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<116>震災後も受け継ぐ「子どもに絵本を」の思い 「PASTA e CAFFÈ SHIOSAI」

 冒頭から私事で恐縮だが、私は兵庫県の西宮北口で生まれ育った。阪急神戸線に乗れば、梅田も三宮も約15分で行けるという利便性はもちろんのこと、関西学院大学や神戸女学院などにも近い文教地区としても知られる。といっても、私からすれば西宮は都会すぎず、田舎でもない、居心地のいい地元ということに尽きるのだが。

 1995年、国内史上初の震度7を記録した阪神淡路大震災で、この街も古くから続く商店街や木造住宅を中心に甚大な被害を受けた。その後、区画整理や再開発が進められ、駅の周囲は一変した。アクタ西宮、兵庫県立芸術文化センター、西宮球場跡地に建てられた阪急西宮ガーデンズといった大型集客施設が次々とオープン。マンションの建設も進み、人口も右肩上がりの状態が続いている。

 私の実家は再開発区域内にあったため、道路を含む街並み自体ががらりと変わり、震災前の面影はほぼない。しかし、阪急西宮北口駅の北西エリアだけは別だ。店の入れ替わりはあるものの、道路や建物の配置はほぼ変わらず、往年の雰囲気が色濃く残っているため、訪れるたびにほっとする。

<116>震災後も受け継ぐ「子どもに絵本を」の思い 「PASTA e CAFFÈ SHIOSAI」

 駅の北西口を出て駅前広場を渡り数分歩くと、津門川沿いに十字架を掲げた西宮公同教会のビルが見えてくる。幼稚園も併設するこの建物の一角に「PASTA e CAFFÈ SHIOSAI(パスタ・エ・カフェ・シオサイ)」という店がある。今はパスタ専門店兼絵本カフェとして営業しているが、1981年のオープン当初から阪神淡路大震災までは「BOOKS & COFFEE SHIOSAI」というカフェ併設の書店だった。

 私の小さい頃から身近な存在の店で、高校時代に友達とここでお茶をしたのもいい思い出だ。今でこそブックカフェは都市部を中心に点在しているが、80年代からそういう形態で営業していたのは珍しかっただろう。本の品ぞろえも駅前の書店とは一味違っていて、アート系の本やなんだか難しそうな本が充実。私も幼いながらにこの店に大人びた雰囲気を感じ取っていた。あれから数十年、「book cafe」という連載を担当し、この店に取材で訪れるとは、なんと不思議な巡り合わせなのだろうか。

<116>震災後も受け継ぐ「子どもに絵本を」の思い 「PASTA e CAFFÈ SHIOSAI」

 久々に店を訪れると、店内のレイアウトは大きく変わっていた。かつては2/3が書店で、残りがカフェスペースだったが、今は奥の壁面に絵本が並び、道路に面した窓側に子どもたちが絵本を読むスペースがあるのみで、店の大半をソファやテーブル席などが占めていた。書棚にある絵本は席で自由に読むことができるという。

「震災で建物は大丈夫だったけど、住民が一気に減り、本屋どころじゃなかった。料理のノウハウはゼロでしたが、手っ取り早く作れるパスタならなんとかなるんじゃないかと思って、震災の1年後にパスタ専門店として再開したんです」

 そう話すのは、オーナーの外山厚志さん(68)。大阪・堺市の生まれで、実家も書店。学生時代の友人が公同教会の関係者で、「新しく建てたビル1階のテナントに絵本が充実した本屋を入れたいから手伝ってほしい」と頼まれ、出店したのは39年前のことだ。本の小売りだけではいずれ厳しくなると考え、当時としては斬新なカフェ併設というアイデアは外山さんによるものだった。

 震災当時は、正直なところ本屋を続けていくのは難しいと思ったという。しかし、畑違いのパスタ専門店にくら替えしてまで、絵本コーナーを残したいと思ったのには理由があった。

「父は2回も徴兵で戦争に行き、復員後に堺で本屋を始めました。戦地で教育の大切さを痛感したからでした。そんな父の思いは私にとって“遺言”みたいなものだから、どんな形でもいいから続けたいと思った。こんな時代だからこそ、ショーケースのように本を並べて人に見てもらい、いい絵本とめぐりあう場を守るべきだと」

<116>震災後も受け継ぐ「子どもに絵本を」の思い 「PASTA e CAFFÈ SHIOSAI」

 もともとカフェ用に作られた小さなキッチンで、58席もある店内の注文を一手に引き受けている外山さん。パスタやスイーツの他に、ぜひ食べてもらいたいと思っているのが、「1日30品目の発酵食品にこだわったヘルシー前菜」だ。一皿にチーズやキムチ、ピクルス、ヨーグルトなどの多彩な発酵食品が盛られ、パスタに200円を上乗せするだけでこの前菜とドリンクがつくというから、かなりお得だ。

「健康を維持するために、発酵食品に興味を持ち、いろんな本で勉強しました。絵本で心を、料理でカラダを作っていければと思っています」

 震災前の店を知らない人からすれば、パスタ専門店なのに絵本がある、ちょっと風変わりな店と映るかもしれない。店に自動ドアが2つあるのは、書店とカフェそれぞれに入り口があった頃の名残(なごり)。書棚が設置されていた床の跡や、昔の店のロゴなど、店内の随所にかつての痕跡が刻まれている。創業から39年、子どもたちが自由に絵本を楽しめる空間は、外山さんお手製のおいしいパスタやケーキが味わえる店として今もここに存在している。おそらく外山さんの父が願ったであろう、平和で何げない日常の尊さとともに。

<116>震災後も受け継ぐ「子どもに絵本を」の思い 「PASTA e CAFFÈ SHIOSAI」

■おすすめの3冊

『どうぞのいす』(著/香山美子、絵/柿本幸造)
小さな椅子を作って、野原の木の下に置いたうさぎ。そばには「どうぞのいす」という立て札も立てた。いろんな動物たちがやってきて、それぞれ次の人のために何かを残していく。「これ、読むたびに泣けてくるんです。椅子を介して、価値観が違う相手を思いやることの大切さがすごく伝わってくるし、人を思いやる心があれば、もっと生きやすい社会になると思います」

『ともだち』(文/谷川俊太郎、絵/和田誠)
「ともだちって かぜがうつっても へいきだっていってくれるひと」――。よい友だちは一生の宝で、生きていくうえでどれだけ大切かを、小さな子どもにも伝わる言葉と絵で表現した名作。「この本は人間のあるべき本質を言い表している。みんながこの本を読んだら、いじめはなくなるはず。この本も世の中が生きやすくなるための一冊ではないでしょうか」

『あっちゃんあがつく―たべものあいうえお』(原案/みねよう、作/さいとうしのぶ)
「あっちゃん あがつく あいすくりーむ」からはじまる、食べもののしりとり絵本。「ページをめくるたびにいろんな食べものがでてきて、とても楽しい一冊。作者のさいとうしのぶさんが私と同じ堺市出身というのもおすすめポイントです」

(写真・太田未来子)

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PASTA e CAFFÈ SHIOSAI
兵庫県西宮市南昭和町10-19 西宮公同教会総合ビル1F

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。

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