鎌倉から、ものがたり。

大磯の寄合所、コーヒーとゆっくり暮れる午後。「今古今」

>>「今古今」前編から続きます

 JR「大磯」駅から東に歩いて15分。高架線の脇にたたずむ「今古今」は、食堂とギャラリーを中心にしたまちのコミュニティ拠点である。

 少しだけ不便な立地は、ここが商業施設ではなく、電機部品の工場だったことに由来する。工場は戦後、土地の所有者が、戦争で夫を亡くした女性たちの仕事の場として立ち上げたもので、往時には100人を超える女性たちが働いていたという。

「ここは『コミュニティ』という言葉が世の中に浸透する半世紀以上も前から、その役割を担っていた場所だったのです」
 と、「今古今」を運営する坂間洋平さん(41)は、地主さんへの敬意とともに、場所の来歴を語る。

 工場は2000年代に閉鎖され、そのままになっていたが、6年前ほど前から、「ここをまちの学校にしたい」という声が上がるようになった。

 旗振り役をまかされた坂間さんのもとには、大磯に住む多士済々の人たちから、さまざまな希望が集まった。

 工学研究者からは「ソーラーを使った自給発電の実験場に」、子育て中の親御さんからは「子どもが思い切り騒いでも大丈夫な場を」、年配の人たちからは「穏やかに過ごせるサロンがほしい」……。

 各人バラバラな希望を、誰もが納得できる形に集約する。その過程は簡単なものではなかったが、「みんなが笑顔で集まれる場所」というコンセプトを掲げて、今の形に着地した。

「大磯のいいところは、まちで行き交う人が、自然に挨拶を交わし合い、笑顔で暮らしているところ。それぞれ別の夢を描いても、お互いが対立するのではなく、ゆずりあって、気持ちのいい場を作っていける。そのことは最初から信じていました」

 資金が潤沢にあったわけではなかったが、坂間さんの周囲には、大工さんをはじめ、元写真家の住職、同じく元デザイン事務所オーナーの住職、美術学校の主宰者、漆職人の森野春彦さんら、ユニークで創造的な人材が揃っていた。
「日日食堂」の料理長を務める、ささきちえこさん(39)もそのひとりだ。
 平塚市出身のささきさんは、会社員時代から「食」への興味を持ち、マクロビオティック料理を独自に探求。その料理の腕前は広く評判になっていた。

「そんな大層なことをしているのではないのですが……」と、本人はいたって謙虚だが、何げないひとつの料理を「おいしい」から「感動」へと持っていくための手間は惜しまない。

「素材の切り方や下ごしらえなど、基本中の基本を、ていねいにコツコツとこなすことが『おいしい』につながる。そのために時間と手をかけることを大切にしています」
と、おいしさの極意をいう。

 元部品工場の広い空間は、14年のオープンから5年をかけて、ようやくサマになってきた。ハードとともに、坂間さんが思い描く「暮らすように働くこと」というソフトも、徐々に形が見えてきた。

「大磯のまちで、地主さんが実践されてきた『志』のある行動を、この建物ごと受け継いでいきたい。みんなが集える場所であると同時に、今の時代に合った働き方も、ここに託していきたい。疲弊する労働ではなく、仕事を通して暮らしを楽しく盛り上げていく仕事を作りたい。希望はまだまだたくさんあります」

 おいしい昼ごはんをいただき、ギャラリーでうつわを吟味し、森野さんが漆工房で作業する姿を眺め、コーヒーを手に話に興じる。ゆっくりと午後の時間は暮れていく。「今古今」を辞すとき、ふと振り返ったら、お客さんがいなくなった店の窓から、なお温かい灯がもれていた。

今古今
神奈川県中郡大磯町大磯55

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PROFILE

  • 清野由美

    ジャーナリスト。1960年、東京都生まれ。東京女子大学卒。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。在学中、英ケンブリッジ大学客員研究員。英国留学、出版社勤務を経て、91年にフリー。先端を行く各界の人物インタビューとともに、時代の価値観や感覚、ライフスタイルの変化をとらえる記事を「AERA」「朝日新聞」「日経ビジネスオンライン」などに執筆。著書に『新・都市論 TOKYO』『新・ムラ論 TOKYO』(隈研吾と共著・集英社新書)、『ほんものの日本人』(日経BP社)、&w連載「葉山から、はじまる。」を1冊の本にまとめた『住む場所を選べば、生き方が変わる――葉山からはじまるシフトチェンジ』(講談社)など。

  • 猪俣博史(写真)

    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。本連載のほか、&travelで「太公望のわくわく 釣ってきました」の執筆と撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

新鮮な魚のごはんとうつわと…大磯町のハブ「今古今」

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