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日本の手仕事。人の存在を感じさせる漆のうつわ

梅雨にはいり、しとしとじめじめとした雨が続く日々。そんなときこそ思い切って外に飛び出してみると、色とりどりのあじさいが咲いていたり、店先の氷の文字に涼しげな気持ちになったり。四季の魅力と、古き良きを知る、日本の伝統文化を感じる体験に出かけてみてはいかがでしょうか。

日本を代表する伝統工芸品のひとつ、石川県能登の輪島塗の老舗「輪島キリモト」で作られる漆塗りや、輪島の若手作家9名による暮らしが愉しくなるアクセサリーやインテリアなどに注目した「うるしとくらす ー漆で食す 漆で愉しむ 漆で暮らすー」が伊勢丹新宿店5階のセンターパーク/ザ・ステージ#5で開催中です。(6月18日まで)
日本の歴史の中で用途やスタイルを変えて親しまれてきた漆のうつわについて、「輪島キリモト」の桐本滉平さんにお話をうかがいました。

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江戸時代から200年以上続いている輪島塗の老舗「輪島キリモト」8代目の桐本滉平さんは、7代目である父・泰一さんの下で家業に携わる傍ら、2018年3月に自身の新ブランド『IKI-by KOHEI KIRIMOTO(以下IKI)』を立ち上げた。

日本の手仕事。人の存在を感じさせる漆のうつわ

「ヒトハダに一番近いウツワ」新色の溜色(ためいろ)と黒

第一弾の「ヒトハダに一番近い」シリーズでは、漆が自ら呼吸する生きている素材であること、その感触が人間の肌に近いという特性を活かし、これまでの輪島塗では見たことのない、人肌を想起させる柔和な色合いと質感を表現した。均質ではない有機的な形状のうつわは他にはない特徴だ。

「従来の輪島塗との差別化を考え、黒ではなく、わかりやすく明らかに違う、肌のような色にこだわりました」

発表した当初、多種多様な肌の人がいて、これを肌の色として表現するのはどうなんだ?という指摘もあったという。

「ある程度覚悟していましたが、日本人ですら、名前は聞いたことがあっても、よくわかっていない漆というものが何かを改めて発信したかった。私にとって、うつわは体の延長線上にあるもので、例えば、お寿司(すし)を握ってもらい、それを手で受け取った瞬間に通じる感覚。手さえもうつわと考えた時に、自分の体の一部のような、真っ先にそのことを感じさせる色で表現したかったんです」

日本の手仕事。人の存在を感じさせる漆のうつわ

「ヒトハダに一番近いお椀」

伝統と革新を共存させる存在に

「漆は木の樹液から採取した素材で、採取後も“生き”続けている。化学塗料では木地が完全に封じ込められてしまい、温度や湿度の変化に柔軟に対応できません。一方、漆は天然素材だからこそ環境の変化に適応しながら長く使い続けることができる。さらに人が触れたときにしっとり吸い付くような心地よさがあり、使っていくうちに馴染(なじ)んで愛着も湧いてきます」と話す滉平さん。

IKIという名前に「生き」「息」「粋」という、人の一生に息長く寄り添うという思いを込めた。

「原点回帰でもありますが、漆という自然素材の特長を科学的な根拠と共に説得力をもって伝えたいと考えています」

日本の手仕事。人の存在を感じさせる漆のうつわ

本来1mmの狂いもないよう削り出し、ムラなく均質に仕上げるのがよしとされている輪島塗において、かえって手間暇かかる作業で、歪さのある自然の造形にこだわった

五感で選んだうつわで心が豊かに

一つ一つ職人の手作業によって完成する漆器は、大量生産のうつわに比べると当然、高価なもの。使ってみたいとは思っていても、気軽に日々の暮らしに取り入れるには、二の足を踏んでしまう。だが、滉平さん自身も、うつわ一つで豊かな気持ちに変わった経験をしたからこそ伝えたいことがある。

大学に入り東京での一人暮らし、自分で食器を選べるようになったけれど、金銭的にも余裕がなくぜいたくな食器は買えなかった。ある日、食事をした時に何か物足りなさを感じ、侘(わび)しい気持ちに。それで実家から漆器を送ってもらった。

「コーンスープを飲んだだけで涙が出そうになりました。うつわ一つで心のチューニングができたというか。物心ついた時から何気なく漆器を使ってきたので特別なものという意識がなかったんです」

「離れてみて初めて自分の中に潜在的に眠っていた何かが呼び覚まされました」。たまたま滉平さんにとっては漆器だったが、誰にでもそういう感覚が呼び起こされる瞬間があるはずだ。

「自分の感性で選んだうつわ一つで、暮らしが豊かになるような気がします」

輪島という土地も国境も超えて、文化や人と繋がる

父・泰一さんも輪島塗の世界において、時に慣習やしきたりに抗いながら輪島塗の可能性を広げてきた作家。その背中を見て育った滉平さんは、父とは違う角度から漆に向き合い始めている。

「閉鎖的になっていった業界に対して、父の時代は輪島塗とは何かを見直そうと考え、大量生産とどう戦うか、可能性を拡大していったんだと思います。それに対して、僕はもう少し多様性を意識しています。機械やプラスチックがダメだとも思わないし、輪島塗を再定義することに重きを置いていません。プラスチックももとを辿れば、化石燃料から生まれたもので、天然素材だったという側面もあるのではないかという考え方を大切にしたい」

日本の手仕事。人の存在を感じさせる漆のうつわ

桐本滉平(きりもと こうへい) 1992年生まれ。大学在学中に文部科学省「トビタテ!留学JAPAN」に採用され、一年間パリのギャラリーに勤務。その後輪島に移り、父の元で木と漆のものづくりに携わる

「もの作りの根底にあるのは、人を感動させたい、人の情緒を動かすようなことをしたいという思いで、それはずっと変わりません。結果的にそれがプラスチックではなく、漆のほうが心に強く届けられる手段だということ」

「もともと、ハチが漆を使って巣を木に着けているのを古代の人が発見し、漆の特性を知り、使い始めたのが始まりだそうです。大きく言うと、漆が国境も人種も超えて、人と人、文化と文化を繋いでいける存在になればと考えています」

うつわとは、手で持つだけでなく、体の中でいちばん敏感な部分である、唇にじかに触れるもの。人との接点という意味では、いちばん身近な存在。これからも漆の可能性を追求しながら、“生活に寄り添うもの”という考えを大切に、人が身に着ける、肌に触れる、五感で感じられるようなもの作りを続けていくのだろう。

(文・佐々木真純)

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