按田さんのごはん

按田餃子の味を決める衝撃の魚しょうゆと、洗練のお弁当

按田餃子の味を決める衝撃の魚しょうゆと、洗練のお弁当

按田餃子の魚しょうゆ

東京・代々木上原と、二子玉川で大人気の餃子(ギョーザ)店、「按田(あんだ)餃子」の店主、按田優子さんの連載「按田さんのごはん」。昨年、著書『たすかる料理』のインタビューで語っていただいた、どこまでも自由な按田さんワールドを、さらにどっぷり、写真と文章で味わえる貴重な機会! 第3回は、おいしい餃子のために按田さんが日本中を探し歩いて見つけた、理想の「魚醬(ぎょしょう)」のお話です。
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按田餃子を開くことになった頃から数年間、日本の魚醤を探し回っていたころがありまして、餃子の餡(あん)に使うためのもので商売上、味と価格、入手のしやすさなどいろいろと考慮しなくてはいけないので、しばらくはコレと決めずに1本使い切っては次の魚醤を使ってみる、という風にしていました。香りが強すぎるものは醤油と混ぜたりしながら、しかしながら、醤油(しょうゆ)だけの味付けは気に入らないので困ったものです。

按田餃子の味の決定はすべて私の頭の中に繰り広げられているファンタジーが指針となっています。この食材じゃなきゃ絶対にダメ!というものがお店に沢山あるのは、私に素材を吟味する力があるからでなくて、このファンタジーの成れの果て。良い素材かどうかは、作っている人や売っているご当人様を差し置いて私はとやかく言う立場にありません。

どのくらいの魚醤を試したでしょうか……。ついに私にとっての理想の1本に出逢いました。その魚醤を作っているのはかまぼこ屋さんで、かねてから旨味(うまみ)を出すために使う添加物の代わりに旨味調味料を作りたかったとか。それで地元富山湾でとれるニギスという魚に「醤油麹(こうじ)」を加えて魚醤を作ったそうです(ちなみに醤油麹とは、家庭で作るような出来上がった醤油に麹を入れているやつのことでなくて、煎(い)った小麦とゆでた大豆に種麹をまぶして培養させたもののこと)。これはもう、大きな衝撃が走り、私の中の物語もググっと前に進みました。

狩猟採集で材料が調達できるオープンな調味料、魚醬!

按田餃子の味を決める衝撃の魚しょうゆと、洗練のお弁当

昨年訪れたインドネシアの屋台。魚のすり身がたくさん売られている

まずですね、魚醤なら狩猟採集で材料が調達できる。だから、地球規模でみてオープンな!?調味料だと思うのです。定住しなくていいし。それにひきかえ醤油ときたらまず、大豆と小麦を栽培しないといけない。そして、種麹を作らなければならない。日本では大豆はかつて焼畑作物として栽培されてきたけれど、もはや水田稲作とセットで捉えられることのほうが多い作物になった。そして農民は定住し大豆と共にその土地にドメスティケーションされていった……。なんて大げさに言ってみましたが、勢いついでに言えば、そんな対極にある社会システムを象徴する作り方が相まって成り立っている魚醤なのです!! これですっ! 私が探していたのはっ!

それでこの魚醤、国立大学と共同開発して出来上がったもので、資料を見て勝手に想像するに、携わった教授は、モンスーンアジアの稲作文化の特徴を基本文脈にしつつ極東アジア日本のかまぼこ屋さんを終着点にするために大豆醤油の文脈をぶつけたに違いない!!

「この魚醤は文化がデザインされていてどこにもない! 大好きです!」とかまぼこ屋さんに熱く語るも、かまぼこ屋さんにしてみれば、かまぼこがおいしくなってくれればそれでいいし、「そんなことよりアナタ、せっかく来たのだからかまぼこの歴史を見ていきなさい」と言って、社長自ら作った紙芝居を見せてもらったのでした。

