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北村薫作品は、おいしい芋がぞろぞろである。『中野のお父さんは謎を解くか』

北村薫作品は、おいしい芋がぞろぞろである。『中野のお父さんは謎を解くか』

撮影・馬場磨貴

北村薫先生、と聞くと、私はいつも、お芋を思い出す。

先生が芋兄ちゃんだった、ということではない! 先生は高級ホテルのラウンジで本を読んでいる姿がすごくしっくりくるダンディーな方(実際に目撃)である。北村作品が、芋づる式なのである!!

『中野のお父さん』のシリーズにそれがよく出ており、先日出た2作目『中野のお父さんは謎を解くか』を今回はおススメ。

主人公・美希は20代後半。文芸誌の編集をしており、日常で起きた謎を持って中野にいるお父さんを訪ねていく。ある時はもう正解を知っていて、「お父さんにこれが解けるかな」というクイズのようなわくわく感で。ある時は仕事上で文学の謎に直面し「頼りはお父さん」とすがる気持ちで。

ベテラン高校教師で古書店巡りが趣味のお父さんは娘の実家帰りを大いに喜び、豊富な知識とふんだんな蔵書を駆使して相手をしてくれる。「謎」と「答え」が一直線ではなく、解かれるあいだに興味深い逸話がどんどんひっぱり出されてくるのが読みどころ。

北村薫作品は、おいしい芋がぞろぞろである。『中野のお父さんは謎を解くか』

『中野のお父さんは謎を解くか』北村薫著 文藝春秋 1674円(税込み)

たとえば2話目の「水源地はどこか」では、缶詰(作家がホテルや出版社内の執筆室に滞在し、集中して作品を書く状態)になったある作家のオドロキのエピソードから、『木枯し紋次郎』でおなじみの笹沢左保先生が大量の仕事をこなすためにしていた信じがたい裏ワザと、そんな中で先生が原稿料なしで書き下ろした雑誌掲載の感動秘話までいく。おいしい芋がぞろぞろである。そしてこの先、メインストーリーとなる松本清張先生の話になる。

「じゃあ、“笹沢左保って誰?”とか“松本清張、名前は聞いたことあるけど一作も読んでないよ”の人には無理なの?」と思うでしょうが大丈夫です。知らなくても面白い。でも、「知っていればなお」がある。

そして重要なのは、すぐに調べないことだ。「笹沢左保」「松本清張作品」を検索しながら読み進む。これではすばらしいごちそうを消化剤とともに食べ進めているようで、味気ないし身にならない。

何年かしてからわかる、という喜び

世の中にはゲームや音楽、サッカーなど、楽しいことがいっぱいだ。そんな中、本には独特のお楽しみがある。やって3年たってから「あのゲームのコズミックファイナルアトミックバスターはこういうことだったのか!」はまあないし、観戦して10年ののち「あの時の本田のパスにはこういう意味が!」もない。でも読書と人生を積み重ねていくと、子供の頃にはわからなかった男女の機微やせりふの裏にあった複雑な人間心理への理解が、5年後10年後、ふいに心にせり上がる。

だから北村作品は再読をするといいと思う。最初スルーしていた作家名や作品やだじゃれ(!)が何年かしてから、「この人が出てきてた!」「これってこういうことね!」とわかる。発見の喜びとともに自分の成長もかみしめることができる。この時間のかかり方が、いとおしい。

今年は作家生活30周年。「この1冊が面白い」以上の、書物の無限大の力をじんじん感じさせてくれる北村薫先生に今後も乞うご期待!

(文・間室道子)

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間室道子(まむろ・みちこ)

代官山 蔦屋書店の文学コンシェルジュ。テレビやラジオ、雑誌でおススメ本を多数紹介し、年間700冊以上読むという「本読みのプロ」。お店では、間室手書きPOPが並ぶ「間室コーナー」が人気を呼ぶ。

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