東京ではたらく

引っ越しスタッフ:大谷明奈さん(23歳)

職業:引っ越しスタッフ
勤務地:東京都港区
仕事歴:3年目
勤務時間:8:00~
休日:月8~10日

    ◇

引っ越しトラックがひっきりなしに走り回っていた4月。忙しく家財の積み下ろしをする引っ越しスタッフの中に、小柄な女性の姿を見かけた。それも一度ではなく、何度も。ガタイのいい男性に混じって、なんてたくましいのだろうと感心しつつ、しかしどうしてまた彼女たちはこの仕事を選んだのかと、ずっと気になっていた。

大谷明奈さんもまた、引っ越しの現場で働くムービングスタッフ。旭川の高校を卒業後、引っ越し大手のアート引越センターに入社、今年で3年目になる23歳だ。
「入社して2年半ほどは地元、旭川の支店に勤めていて、昨年の10月に東京・港区の支店に異動してきました。全国でも東京は年間を通して引っ越しの依頼が多いエリア。東京のスタッフを増員するということで、移ってきました。もともと東京で働きたいと思っていたので、抵抗はなかったですね」

東京での暮らしについて尋ねると、「楽しいです!」と目を輝かせる。

引っ越しスタッフ:大谷明奈さん(23歳)

段ボールを重ねて持つときは右手を箱が重なる部分に、左手を下段の段ボールの底面に当てる。こうすると安定感が増し、さらに受け取るスタッフとの連携もスムーズになる

「どこが楽しいかと言われると……全部ですね(笑)。電車でどこへでも行けますし、地元にはなかったものが全部あるという感じで。とくに買い物をするのが好きですね。なんでもそろっていて、すごく楽しいんです」

プライベートの話をするときは、いたって普通の23歳。しかも身長は152cmと女性の平均よりも小柄。目の前に座る彼女が男性に混じって大きな家財を運んでいるなんて、全然想像できない。

「もちろん入社してすぐは段ボール1個しか持てませんでした。でも持ち方のコツがちゃんとあるんですよ。あとはほぼ毎日引っ越し作業をしていますから、自然と筋力がつきましたね。今では3個はいけます」

なんと彼女、入社3年目にして現場スタッフを束ねるチームリーダーを務めている。「だいたいの場合、2年目にはリーダーになれるんですよ」と言うけれど、全現場スタッフの男女比が約8:2というなかで評価を得るには、苦労も多かっただろうと想像する。

引っ越しスタッフ:大谷明奈さん(23歳)

2トンロング車まで運転できる大谷さん。高い運転席にもひょいと飛び乗る。「都内の道は狭くて、まだまだ緊張します」

「うちの会社は男女で作業内容に差があるということはないんです。とはいえ体力の差はもちろんあります。でも女性だからこそできる気遣いもあると思うんです。男女それぞれが得意な部分を生かし合っていくことで、よりいい仕事ができるんじゃないかなと思います」

それでも、ときにはお客様から「えっ! あなたが運ぶの?」と驚かれることもあると言う。そんなときは「はい、運びます!」と笑顔で答える。

「引っ越しの仕事で一番楽しいなと思うのは、ひとつとして同じ現場がないこと」と言う大谷さん。「毎日違うお客様に会えますし、お部屋も家財もみんな違います。だから飽きるということがないですし、スムーズに作業が終わったときに『ありがとう、助かりました』と言っていただけると、やっぱり毎回うれしいなと思いますね」

引っ越しスタッフ:大谷明奈さん(23歳)

根っからのスポーツ少女で、空手は黒帯。体操や水泳、キックボクシングなども習っていたそう

この仕事を選んだ理由もそこにある。じつは大谷さん、高校1年生のときにアート引越センターでアルバイトを経験し、その体験が今の仕事につながっている。

「高校で野球部のマネジャーをしていたのですが、3月に長期の遠征があって。1年生のマネジャーはそれに同行できないということだったので、その空いた期間にアルバイトでもしようかなと。引っ越しスタッフって時給がいい上に日払いなので、学生にはおいしいバイトなんです(笑)」

とはいえ、一直線に引っ越しの業界を目指していたわけではない。

「私は父が自衛官で、その姿にずっと憧れて育ったんです。中学生くらいからは『絶対に自衛官になる!』と決めていて、高校時代は試験に向けて猛勉強していました。でも試験直前になって、身体検査で通過できない項目があることがわかってしまって……。就職は自衛官一本で考えていたので、そのときは途方に暮れてしまいました」
そんな時に思い出したのが、楽しかった引っ越しスタッフのアルバイトだった。

引っ越しスタッフ:大谷明奈さん(23歳)

専用のシューズにはつま先に鉄板が入っていて、万が一重い荷物を落としても怪我を負わないように配慮されている

「子供の頃から体操や空手、キックボクシングを習っていて、体を動かすことが好きというのも大きかったと思います。あと私、4人兄妹の一番上で、世話をするのが好きなんです。高校で野球部のマネジャーをやってからは、誰かの役に立つことが自分は好きなんだなと改めて実感して。だから引っ越しの仕事は合うんじゃないかなと」

その選択が間違っていなかったと改めて感じた出来事があった。

「依頼主はご年配のご夫婦で、旦那様は体が不自由でひとりでは動けない状態。しかもご事情があって、荷物の行き先が2カ所に分かれていたんです。奥様ひとりでは何かと大変だろうと、梱包など色々お手伝いをさせていただいたのですが、それをとても喜んでくださって、翌日に予定していた2カ所目の運搬もぜひお願いしたいとおっしゃってくれて。

引っ越しスタッフ:大谷明奈さん(23歳)

