このパンがすごい!

福岡県久留米市から世界を目指したクロワッサン/シェサガラ

福岡県久留米市から世界を目指したクロワッサン/シェサガラ

クロワッサン

人口約2万人の久留米市田主丸。のどかな町にあってシェサガラには人が押しかけ、遠くからでもパンを買いにくる。土日、店内は満員。列に並ぶ人のトレイには山盛りのパン。

福岡県久留米市から世界を目指したクロワッサン/シェサガラ

店内風景

世界に挑む男。相良一公シェフは、4年に1度の「クープ・デュ・モンド」(ベーカリーワールドカップ)の代表選考に4度チャレンジした。日本代表に選ばれるのは、ほぼ大手パンメーカーの社員のみ。日々製造に追われる個人店のオーナーシェフには無謀といえるほどハードルが高い。

福岡県久留米市から世界を目指したクロワッサン/シェサガラ

相良一公シェフ

相良さんの師匠は飛騨高山の名店「トランブルー」成瀬正さん。のちに監督として世界大会の金メダルを得たが、選手としては銅メダルに終わっている。

「フランスまで成瀬さんを応援に行ったとき、悔しくて、一晩中涙が止まらなかった。じゃあ、自分がやろう」

2017年に行われた最終選考。店の仕事を終えてからひたすらトレーニングという過酷な毎日を経て臨んだ。年齢制限があるため、最後のチャレンジだった。

「あの精神状態はすごいですよ。4年を1日に持っていくんですから」

だが、結果は敗退。

「紙一重、二重。もうちょっとだけど、そのちょっとがでかく感じました」

率直に力不足を認めたが、葛藤は消えない。

「挫折感しかなかったですよ。なかなか自分を肯定できなかった。表向きは取り繕っていても、ひきずっていました。でも、成瀬さんが『いちばんよかったよ』と言ってくれたのはうれしかった」

世界を目指す上で、もっとも自信があったクロワッサン。シェサガラで実際に食べることができる。

それはあまりにももろい。上皮は、前歯が触れると地滑りのように崩落。自分の体を今まで保っていたので精一杯というようにひしゃげる。食べ口は圧倒的に軽い。濃厚さばかりをよしとする現代のクロワッサンと異なる境地。口を近づけた一瞬のバター感は、口の中で弾けた破片の香ばしさに席を譲ったかと思えば、喉ごしでまた戻ってきて見事にバランスする。

最近、クロワッサンの黄金律に気づいたという。王道の3×3×3の27層だが、1層を少し厚めに仕上げる。

「厚さ3mm。バターを強く感じるのに、くどくない。食感、風味、口溶け。いろんな要素のバランスがいちばん整っている」

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クリームパン

軽さを身上とするのはクリームパンも同じ。軽やかさに愕然とする。カスタードは超濃厚。なのに、生地の歯切れよさ、エアリーさで、ぱくぱくするすると喉を滑り落ち、一気に食べきってしまう。思わず2個目を食べたくなるから恐ろしい。

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ゆずドッグ

そして、ゆずドッグ。使用するのは、コッペパンではなく、セミハードのパン。一見重そうに見えるが、マッシュポテトを練り込んで、抜群に食べやすい。

ばりばりっ、くしゅっ。一気に皮が破れ、クラッシュする快感。内なる破壊本能に火がつき、歯が勝手に次の一口を追い求めるように、あっという間に完食。ぷりっとして肉味の強いソーセージ、ひりひりとさわやかな柚子胡椒の辛味酸味が、マヨネーズの沼に着地、まろやかさに包み込まれることもまた、同時並行の快感である。

このパンのありえない歯切れの秘密はなんだろう。

「基本的なことです。ミキシングでちゃんと生地をつなぐ。適切なタイミングで各工程を行う。たとえば、成形するときも、生地がちゃんとゆるむまで待ってからやる(時間をおくとグルテンがやわらかくなり、生地にダメージを与えずに成形できる)。人間が生地にあわせないといいパンになりません」

基本が大事。レベルが上がれば上がるほどその重要性は逆に増す。それは師匠・成瀬正さんに教わったことでもあり、クープ・デュ・モンドの選考で人生を懸けた紙一重の勝負を繰り広げたことでわかったことでもある。

「突き詰めていくとタイミングの大切さ、加減の大切さがわかるようになる」

福岡県久留米市から世界を目指したクロワッサン/シェサガラ

外観

巡り合わせはおもしろい。毎週末、店がすし詰めになるほどお客さんがくるようになったのは、クープ・デュ・モンドの選考敗退後。相良さんが店に集中できるようになったことも大きい要因だろう。それがどれだけ地域に活気をもたらし、地方で同じようにがんばるベーカリーに勇気を与えていることか。クープ・デュ・モンドの金はかなわなかったけれど、形のない金メダルを相良さんは得た。

■シェサガラ
福岡県久留米市田主丸町益生田873-12
0943-73-3680
9:00~18:00(土日祝 10:00~)
火曜水曜休み
https://www.chez-sagara.com

↓↓フォトギャラリーは下部にあります↓↓ ※写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます。
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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

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