食べ物はこう食べなきゃなんていう、狭い自分の常識はいらない

紙芝居によると、かまぼこ(蒲鉾)の起源は西暦260年ごろで、旅の道すがら神功皇后が刀の矛先に魚のすり身をくっつけて焼いたのが蒲に似ていたことから「かまぼこ」になっていったとのこと。しかし、社長は自ら作った紙芝居にツッコミを入れ始めました。
「僕としてはですねぇ、こういうのはまぁ、作り話だからね。僕が思うに、本当は起源は東南アジアのケロポクというすり身なんですよ。(中略)それで、富山は北前船の寄港地というのもあって、昆布がたくさんあるからかまぼこに巻いちゃったの。巻いたほうが旨味が均等だし」

按田餃子の味を決める衝撃の魚しょうゆと、洗練のお弁当

インドネシアの「魚のすり身定食」

この紙芝居が終わるころには私は社長のことが大好きになっていました。そうです、いつだって私が言いたいことはそういうことです。同じ文化圏の中で生きている人々にはたくさんの共通点があって当然。むしろその土地土地で生まれたユニークな違いが圧倒的に面白い。

かまぼこもケロポクも、さつまあげもちくわもフィッシュボールもぜーんぶ同じ文化圏の魚のすり身です。ココナッツや香味野菜を入れて板になすって焼いたり、葉っぱに包んで蒸したり、かたや昆布でぐるぐる巻いてめでたい時に食べてみたり。社長のツッコミは、食べ物はこうしなきゃいけないなんていう狭い自分の常識で測るものではないのだなと気が付かせてくれます。肉体はどうしたって一つですから、自分の住む土地で好きなようにご飯を作るのが一番ですね。

昨年インドネシアの小さな島を訪れた時、そこはまさに魚のすり身ばかりを食べる島で、屋台でたくさんの種類の魚のすり身料理を食べました。どれもこれも葉っぱの香りが付いたちまきご飯によく合う味付けで、香草や唐辛子が効いたもの、アミエビや塩辛でさらにうまみをのせたもの、親しみのあるおいしさでした。

そして出会った、おじさんの洗練のお弁当

按田餃子の味を決める衝撃の魚しょうゆと、洗練のお弁当

気高きおじさんのお弁当

そして、時を同じくして私は友人からすごいお弁当があると、1枚の写真を見せてもらいました。それは、とあるおじさんが自分のために作っているお弁当の写真。カニのかたちの弁当箱に入っていたのは、東南アジアから北上したすり身の変化形である蒲鉾。さらに日本列島を北上して板を使わない渦巻型の蒲鉾で、使う素材も昆布から縁起ものに進化していった赤渦巻型。梅干を太陽に、蒲鉾を雲に見立てて焼き魚は昇り龍なのか。このお弁当をインドネシアの人に見せて、私たちだいたい同じですね!と言ったらびっくりするだろうに……。

子供に栄養バランスよく、とか、可愛く(可愛くしているかもしれないけれど)見せたいという他者への眼差しが介在しないおじさんのお弁当に、図らずも日本を取り巻く文化圏の果ての果ての境界線を見たような気がしました。私は是非ともこれを洗練と呼びたい。このおじさんのお弁当を見て、すごく面白い地域に自分は住んでいるのだなと再確認した次第です。

【6月の按田餃子】
6月15日に新刊『食べつなぐレシピ』が出ます。
エッセイも載っていて、料理初心者の若者に読んでもらいたい内容になっています。

按田餃子の味を決める衝撃の魚しょうゆと、洗練のお弁当

『漬ける、干す、蒸すで上手に使いきる 食べつなぐレシピ』
按田優子著 家の光協会 1512円(税込み)
>>詳しくはこちら

PROFILE

按田優子

保存食研究家。菓子・パンの製造、乾物料理店でのメニュー開発などを経て2011年独立。食品加工専門家として、JICAのプロジェクトに参加し、ペルーのアマゾンを訪れること6回。2012年、写真家の鈴木陽介とともに「按田餃子」をオープン。
著書に『たすかる料理』(リトルモア)、『男前ぼうろとシンデレラビスコッティ』(農文協)、『冷蔵庫いらずのレシピ』(ワニブックス)。雑誌での執筆やレシピ提供など多数。

按田優子さん「土鍋でカオマンガイ」

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按田優子さんがペルーのジャングルで食べた、ある日のご飯

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