

この日福島さんが用意した例文は、「もっとバイトのシフトを少なくすればよかった……」「別の味のパスタを注文すればよかった……」など、確かに日々の生活でよくありそうなシーンを想定したものばかり。例文の横には、シフトの入れすぎでクタクタになったバイトちゃんのイラストがある。

「ベテランの先生になると、この例文の引き出しがものすごく多いんです。私なんてまだまだで……。ちょっとポイントがずれていると、どれだけ説明しても生徒たちの顔に「?」という表情が出るんです。その時は申し訳ないやら悔しいやらで、もっと頑張らなくちゃと思います。反対に、用意した例文を見て生徒たちが「うん、うん」という顔をしていると、ものすごくうれしくなりますね」

幼稚園から高校まで、将来の目標はずっと「先生になること」だった。「ずっといい先生に恵まれてきたから、自然と憧れるようになったんだと思う」と振り返る。そしてもうひとつ、物心つく前から抱いていた夢が「世界一周」だったというから、なんともスケールの大きい子どもだ。

「小学校低学年の頃、将来の夢を描きましょうという授業があったんですけど、そこで私、地球の上に自分が乗っかっている絵を描いたんです。何に影響されたのかは覚えていないんですけど、その夢もずっとどこかに持っていましたね」

日本語教師:福島真衣さん(28歳)

授業がない時間帯は教員控室で教材作り。イラストを切りとってプリントに貼るなど、丁寧な作業

先に芽を出したのは、「世界一周」の夢だった。地元を離れ、長崎の大学に通っていた3年生の終わり。街角でピースボート(船で世界一周をするツアー)の広告を見かけ、「これこそ私のやりたいことだ!」と確信。1年の休学届を出し、子供の頃からの夢をかなえることにした。

「日本を出発して、ベトナム、シンガポール、インド、トルコ、ヨーロッパ、エジプト、南米と、3カ月間かけて世界をめぐる旅でした。本来は高額なツアーですが、ボランティアスタッフとしてポスター貼りなどを手伝うと手伝った分だけ割引になる制度があると知って、それを利用して全額割引にして無料で参加しました。部屋はもちろん一番安い4人部屋。同世代はほとんどがひとり参加だったので、友達もたくさんできました。忘れられない体験でしたね」

ツアーに参加する前には、語学を磨くために2カ月間、オーストラリアとニュージーランドに語学留学もした。それまで知らなかった世界に出会うのは刺激的で、「いつかは海外で働いてみたい」という新しい夢がまたひとつできた。

「大学に復学してからは、就職活動をしながら日本語教師を養成するために学校に通って資格を取りました。小さい頃から憧れていた教師と、海外に関わる仕事、そのふたつの要素をドッキングさせたら、自然と日本語教師という選択肢が出てきたという感じで」

日本語教師:福島真衣さん(28歳)

「これは教材に使えそう」と思ったイラスト素材は日頃からストックしておく。先輩教師からアイデアを分けてもらうこともしばしば

が、大学卒業後に福島さんが選んだのは、意外な道だった。

「いろいろな企業から委託を受けて、化粧品や健康食品の営業をするコールセンターに就職したんです。海外と関われる仕事に就きたいという気持ちはもちろんありましたが、自分は一度も仕事というものをしたことがない身。まずは日本の会社で『働く』とはどういうことかを知ろうと思って。最初はしばらく東京で働いて、その後は福岡で2年ほど勤務しました。でもやっぱりまた新たにやりたいことが出てくるんですよね(笑)。それで上司に『私、やっぱり海外で働きたいので辞めます!』ってついに伝えたんです」

ここからが意外な展開。なんとその会社にはフィリピンのセブ島にも支社があったのだ。

「私にとっては夢みたいな話でしたけど、海しかないようなところなので、誰も転勤したがらなかったみたいで。『それなら私、行きます!』って、すぐに転勤させてもらいました。憧れの海外暮らしは本当に楽しかったですし、日本に強い憧れを持っている現地の人も多くて、少し日本語を教えたりもしていました。そんな風に過ごしてたら、やっぱり日本語教師っていいなと思い始めて」

1年半ほどセブ島で働いた後、福島さんは心を決めた。2017年の9月に帰国し、大みそかには東京へ。家も仕事も何も決まらないままの上京だったが、「日本語教師として働く」ということだけは決めていた。

日本語教師:福島真衣さん(28歳)

授業前に生徒たちとおしゃべり。「休日に行くおすすめスポット」など、東京案内を買って出ることも

「2018年の元旦から東京に住む!と心に決めていたんです。それくらいしないと飛び込めないかなと思って(笑)。しばらくは友人の家に居候をさせてもらって、知人の紹介で学習塾の講師をしながら日本語教師の職を探しました」

