上間常正 @モード

ポストヒューマンなファッションとは? 何が求められているのか

ポストヒューマンなファッションとは? 何が求められているのか

イリス・ヴァン・ヘルペンの最新作 2019年秋冬パリ・オートクチュールコレクション(撮影:大原広和)

〝ヒューマン(人間的な)〟という言葉には、中高年世代の人なら大抵は肯定的なイメージを抱いていただろう。〝人道的な〟という訳語もあって、人間らしい情愛や弱者への共感などを思い起こさせた。しかし近年では〝人間中心の〟というニュアンスで、人間が他の動植物や自然を支配していることへの疑義や反省も込められるようになった。大学の授業で学生に聞いたら、ほぼ全員が否定的なイメージとの答えだった。「人間の手前勝手」「利己的な感じ」なのだという。

そんな流れの中で、最近は〝ポストヒューマン〟という言葉が各分野で使われ始めている。言葉としては「ヒューマンの後」ということになる。だが人道的にせよ手前勝手にせよ、私たちはずっと人間だったし、人間的でしかないのだとすれば、その「後」とはいったいどんな事情があるのか? 私たち人間はいつの間にか、これまでとは違う人間になってきているのだろうか?

この新しい言葉の意味はなかなか複雑で多様なようだ。ファッションの世界でも、ポストヒューマン・ファッションとの言い方が数年前から出始めている。理解できた限りで言えば、ポイントは二つ。まず一つは、人間は最優秀の生物として自然世界に君臨して支配したり保護したりする存在ではない。他のあらゆる生物そして無生物との複雑なネットワークの中で生きて、何かを作り出してきたに過ぎない、という見方だろう。

前衛派と呼ばれたデザイナーたちは、実はもうだいぶ前から人と動植物、無生物や死者たちとの共生をイメージしたような表現を繰り返し提案していた。服が体を保護したり自己を表現したりするだけの道具ではなく、身にまとって外部と出会って無限に変化することを示した三宅一生や川久保玲らの試み。アレキサンダー・マックイーンの鳥をテーマにしたコレクションや、最近ではグッチの霊的存在や死者との関わりを連想させた新作もある。

二つめは、近代のめざましい科学技術の発達によって、特にここ数十年のインターネットや分子生物学、ナノテクノロジーなどの急進展は人間の認識能力や情感、美意識といった感覚に大きな変化をもたらしている、またはその可能性があるとの考え方だ。

3Dプリント技術やマイクロファイバーなどのハイテク素材技術によって、これまでの感覚ではとらえることができなかった美しい形や色使い、体験したことのなかった肌触りや高い機能性をもつ新素材がファッションの表現の幅を広げ始めているようにも思える。

ポストヒューマンなファッションとは? 何が求められているのか

イリス・ヴァン・ヘルペン(右)と最新作

今月はじめに東京で開かれたポストヒューマン・ファッションデザインについてのシンポジウムでは、オランダのラドバウト大学のフェミニストでもあるアネケ・スメリク教授がポストヒューマンとファッションの今日的な関係を、肯定的な立場から詳しく語っていて興味深かった。特に感じたのは、ポストヒューマンの考え方は、人間と自然、理性と感情、心と体などを、対立するのではなくて、生命や自然現象の活動の根源にかかわる同じ出来事だと理解しようとしていることだった。

ポストヒューマンなファッションとは? 何が求められているのか

シンポジウムで講演するアネケ・スメリク教授

ポストヒューマンなファッションとは? 何が求められているのか

シンポジウム「イリス・ヴァン・ヘルペンとポストヒューマン・ファッションデザイン」
6月4日、東京都港区の日本生命赤坂ビルで

去年12月に翻訳版が発行された『ファッションと哲学』(フィルムアート社)は、ヨーロッパの16人の代表的な哲学者や社会学者などの理論を、ファッションを考えるために使えるヒントとして紹介している。この本の編者でもあるスメリク教授は、ファッションを学ぶことについて「細部、すなわち触り心地や色彩、ドレープに耽溺(たんでき)することを楽しむのと同義である」との言葉を引用している。

ポストヒューマンなファッションとは? 何が求められているのか

『ファッションと哲学』(編者:アニェス・ロカモラ、アネケ・スメリク 監訳:蘆田裕史 フィルムアート社)

緻密(ちみつ)で難解な論議を通しての誠実な答えだが、人間と自然、心と体が一体だというのは日本人にとっては特に新しい考え方だとは思えないだろう。また、新しい表現の実例としてシンポジウムで紹介したオランダのデザイナー、イリス・ヴァン・ヘルペンの作品は、意欲とセンスは認めるとしても、ときめきを感じさせるようなレベルにはまだ遠いと言わざるを得ない。

ポストヒューマンとは、テクノロジーの高度化によって人間が以前とは段違いの可能性に達したのではなくて、人間や自然についての考え方を変える必要があるということなのではないか。それを求めているのは、すでに地球をエコロジカルには破綻(はたん)させている人間の向こう見ずなテクノロジーのせいなのだから。

ファッションの基本は、人が生きていくために服を着て他者や社会、自然とかかわる時に起きる出来事だ。そうだとすれば、今こそ一人ひとりが自分はどんな服を選んできているのか、その服はどこでどう作られているのか、安いからといって適当に買ったり捨てたりしていていいのか? などと改めて考えてみる必要があるのだと思う。
『ファッションと哲学』の原題は「Thinking through Fashion」だった。服やファッションと通じて考えることは、今の時代を考えるための最適な通路の一つなのだ。

PROFILE

上間常正

ジャーナリスト、ファッション研究者。1972年、東京大学文学部社会学科卒、朝日新聞社入社。記者生活の後半は学芸部(現・文化くらし報道部)で主にファッションを担当。パリやミラノなどの海外コレクションや東京コレクションのほか、ファッション全般を取材。2007年に朝日新聞社退社、文化学園大学・大学院特任教授(2019年3月まで)としてファッション研究に携わる。現在はフリーの立場で活動を続けている。

時間をかけてゆっくりと作り、着方の自由も誘う服

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3%に込められた新しさと自分らしさ ヴァージル・アブローの近道

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