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<114>大好きな神戸・岡本に作った居場所 「ひつじ茶房」

 神戸市東灘区岡本。
阪神間でも屈指の人気エリアとして知られる街だ。阪急神戸線岡本駅とJR神戸線摂津本山駅の間に石畳の商店街が続き、しゃれたカフェや雑貨店が並ぶ。近隣の甲南大学、甲南女子大学、神戸薬科大学の学生らが行き交い、周辺には古くからの住人も多い閑静な住宅街が広がる。岡本駅の北側は六甲山地。高台に行けば海も一望できる。

 岡本駅から徒歩2分の「ひつじ茶房」を営む岡田亜衣さん(45)は、そんな街に生まれ育った。2007年に店を作った理由はただ一つ。

「大好きな岡本に自分の居場所を持ち続けたかったから」

<114>大好きな神戸・岡本に作った居場所 「ひつじ茶房」

 大学進学や就職などで岡本を離れる機会が増えるにつれ、岡本への思いは深く、強くなっていく。もし岡本に自分のための場所を作るのなら、部屋のような心地いい空間にしたい、そこには本をいっぱい置きたい――。そんな思いから、2007年3月に本山市場という小さな商店街の一角に小さなカフェを作った。

 店の名前にある「ひつじ」は、JR摂津本山駅北側にあった、児童図書専門店「ひつじ書房」からいただいたものだ。40年以上にわたって地元の人に愛され、岡田さんも小さい時から父に連れられて通った思い入れのある店だ。そこで岡田さんは店主の平松二三代さんに「名前を分けてほしい」と願い出て、快諾してもらった。

「『ひつじ書房』の平松さんがきっかけで、小学校の図工教師だった父は児童文学作家としてデビューしたというご縁もありました。残念ながら『ひつじ書房』は2017年末にその営業に幕を下されたのですが」

<114>大好きな神戸・岡本に作った居場所 「ひつじ茶房」

 そうしてスタートした小さな店は、その後移転を繰り返すことになる。初代の本山市場は取り壊しが決まったため、やむなく岡本駅から約5分離れた場所に移ることに。そこには5年いたが、もっと駅に近いところに戻りたいと思いつつ、小さい頃から見覚えのある集合住宅に空き部屋が出るのを待っていた。昔の団地のようにエレベーターのない建物だが、古いサッシやドア、小さなベランダもレトロな雰囲気で魅力的な空間だった。待つこと数年、やっと空いた2階に2015年9月に移転したこの場所が今の店舗だ。

「場所は転々としているけど、店の中のものはそのまま生かして使っているので、店の雰囲気はあまり変わらないかも。駅の近くに戻ってきて、本山市場時代のお客さんがまた通ってきてくれるようになったんです」

 この店には、岡田さんの気さくで飾らない人柄と、家のように居心地のいい雰囲気に惹かれ、常連客が多く通う。集合住宅の二階というロケーションも、気心の知れた友人宅に遊びに行くような気分を盛り上げてくれる。開店当初から来てくれていた96歳の男性もその一人だった。西宮から毎日原付で通い、ここで仲間と落ち合い、お茶やおしゃべりをするのが日課だったという。しかし、その男性は今年4月末にこの世を去ってしまう。

「ずっと通って来てくださっていたお客さまだったので、家族のようでした。彼の不在はものすごくショックで悲しんでいます。でも、店の場所が変わろうと、店がある限り、来てくださるお客さんと一緒に生きて歳を重ねたい。私も80までは頑張りたいなぁ」

 店にはたくさんの絵本があり、客から譲り受けたものも多い。とはいえ、すべてを受け入れるには限界があるため、「動物に関する絵本だけ」というルールを設けている。店を始めた当初から、店内に置いていた本も絵本が大半。岡田さんが、「店にいる時に、さっと読めるものがいい」と考えているからだ。

<114>大好きな神戸・岡本に作った居場所 「ひつじ茶房」

 店には絵本以外にも楽しみがある。それは岡田さんが作るスイーツ類だ。店を立ち上げてからフードメニューやスイーツを作るようになったのだが、そこで岡本さんは自分が器用で、お菓子作りが得意だったという意外な一面に気づく。

「食べ物って、お客さんからダイレクトに反応が来る。それがこんなに楽しいなんて! 喜んでもらえると、『じゃあ今度はこんなものを作ってみよう』となって、どんどんメニューが増えていきました」

 岡田さんは、実は甘いものが得意ではないため、自然と甘さ控えめのケーキになっていった。店で人気のマクロビオティックのアップルパイも、自分がおいしいと思えるパイを作りたいと思って作るようになったものだ。さらに、子どもを出産したこともあり、「体によくて安心できるものを提供したい」という気持ちが高まる。バター・卵・お砂糖を使わない焼き菓子や、時にはお客さんの希望に応えてノンシュガーのチーズケーキなどがメニューに並ぶこともあるという。

 自分の居場所が欲しくて作った店が、13年目を迎えるまでになった。岡田さんは、つくづくお客さんに恵まれていると感じている。

「カフェというのは、岡本に自分の場所を作るための手段。この場所はすごく大事だし、お客さんも大事だけど、自分のために続けているというところが大きいです。でも、ここに来るお客さんが甘いものを食べて、楽しそうにしている姿を見せてもらっているのは私の方で。その人たちの人生にとって、この場所で過ごすひとときが少しでもあたたかい力になっていたらうれしいですよね」

■おすすめの3冊

<114>大好きな神戸・岡本に作った居場所 「ひつじ茶房」

『どうぶつなんでも世界一』(著/アネット・ティゾン、タラス・テイラー、訳/佐藤見果夢)
地球上に存在するさまざまな動物の体の大きさや形、食べているものなどは千差万別。動物たちの様々なデータを集めた、“動物版ギネスブック”の絵本。「これは85年に出版されたのですが、本当に素晴らしい! これを見れば何でもわかるんです。実は作者のアネット・ティゾンとタラス・テイラーはバーバパパの作者でもあるんですよ」

『うごいちゃだめ!』(文/エリカ・シルヴァマン、絵/S.D.シンドラー、訳/せなあいこ)
泳ぎでも高飛びでも、がちょうに負けてしまったあひる。そこで、「うごいちゃだめ」の競争をはじめた。どんなことがあってもじっとしたまま動かない二匹。そんなとき、キツネが現れて……。「あひるとがちょうの競争を描いた絵本なのですが、とにかく絵がかわいらしい。どんなことがあっても動こうとしない2匹に危機が迫るのですが、その結末は!?」

『リスとお月さま』(著/ゼバスティアン・メッシェンモーザー、訳/松永美穂)
ある朝、リスはびっくりして目を覚ます。家の中に大きな月が落ちてきたから。月がうちにあるのが見つかったら、牢屋に入れられてしまうんじゃないか……。「実は大きなチーズが転がり込んできたのですが、リスが焦って牢屋に入れられる自分を想像したり、なんとか月を空に戻そうと悪戦苦闘したりする様子がとてもシュールで! 絵も素晴らしいのでぜひいろんな人に読んでほしい絵本です」

写真 太田未来子

    ◇

ひつじ茶房
神戸市東灘区本山北町3-13-26 清風園2F南
https://hitsuji658.exblog.jp/

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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