上京して半年ほど経った頃、日本語教師をしている友人から日本語教師向けの講座があると教えてもらい、参加することにした。それを開催していたのが今勤めている日本語学校だった。

「大学4年生の頃に資格を取ったきり、4年ほどブランクがありましたから、それを埋めるつもりで受講したんです。運良く2カ月の講座が終わったタイミングで講師枠に空きが出て、このままここで働きませんかと声をかけていただいて。本当にラッキーでした」

教壇に立ち始めてすぐの頃は生徒の顔になかなか納得の表情が浮かばず、「この教え方でいいのだろうか?」と悩むことも多かった。それでも仕事を続けてこられたのは、生徒たちのおかげだ。

「楽しいな、うれしいなと思うのは、当時も今も生徒たちが『せんせい!』と声をかけてくれる瞬間。私も海外で生活したことがあるので想像できるのですが、みんな慣れない外国での暮らしで、少なからず心細い思いをしているはずです。私は教師ですが、それでも日頃から顔を合わせて、気兼ねなくおしゃべりができる存在になれていたら、それはすごくうれしいことだなと思うんです」

日本語教師:福島真衣さん(28歳)

手製の漢字書き取りクイズカード。生徒は1枚ずつカードを引き、ひらがなの部分の漢字をホワイトボードに書いていくルール

できることなら語学を習得するだけでなく、日本での楽しい思い出もたくさん作って欲しい。福島さんのそんな思いは、授業にも色濃く表れている。

「授業の冒頭、会話のウォーミングアップとしてちょっとした雑談というか近況報告をし合うんです。例えば『週末は何してた?』とか。でも中にはまだ会話に自信がなくて、なかなか話に入ってこられない生徒もいて、そんな時はできるだけ自然な形で会話を促して、同じ趣味を持っている生徒同士をつなげてあげられるように工夫しています」

例えば『日本のアニメ映画を見に行った』という生徒がいたら、『あら、あなたもアニメが好きだったわよね?』と別の子に話を振る。そうすれば放課後に自然と生徒同士の会話が弾み、休日に一緒に出かけるきっかけになるかもしれない。

「そんな風に雑談の時間も大切にしていると、最初はほとんど日本語を話せなかった生徒が、『コンビニ行きませんか?』なんてさらっと話したりしていて驚くこともあります(笑)。タームが終わる3カ月後には見違えるほど上手になって、そんな姿を見ると、やっぱり日本語教師になってよかったなと思いますね」

日本語教師:福島真衣さん(28歳)

「子供の頃から、やりたいと思ったことはやるタイプ」という福島さん。大学時代に参加した世界一周ツアーも両親の反対を押し切って参加したのだとか

将来の夢は海外で日本語教師として働くこと。

「どこか特定の国というよりは、フリーランスとしていろいろな国を渡り歩きたいなと思っています。日本語を教えるスキルがあれば世界中どこでも働けるんじゃないかって(笑)。実際はそんなに甘くないかもしれませんが、いつか実現させたい夢なんです」

新しい世界に飛び込むたびに新しい夢を見つけてきた福島さん。日本語教師になる目標をかなえた今も、まだまだ「やりたいこと」は尽きない。それは東京という街の単位を飛び越えて、世界へ。「この先、どこへ向かうのか、自分でもわからないんです」と本人は苦笑いするけれど、そんな人生、最高に面白いじゃないか。行き先未定の旅ほどワクワクするものはないのだから。

東京ではたらく女性へ、パーソナルな5つの質問

◎休日はどう過ごしている?
面白そうなイベントに行ったり、友達とランチしたり、飲んだり……。基本誰かと会っていて、あまり家にはいないです。

 

◎東京で好きな場所はどこ?(理由も)
田舎から出てきた私にとってどの町も面白くてひとつに絞れませんが、なんだかんだ渋谷です。とにかく人が多く、海外の方も多いので。あとは行きつけのお店もあるので気づいたら渋谷にいることが多いです。
 

◎最近うれしかったことは?(できれば仕事以外で)
星座占いで私の星座の運命を変える3daysの一つが私の誕生日だと書いてあったこと(笑)。6月が誕生日なので何があるか楽しみです。
 

◎100万円あったら何に使う?
海外旅行。
 

◎今日の朝ごはん、何食べた?
納豆+卵かけご飯とお味噌汁。

https://www.kudan-japanese-school.com/jp/

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。

アロマセラピスト:湯澤紗世子さん(36歳)

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引っ越しスタッフ:大谷明奈さん(23歳)

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