鎌倉から、ものがたり。

新鮮な魚のごはんとうつわと…大磯町のハブ「今古今」

 JR「大磯」駅に降り立つと、まばゆい陽光とともに、濃い緑陰が目に飛び込んできた。
 大磯のまちは、山県有朋ら明治の元勲や、昭和に名を残す宰相、吉田茂といった、日本の近現代史上の人たちが、広壮な別荘を構えた土地として知られる。

 風光明媚(めいび)な中にただよう、何ともいえない品格。駅前の景色を眺めていると、かつて皇族の別荘地だった鎌倉も、こんな雰囲気から発展していったのだろうかと、昔日への思いがわきあがってくる。

 駅ロータリーから国道1号に出て、車で東に数分。JR高架線の脇に、今回訪ねる「今古今」がある。
 築70年を経た木造の建物は、元は電機部品工場だった。今も工事関連の協同組合の看板が掲げてあるが、その隣にある「今古今」の入り口は、木枠のガラス窓から照明がほのかにもれ、温かな気配に満ちている。

 直線で構成された内部は、昼ご飯と喫茶の「日日食堂」、ギャラリースペース、漆のアトリエ「漆具(しっく)」の三つからなる。

「日日食堂」の昼ご飯は、大磯の港に揚がる新鮮な魚と、地場産を主にした無農薬や有機栽培の野菜が材料。二十四節気ごとに変わる旬のメニューをはじめ、「おかかのライスコロッケとスープ」「大磯のひらさばとマヒマヒの竜田揚げ」など、それぞれに素材のおいしさをていねいに引き出す食事がそろっている。

「今古今」は建物全体の名前で、運営は「日々の暮らしと文化社」の代表理事、坂間洋平さん(41)が担う。同社は地域をベースに、「暮らすように働くこと」をコンセプトに活動する一般社団法人だ。
 坂間さんの”本業”は整体師。奥さんで、同じく整体師の、さかまのぶこさんとともに大磯町で「さかま整体所」を営む。

「整体所は、まちのハブのような場所なんです。新しく引っ越してきたお客さんから『おいしいお店を知らない?』『こういうことを頼みたいんだけど』と聞かれて、情報をお伝えする。その中から『だったら、今晩、家で飲みますか?』と、新旧の住人をお引き合わせして、交流が広がっていく。そんなネットワークの延長に、『今古今』ができあがっていったんですね」

 そう語る坂間さん自身、出身は滋賀県で大磯では移住組のひとり。20代で京都・先斗町であこがれのバー経営を行い、その後、6年間の会社員生活を経て、移動の自由がきく整体師に方向転換。2012年に独立して、整体所を構えた。

 大磯を選んだのは、奥さんの出身地、平塚の隣駅だったという縁のほかに、この地が持つ気品に魅了されたからだ。

「まず大磯というまちには、ゲームセンター、パチンコ、カラオケがありません。派手な看板は見当たらず、古い建物が古いまま、何となくたたずんでいます。前は海、後ろは山。そんなまちの雰囲気を、住人たちが自制心をもって守っている。すばらしい土地だと思いました」

 整体所を開いたとき、奥さんと「この土地にとけこむため、1年間はどんな相談事にも乗ろう」と方針を決めた。店舗兼用の自宅では毎晩、「寄合」と名付けた宴会を開き、定置網漁の手伝いをはじめ、土地の人からの、さまざまな頼まれごとを引き受けた。

「定置網漁は深夜2時集合で、完全なボランティア。代わりに獲れた魚をたくさんいただきました。それを宴会でふるまう『魚外交』を繰り返すうちに、『今古今』の前身だった部品工場の跡地を、コミュニティ拠点に活用する話が持ち上がったんです」

 当然のことながら、旗振り役は住人たちから絶大な信頼を得ていた坂間さんに振られることになった。(→後編に続きます

今古今
神奈川県中郡大磯町大磯55

>>フォトギャラリーはこちら ※写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます。

<鎌倉から、ものがたり。>バックナンバー

PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

藤沢のニュー・シネマ・パラダイス「シネコヤ」

トップへ戻る

大磯の寄合所、コーヒーとゆっくり暮れる午後。「今古今」

RECOMMENDおすすめの記事