東京の台所

<190>野菜、卵、海産物。南房総の食との出会いが、人生の転機に

〈住人プロフィール〉
教員(女性)・42歳
賃貸マンション・2LDK・都営三田線、東京メトロ南北線 白金台駅(港区)
入居4年・築年数55年・夫(会社員・44歳)とのふたり暮らし

    ◇

「港区の白金台っていうから、どんなすごい邸宅かと緊張してきたら、築55年の団地なんですね」
 初めて来訪する大学の教え子からは、たいていそういわれる。結婚16年の夫は海運会社勤務で海外赴任が多い。彼女は海外留学を経て、都内の大学で日本文学を教えている。現在はやっとひとつ屋根の下になれたが、長く別居婚が続き、互いに次またいつ転勤があるかわからないので、賃貸物件を探した。東京R不動産のウェブサイトで見つけたこの物件は、都会とは思えぬ緑いっぱいの敷地と、レトロな煉瓦(れんが)の壁や建具に惹(ひ)かれた。

 昔の日本人サイズでシンクが低かったり、サッシが古かったりするが、彼女は気にしない。
「この家はあちこちに人の手が入っています。ここは前は鴨居(かもい)だったのかな、このタイルは前の住人が修理したのかなと、想像するのが楽しい。夫も私もまっさらなものが苦手で、家具も空間も、誰かの手を経てきたもののほうがむしろ落ち着くんですよね」

 清々しい表情で語る彼女から想像しにくいが、じつは4年前の入居時は体調を崩し、仕事から帰るとベッドに寝込むような生活だったという。

 海外での研究生活の末やっと就職した日本の大学で、よい教員にならなくては、良い研究をしなくてはと焦るばかりで、心と体がついていかなかった。

 研究室で授業の準備をして、気がつくといつも24時をまわっている。真っ暗な大学の廊下を歩きながら、「谷底にいるような気分」(本人談)に、だんだんと気持ちが堕ちていった。

「私は夫と一緒にワインエキスパートの資格に挑戦するくらいワインやお酒が大好きなんです。でも教員はそんなことをいうべきではないと、学生との飲み会では隠していました。初めて持つゼミ生は、文学を学びたいというだけに内向的で静かな子が多く、反応を読み取るのが難しい。距離のとり方もわからず、気づいたら食欲がなく、朝起きるのも苦しくなっていました」

 這(は)うようにして起き上がり、職場ではぐったりしているのを学生に悟られぬようなんとか気力でのりきる。だが帰宅するとベッドに倒れ込んだ。毎日スカイプで愚痴や弱音を聞いてくれた夫はしかし、イギリスに赴任中だ。

 そんな彼女を救ったのは、南房総の野菜と学生たちだ。

いい仕事は、長い時間を要する

 ある日、フェイスブックで1枚の写真が目に留まった。IT企業でバリバリ働いていた中高時代の男子同級生が撮った梅の花だ。読むと、千葉の南房総の古民家に住まいを移し、畑を耕しているとある。東京には自ら運営するシェアオフィスにたまに通う程度らしい。

 メールを送り、そこから交流が始まった。南房総に遊びに行くと、「持ってけ」と採れたてのそら豆や菜の花、パクチーを大量にくれる。
「料理法はわからないし、最初はめんどくさいなって思ったんです。でも、南房総の農家の人たちにいろいろ教えてもらったら、たとえば菜の花なんてグリルで1分焼くだけでおいしい。葉物も柚子も下ごしらえすれば冷凍保存できます。なにより南房総の食材って見た目が地味なんだけど、ものすごくおいしくて滋味深い味なんです!」

 友人に紹介され、地域循環型の農業や酪農、畜産、養鶏などをする人々に次々会った。手間ひまかかった食材を扱う料理人や販売店を営む人々にも。
「南房総は移住者も多く、他の地域から流れ着いた人に対して寛容なんですね。通うごとに私は少しずつ癒やされ、許されていくような感覚がありました」

