てまひま

「作り手の見栄がない料理は美しい」。鎌倉の6席しかない店で味わう『名もなき料理』

デジタルの進化が進み、世の中がどんどん便利になっている昨今。めんどうなことはすべてロボットが私たちの代わりにやってくれるという時代もくるのでしょうか。もちろん、歓迎すべき未来ではありますが、一度、足を止めて考えたいこともあります。

この時代にあって“てまひま”かけて毎日を過ごしている人がいます。便利の波に乗らない彼らの価値観のなかには、私たちが忘れがちなこと、見落としがちなことが少なくありません。そんな“我が道を貫く”人の元を訪れ、生きるためのヒントを得る企画。今回、お話をうかがったのは、山口県萩市出身の料理人で、現在は鎌倉を拠点に料理で料理への思いを伝える、「もりえり。」さんこと守永江里さんです。

鎌倉で週2日だけ開店する居酒屋『酒糸(しゅし)』。メニューに並ぶのは、守永さんの地元・萩の家庭で食べられている料理や、彼女が『名もなき料理』と呼ぶ料理。『名もなき料理』とは、家庭で当たり前のように並ぶ、家の人が家族のためだけに作る安心感のある料理のこと。名前も値段も付いていない、その家族だけで親しまれているものなのです。そのような料理に関心をもった守永さんは、実際にいろんな家庭を訪れて、『名もなき料理』を研究中。

「作り手の見栄がない料理は美しい」。鎌倉の6席しかない店で味わう『名もなき料理』

山口県萩市出身の守永さんは、地元で管理栄養学を学んでいました。しかし、中学時代から摂食障害に悩み、料理が好きなのに食べることは嫌いで、食事の時間は苦痛だったそう。

「私自身は食べるのが怖くてしかたなかった。高校で体重が30キロまで落ちてしまって、その反動から過食をして3ヶ月で30キロ太って入院したこともあります。料理は好きなのに、食べることができない矛盾を誰にも理解されなくて、当時は孤独でした。この経験から、いつかおいしく、また、幸せを感じながら食事をしたいと思っていました」

「作り手の見栄がない料理は美しい」。鎌倉の6席しかない店で味わう『名もなき料理』

『鶏肉の生姜煮・里芋のマッシュポテトのせ』。鶏肉の生姜煮は、守永さんのお母様の得意料理

料理はコミュニケーションにもなる

栄養学を学んでいた守永さんは、大学をやめて調理師の専門学校へ行くことを決心。結果として、この選択が「料理人・もりえり。」を生み出すのですが、そのきっかけは父親のお弁当づくりでした。

「当時、父親と全く会話が無かったのですが、(それでは良くないと思い)ある日思い立って、父親にお弁当を作りました。リビングにできあがったお弁当を置いて、母親に『渡しといて』と言って(笑)。きれいに空っぽになっている時もあるし、おかずが残っている時もある。お父さんのきらいなものを発見したり」

守永さんは、お弁当作りを続けるうちに父親とコミュニケーションがとれたと感じたそうです。

調理の基礎を身につけ、料理の表現能力を高めたら、さらにコミュニケーションを取れるのではないかと考え、調理師の専門学校へ行きました。

守永さんのテーマである『名もなき料理』

ただ、研究しているだけではなく、実際に一般家庭を訪れては、この『名もなき料理』を取材し、ご自身のお店で紹介することもあります。

「作り手の見栄がない料理は美しい」。鎌倉の6席しかない店で味わう『名もなき料理』

石原家の野菜炒め

『石原家の野菜炒め』は実際に守永さんが、知人の石原さんの家で教えてもらった料理のひとつ。そこには石原家のエピソードがつまっています。

「石原家の野菜炒めは、ご両親が以前、居酒屋をやっていた頃にお店の残りもので母親が家族のために作っていた一品。ニラ・キャベツ・しいたけ・豚肉を炒めるだけのシンプルな料理ですが、卵を入れることで旨味を閉じこめて、薄味でもおいしく食べられます」

「作り手の見栄がない料理は美しい」。鎌倉の6席しかない店で味わう『名もなき料理』

この『石原家の野菜炒め』をお店で出すときは、そのままの形ではなく、豚肉を厚切りにし、味噌漬けにするなどアレンジを加えています。お金をいただいて出す料理として多少は整える必要があると感じているようで、守永さんのエッセンスが加わります。

そんな『名もなき料理』にまつわるエピソードはユニークで面白い。守永さんのノートには、いろんなメモが残されています。

「作り手の見栄がない料理は美しい」。鎌倉の6席しかない店で味わう『名もなき料理』

石原家の名もなき料理「野菜炒め」

祖母と両親、2人の兄と妹の7人家族だった守永さん。学生のころ、お母様は毎日、試行錯誤をしながら料理をしていたそうです。魚しか食べない祖母、がっつりと肉を食べたいラグビー部の2人の兄、お酒のあてが欲しい父親と、家族の食の好みが見事にばらばらだったから。

「作り手の見栄がない料理は美しい」。鎌倉の6席しかない店で味わう『名もなき料理』

守永さんのお母様直伝のポテトサラダ。手作りマヨネーズで、さっぱりした味わい

「母親は、料理を作り分けるのではなく、それぞれの食の好みを満たしながら、家族みんなで食べられるものを作っていました。みんなが好きだった料理の一つに、『根菜の炊き込みごはんのおにぎり』があります。季節の野菜を使いつつ、家計的に優しい、家族みんなが満足する健康的な料理です。こんなふうに、作り手の自我や見栄がない料理は、とても美しいと思っていました」

『名もなき料理』の起源は守永さんのご実家にあったのです。

「作り手の見栄がない料理は美しい」。鎌倉の6席しかない店で味わう『名もなき料理』

山口名物の瓦そばの具をご飯に乗せた「かわらごはん」は酒糸の常連さんのアイデアで生まれた一品

 

「作り手の見栄がない料理は美しい」。鎌倉の6席しかない店で味わう『名もなき料理』

毎週月・火曜日のみ開店する『酒糸』。守永さんの料理を楽しみに、毎週訪れるご近所さんも多い

「家庭の食卓にある安心感、思いやり、滋味深さ、などの大切なものを吸収し、自身の仕事に活かしていきたい」と守永さんは言います。

料理人が一般の家庭に学びにいく。今日もまた、『名もなき料理』を求めて、守永さんは一般のご家庭を訪問していることでしょう。

酒糸
神奈川県鎌倉市大町1-6-23 ふくや
Instagram

(文・石川歩 写真・野呂美帆)

「好きな映画は『タイタニック』」と言っていい。移動映画館『キノ・イグルー』の仕事術

トップへ戻る

RECOMMENDおすすめの記事