上間常正 @モード

時間をかけてゆっくりと作り、着方の自由も誘う服

時間をかけてゆっくりと作り、着方の自由も誘う服

綿・ヘンプ素材の赤いワンピース

 服を店で選んで買うようになったのは、そんなに昔のことではない。ちょっとおしゃれな服は、近所の仕立屋さんや洋裁のできる女性に頼んで作ってもらうのが普通だった。戦後のベビーブームの頃に生まれた団塊世代の人なら、そんな記憶があるだろう。母親が洋裁上手だったので、その手で仕立てた服に初めて袖を通した近所の女の人たちが見せた、はにかんだような晴れがましいような笑顔を今でもよく覚えている。どんなデザインの服にするかも話し合って決めていたのだ。

 しかし経済発展に伴って、服は遠くの工場で大量に作られるようになり、どこに行ってもみんな似た服を着ているようになった。サイズも規格化されていて、それに自分を当てはめるほかなくなった。次々と大量に作られる服は値段的には買いやすくなったが、誰が作ったのか分からず、作る側と着る側のやりとりも失われた。服は必要以上に増えたが、一つひとつの服への愛着も持てなくなってしまった。

 このような成り行きは、ファッションにとって本当はいいことではなかった。だが高度成長期のきらびやかさの中で、ブランド信仰やイメージ消費、そしてファストファッションの隆盛といった形でその歩みは止まらなかった。だが最近、2010年代に入ってからは特に、業界全体の長期的不振のせいもあり、ファッションの現状打開に向けたさまざまな試みが強まっている。

 自然環境を重視するエコファッション、服作りの労働環境に目を向けたエシカル(倫理的)ファッション、素材のリサイクルや服のレンタル、ITの導入拡大……。どれが決め手になるかというよりも、それらが時間をかけて折り重なって新たなシステムが生まれるだろう。だが現状が悪化していく時間の流れはもっと速い気がする。

 それより今とりあえず必要なのは、服をたくさん作らないこと、作る人と着る人のコミュニケーション、服作りの場を集中しない、といった基本的な姿勢なのではないかと思う。実際にそんな服作りを各地で始めている例も増えてきているようだ。例えば、京都を拠点に服を作っている池邉祥子さんのユニークな活動もその一つだろう。

 池邉さんは、デザインのアイデアや素材選びに時間をじっくりかけて、新作がいくつかまとまったら展示会を開いて発表するというやり方だ。どの服もいく通りもの着方ができる工夫がしてあり、着る人が楽しみながら長く着られるようになっている。素材も着方によって表情が変化するほど繊細に見えるが、洗濯をいくらでもできるという。「色んな女性がアクセスできて、長いタームで売れる服を目指しています」と池邉さん。

 今年の4月、5月に東京と京都で発表した新作の一つ。綿・ヘンプ(硬質の麻)混紡の赤いワンピースは、両脇の腰上に付けた二つの穴を通すひもの使い方で、ドレープの効いた5通りくらいの着こなしができる。古代ギリシャ彫刻の「サモトラケのニケ」のイメージを浮かべながら、この形に着地するのに4年ぐらいかかったそうだ。

 独特な感覚のくすんだ色合いの赤は、自分で染料を買ってきてテストを重ねてやっとできた。風景として完成するような、どんな肌の色にも似合う色とのイメージだったという。確かにこのワンピースの色は、展示会場の庭に茂る春先の草木の色・姿と不思議に溶け合って見えた

時間をかけてゆっくりと作り、着方の自由も誘う服

シルクリネンのリバーシブルのワンピース

時間をかけてゆっくりと作り、着方の自由も誘う服

コットンの丸襟シャツ

 シルクリネンの紺のワンピースは、前と後ろ、リバーシブルと多彩な着方ができて、「一枚で横断的に着こなせる」という。日中の仕事ではリネン、夜は光沢のあるシルクを表に出せる。また、白いコットンの丸襟シャツには襟首などにさりげなくほどこされた微妙なねじれが、アクセサリーのような効果を与えている。シルクウールの冬バージョンもある。

時間をかけてゆっくりと作り、着方の自由も誘う服

60年前の格子柄の生地で作ったチュニックとワンピース

 繊維産地を回って見つけた、60年前のウールの格子柄のチュニックとワンピースは時代を超えたモダンな感覚に映る。また、伝統の久留米絣で仕立てたシンプルなワンピースは、この布地が現代的な仕事着・日常着の両様に使えるファッション性の高い服の素材となることを示している。目立たない箇所にダーツを入れたり、残布が最小限になるようなパターンにしたりなどの工夫がしてある。日本各地を回って、伝統的素材に現代服としての新たな可能性を見つけることも、池邉さんの服作りのポリシーの一つだ。

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久留米絣

 池邉さんは大分市生まれ。東京の服飾専門学校で服作りを、京都の美術系大学・大学院でファッションを学んだ後、自分のブランド「トーク トゥー ミー」を7年前に立ち上げた。1人でなんでもこなしているが、ファンが少しずつ増え、ビジネスとしてもやって行けるようになったとのこと。これからの課題は「物としての服の精度を高め、造形の美しさを追求していくこと」だという。

PROFILE

上間常正

ジャーナリスト、ファッション研究者。1972年、東京大学文学部社会学科卒、朝日新聞社入社。記者生活の後半は学芸部(現・文化くらし報道部)で主にファッションを担当。パリやミラノなどの海外コレクションや東京コレクションのほか、ファッション全般を取材。2007年に朝日新聞社退社、文化学園大学・大学院特任教授(2019年3月まで)としてファッション研究に携わる。現在はフリーの立場で活動を続けている。

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