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韓国で100万部を超える大ヒットの理由『82年生まれ、キム・ジヨン』

韓国で100万部を超える大ヒットの理由『82年生まれ、キム・ジヨン』

写真・猪俣博史

著者、チョ・ナムジュ氏もあとがきで書いているように、キム・ジヨンという女性がこの世界のどこかにほんとうにいて、37歳になった2019年の今も子育てや家事に追われている気がする。

出産前は広告代理店に勤めていた彼女が、再就職してフルタイムで働いている可能性はあるかって?
それはほぼ、ないのではないかしら。

「キム・ジヨン」というのはもちろん、この大ベストセラーの主人公の名前だが、82年ごろ生まれの女子としてはお隣韓国でもっとも一般的な名前なのだそう。日本で言えばさしずめ、「72年生まれ、サトウヨウコ」と言ったところ。日本の方が10年古いのは評者の体感にほかならないが、東京医科大学の不正入試問題など露骨な女性差別を目の当たりにする限り、「92年生まれ、タナカミサキ」でもいいのかもしれない。

「女性」というだけで、学校や社会においていわれのない差別を受ける。差別と認識できる女子はまだ強い。闘う余力を残している。多くの女子は、「?」をおでこあたりに漂わせながらも、何となく受け入れてきてしまったのではないだろうか。

スカートの丈の長さを厳しく取り締まられ、危ない目に遭えば「お前が悪い」と責められる。炊き上がったご飯は父、男兄弟の順に配膳され、形のいい餃子は弟の皿に盛られる。社会に出ればそこは暗黙のセクハラ地獄で、女子の前で閉ざされる扉がいくつもあることに気付かない同朋も少なくない。そして、結婚すればお決まりの「こどもはまだ?」。

母も、祖母も、その母も被ってきたこの差別。脈々と受け継がれる「伝統のお家芸」である点は日本もしかりである。

「女性についての問題」--自分には関係ない?

韓国で2016年に発表されたあと、100万部を超える大ヒットを記録したという本書。日本でも、4月の時点で13万部を突破。韓国文学としても、フェミニズム小説としても異例の売れ行きと言えるだろう。

売れているのはもちろん、ジヨンの人生が「共感」を呼んでいるから。おそらく、この本を読む多くの女性がジヨンに自分を重ねるだろう。もしくは、ごく身近の誰かに似ていると思うはず。だから、113万部の読者のほとんどは女性なのかもしれない。

しかし、ここに大きな問題がある。
本当は、「女性ではない人」にも読んでもらいたいのだ。なぜなら、「違和」というのは当事者以外の人たちが認識しない限り、解消の方向に動かないのだから。

ちなみに、小説としての仕掛けにはピリッと山椒(さんしょう)が効いている。さまざまな困難に直面して少しずつ硬直していくジヨンにいつしか彼女の母親や友人の人格が憑依(ひょうい)してしまうというストーリーなのだが、これを語るのが、彼女を診た男性カウンセラーという設定なのである。つまり、語り手の視点にすでにある種の「フィルター」がかかっていることになる。

韓国で100万部を超える大ヒットの理由『82年生まれ、キム・ジヨン』

『82年生まれ、キム・ジヨン』チョ・ナムジュ 著 斎藤真理子 訳 1620円(税込み)

カバーに描かれた女性の顔がくりぬかれ、そこに荒涼とした砂漠が広がっているのは何の示唆だろう。「匿名」で「大多数」の女性、誰もが当てはまるようで恐ろしい。

お隣韓国のお話だからと気軽に読み始める人もいるだろう。そして、あまりにも自分たちに酷似したジヨンの境遇に、本を持つ手が引きつってくるかもしれない。韓国にはまだ、徴兵制が残っている。そういう意味では、男性たちだってある種の「搾取」を受けているとは言えまいか。それなのに、「ミソジニー(女性嫌悪)」が蔓延(まんえん)し、本家アメリカ以上に「#MeToo」運動が盛り上がったのはなぜなのか。そんなことを思考するきっかけにもなるはずだ。

フリーライターの武田砂鉄さんが、『冤罪(えんざい) 女たちのたたかい』の書評でこう書いている。

「女性問題」と称される時の多くは「男性問題」であり「社会問題」なのだが、女性についての問題、と押しつけておくことで矮小(わいしょう)化が続く。その軽視が悪習であることを認めずに、その件についてはまた今度、と先延ばしにする世を変えなければいけない。

ジヨンの物語が旗印となって、大きなうねりになりつつある。「自分には関係ない」と思う人にこそ、読んでほしい。

(文・八木寧子)

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