大型のタンスを2階から搬出。狭い階段でも壁や家財に傷がつかないよう、スタッフ同士声を掛け合って慎重に作業する。リーダーの大谷さんは上から全体を見渡し、下にいるスタッフに指示を出す

2日目、すべての作業を終えたとき、奥様が涙ながらに感謝を伝えてくれたときには、私もウルっときてしまいました。『本当に、色々大変だったの』と、これまでの暮らしのお話も少ししてくださって。寝たきりの旦那さんと二人の暮らしで、お一人でいろいろなものを抱えてきたのだなと思ったら、少しでもお手伝いができてよかったなと思ったんです」

引っ越しとは、ただ荷物を運ぶだけの仕事ではない。誰かの生活や人生、そうした一切を新しい場所へと送り届けることだ。そう考えると、日々、見知らぬ人のプライベートに入っていくのは、なかなか大変なことだろうとも思う。

「お客様の私物に手を触れるわけですから、もちろん慎重になりますし、緊張もします。でも、それが辛いと思ったことはほとんどないんです。この仕事で辛いことは何かと聞かれたら、思い浮かぶのはお客様との関係ではなくて、荷物の量とか運びやすさとか、そういう物理的なことが大半ですね」

素人考えでは、エレベーターがないとか、荷物がものすごく多いとか、そういうケースが大変なのかと思うけれど、じつは一概に言えないというから驚く。

引っ越しスタッフ:大谷明奈さん(23歳)

コースによってはスタッフが梱包を行うサービスも。食器などの割れ物も、丁寧に梱包。「中には梱包に技術が必要なものもあるのですが、そのあたりはその都度先輩の動きを見ながら学んでいきます」

「たとえばエレベーターがあるマンションでも、家の前の道が狭くてトラックが入れない場合は、エレベーターを降りてから荷物を運ぶ距離が長くなります。それならたとえエレベーターがなくても、マンションの真ん前に車を停められた方がずっと楽なんです。最高なのは家の前に車が停められて、なおかつエレベーターが部屋の前というケース(笑)。でもそれは実際にお邪魔してみないと正確なことはわかりませんから、毎回ドキドキします」

「ひとつとして同じ引っ越しがないのが楽しい」というのは、「そういうこともひっくるめて、です」とのこと。目下の課題もまた、そんな難しい現場を担当することになっても、スムーズかつスピーディーに作業を進められるようになることだ。

「私の所属する支店には3人の女性先輩スタッフがいるのですが、みなさん本当にすごくて、憧れます。凹凸が多くて、『これ、どうやって梱包すればいいの?』と一瞬迷ってしまうものでもあっという間に梱包してしまいますし、トラックで積み込みをしているスタッフのことを考えて、ベストな順序で荷物を搬出していきます。その判断が早くて的確で、尊敬する点ばかりです」

引っ越しスタッフ:大谷明奈さん(23歳)

仕事の必需品は、梱包したダンボールに品名を書く油性ペンと、荷ほどき用のカッターナイフ、書類用のボールペン

引っ越し作業というのは、数人のスタッフでバケツリレーのようにして行う。部屋から荷物を出すスタッフは、どの荷物がどんな風にトラックに積み込まれているのかを実際に見ることができない。

「とはいえ、やみくもに搬出しても、トラックにうまく積み込むことはできません。何をどんな順番で搬出すればトラックのスペースを効率よく使えるか、常にパズルのように想像しながら手を動かさないといけないんです。だからこの仕事で一番大切なのは“段取り力”。頭をフル回転させて、そこをもっともっと伸ばしていきたいなと思っています」

引っ越しの仕事での“段取り力”とはきっと、“想像力”とも言い換えられるだろう。多く言葉を交わすことがなくても、依頼主の暮らしを想像し、苦労を思いやる。同時に、一緒に働くスタッフがいかにスムーズに作業ができるかをも考える。しかもフルスピードで。そんなことができるのは、自分以外の誰かに、自然と思いを寄せられる人だけだ。

体力勝負だと思っていた引っ越しの仕事は、けっしてそれだけで務まるものではないと知った。多くの女性が活躍している理由もまた、すとんと腑(ふ)に落ちたのだった。

東京ではたらく女性へ、パーソナルな5つの質問

◎休日はどう過ごしている?
ずっと寝ています(笑)。

 

◎東京で好きな場所はどこ?(理由も)
お台場。海を見たり、散歩をしたり、ぶらぶらしているだけで楽しいです。
◎最近うれしかったことは?(できれば仕事以外で)
コンビニのくじでゼリーが当たったこと。
◎100万円あったら何に使う?
海外旅行。プーケット島とかいいですね。旭川には海がないので、きれいな海が見たいです。
◎今日の朝ごはん、何食べた?
お水だけ

■アート引越センター

PROFILE

  • 小林百合子

    編集者
    1980年兵庫県生まれ。出版社勤務を経て独立。山岳や自然、動物、旅などにまつわる雑誌、書籍の編集を多く手がける。女性クリエイター8人から成る山登りと本づくりユニット〈ホシガラス山岳会〉発起人。著書に『最高の山ごはん』(パイ・インターナショナル)、『いきもの人生相談室』(山と溪谷社)、野川かさねとの共著に『山と山小屋』(平凡社)など。

  • 野川かさね(写真)

    写真家
    1977年神奈川県生まれ。山や自然の写真を中心に作品を発表する。クリエイティブユニット〈kvina〉、自然・アウトドアをテーマにした出版・イベントユニット〈noyama〉の一員としても活動する。作品集に『Above Below』(Gottlund Verlag)『with THE MOUNTAIN』(wood/water records)、著書に『山と写真』(実業之日本社)など。
    http://kasanenogawa.net/

日本語教師:福島真衣さん(28歳)

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旅行系SNS運営会社:堀真菜実さん(33歳)

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