 ここで、都会で疲れた人が、いっとき田舎の自然に癒やされて心を繕ったというありがちな話では終わらない。彼女はもっと大事なことに気づく。

「いい仕事は、時間を費やさないといけないんだなと、気づかされました。米も野菜も牛乳も卵も、本当においしいものを作るには途方もない時間がかかる。私はいい教員になろうとしたけれど、学生と向き合い成長を見守るとは、それこそ時間がかかること。研究しかしてこなかった自分は、なんと世間知らずだったのだろうと思いました」

しなやかに変わってゆく学生たち

 彼女は学生を南房総に連れていき、半年がかりでそこで働く人々の人生をそれぞれ小説に仕上げるというゼミテーマを思いつく。

「うちの大学は、大きな企業に就職する学生が大半です。大企業ではなく、地に足をつけて自然の中で格闘している農家や料理人、個人事業主の人々と深く触れ合うことは、社会に出たらあまりないかもしれない。だからこそ今、そういう人たちの懐にとびこんで、生き方や暮らしや思想を聞き取ることが、彼らの人生に必要だと思いました」

 南房総に通って物語を書き上げる実践研究は、今年で4年目になる。彼女と学生との距離感はガラリと変わった。
 ゼミ合宿で初めて「わたし、お酒が大好きなんだ」とカミングアウト。自分が買い込んだワインで酒盛りをした。一緒に寝泊まりし、悩みを聞き、挫折しそうな学生にはそっと寄り添い、静かだった学生が反抗するようになるとその成長を喜ぶ。気づくと、「先生らしくふるまおう」と考える癖が消え去っていた。

「たとえば卒業後、社会人生活にとまどい塞ぎ込む教え子もいます。二十歳そこそこで社会の荒波に揉(も)まれ、不調でも、頑張らなくてはともがいて。でも頑張ってもだめなときはだめなのだと知る。そんな子も、春になると次の芽が出る。ちゃんとしなやかに変わってゆくんです。私のほうが学生から学ぶことばかりで、学生が先生です」

 卒業生から呼び出され、会社をやめたいという悩みを聞くこともある。自分も苦しんだ経験があるだけに、もどかしさやジレンマがいたいほどわかる。コーヒーや、ときに酒を酌み交わしながら、話をじっと聞く。学生にとって、それをひとつの居場所と感じてくれているならとても嬉しいと語る。

「初めて卒業祝いで自宅に学生を招いた4年前は、料理本を見ながらローストビーフとかグラタンとか、いかにもなおもてなしメニューを頑張って作ったんです。ところが卒業生や現役生がしょっちゅう来るようになって。いまは、南房総から届くバジルやレタスや菜の花をさっと煮たり焼いたり。気を使わず、簡単なものばかり。デザートに房総のびわを出します。若い子は果物をなかなか食べられませんから」

 きのう教え子たちが来たと言うので、残り物を見せてくださいと頼んだら、柚子とカブの浅漬けしかないという。
「残りはジップロックに入れて彼らに持たせてしまいました」

 都会のひとり暮らしで満足に食生活を送れない若者もいる。南房総の滋味深い食材に救われた彼女の、料理に託した愛情がじんじん伝わり、こんな先生がいる大学に、私も子どもを入れたかったと思った。

“こうでなければ”の荷物をおろした彼女もまたしなやかに、軽やかに、これからも変わっていくのだろう。9月からオランダの大学で調査研究をするという。今の彼女なら新天地でもきっとたくましく、地の食材を探し出して、楽しみながら暮らしていく気がした。寂しがる学生は多いだろうけれど。

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東京の台所バックナンバー

PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。■レンズ協力:SIGMA ART|18-35mm F1.8 DC HSM、SIGMA 17-70mm F2.8-4 DC MACRO HSM/
http://www.kurashi-no-gara.com/

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