上間常正 @モード

3%に込められた新しさと自分らしさ ヴァージル・アブローの近道

3%に込められた新しさと自分らしさ ヴァージル・アブローの近道

ルイ・ヴィトン 2020年春夏パリ・メンズコレクションより (c)Louis Vuitton / Ludwig Bonne

新しい世代の登場は、どんな分野でも当たり前のこと。だが、ことファッションについてはちょっと違って、作り手の年齢との大きな差をことさら意識しがちになる。服はいつも身につけて生活するためのものだから、デザイナーとの世代感覚のギャップを理解しにくいし、彼らが作る服はどうせ自分には似合わない、と思ってしまうのだ。

そんなわけで若手デザイナーへの注意が怠りがちになっていた。しかし去年、ルイ・ヴィトンのメンズのデザイナーに就任した、アフリカ系米国人のヴァージル・アブローは気になる存在だった。ヒップホップ感覚のストリートファッションっぽい作風なのに、どこかスッと入ってくるからだ。先週に開かれネット中継もされた2020年春夏パリ・メンズコレクションでのルイ・ヴィトンの新作は、トップブランドらしい洗練された上質感やフォーマルな感覚と若者のリラックスした浮遊感、そして同時に今の社会がはらんでいる不公正さや差別感に抗議するような鋭角的な造形が溶け合ったような美しいショーだった。

3%に込められた新しさと自分らしさ ヴァージル・アブローの近道

ルイ・ヴィトン 2020年春夏パリ・メンズコレクションより (c)Louis Vuitton / Ludwig Bonne

アブローがハーバード大学デザイン大学院で一昨年に行った特別講義の記録が今年3月に日本で出版(『“複雑なタイトルをここに”』/アダチプレス)された。読んでみると彼がデザインした服だけでなく、その他の一連の創作活動が、なぜ世代を超えた共感を呼ぶのか分かる気がした。

3%に込められた新しさと自分らしさ ヴァージル・アブローの近道

『“複雑なタイトルをここに”』  ヴァージル・アブロー アダチプレス

アブローといえば、今や若い世代の感覚を代表する“時の人”。ファッションだけではなく現代アートの領域に渡る活躍で注目されている。1980年イリノイ州ロックフォード生まれ。大学で土木工学、大学院で建築を学んだ後、活動の拠点をファッションの場に移し、フェンディでの修業を経て2013年に自身のストリート系ブランド「オフ・ホワイト(OFF-WHITE)」を立ち上げた。

服やアクセサリーを作るだけではなく、靴のナイキや家具のイケアなどとコラボした製品を発表したり、DJや建築家としての活動や、アート作品を加えた展覧会が美術館で開かれたりと、活動は精力的な展開を見せている。東京で去年開かれた個展では、広告をテーマに企業のロゴが下に付いた黒いオイル・ペインティングなどを出品した。

これほど多岐に渡る創作活動を、いったいどんな風にやっているのか? 『“複雑なタイトルをここに”』で、その意外な秘けつを若い学生に語りかけている。

まず「ショートカット(近道)」という言葉を示し、自分の場合は「工学や建築っていう超実用的なことを学んできた僕だからこそのショートカットをね」と切り出す。そして自分なりの近道ができたら、それが「基本的には何にでも当てはめることができるんだ」と自分の具体的な創作例を紹介してみせる。

近道を見つけるためには、自分の原点を見つけてみること。アブローは学生に「自分の一番古い記憶をたどってみてほしい。初めて自分のクローゼットを整頓したときのこととか、好きな色でもいい。勉強しすぎる前のこと、自分の根底のようなところに戻ってみて。それが君のDNAの原点だから」と語る。

原点を見つけるのはなかなか難しいだろう。アブローは自分の場合について要約的に説明した後で、その近道について具体的な仕方を分かりやすく説明する。まず挙げたのは「レディメイド」。その意味は、すでにあるものを利用することだ。「結局は過去から現在に至る積み重ねの上に僕らデザイナーやアーティストは成り立っていて、同時代的な集団としてひとつの方向に向かって少しずつ歩んでいるということなんだ」と語る。

3つ目に挙げている「3%アプローチ」も興味深い。「いまでは何かを作るとき、原型の3%をエディット(編集)するということしかなくなったんだ。……すでにある形にほんの少し手が加えられた状態が面白いんだ」

3%に込められた新しさと自分らしさ ヴァージル・アブローの近道

特別講義で示したスライド 【1】レディメイド――既知の要素、人間的感情、アイロニーにもとづく新しいアイデア 【2】“比喩的表現”あるいは“引用” 【3】3%アプローチ 【4】明らかな類似あるいは相違という二つの見解を折衷する 【5】“ワーク・イン・プログレス”の痕跡――人との相互作用を繰り返す 【6】 社会的主張――そこにいま存在すべき理由がある 【7】ツーリストとピューリストに同時に語りかける

彼が挙げたこの二つの近道だけとっても、彼の感覚との隔たりを感じる必要がないことが分かる。そしてついでに言えば、彼が基点とする「ストリート」というのは、上から支持する権威ではなくて人々が行き交う生活の場からの発信ということなのだ。そうだとすれば、街を行き交うのは若者だけというわけではない。だからこそ、アブローの作った服やアート作品は世代を超えて共感できるのではないか。

この近道は、服の着方、選び方にだれでもすぐ使える。すでに自分がもっている服、または買おうと思う服をレディメイドと考えて、ほんの少しだけ自分の原点を加えてみるだけでいいのだ。専門家のアブローが3%なら普通の着る側は1%だけでも自分らしい新しさを十分に表現できるだろう。ただし、簡単ではないが、自分の原点とは?と考え続けることが必要なのだ。

3%に込められた新しさと自分らしさ ヴァージル・アブローの近道

ルイ・ヴィトンメンズでの初のショーは、多様性や平等がテーマだった。フィナーレで登場して涙を見せたヴァージル・アブロー(2018年6月、会場のパレ・ロワイヤルで 撮影・大原広和)

PROFILE

上間常正

ジャーナリスト、ファッション研究者。1972年、東京大学文学部社会学科卒、朝日新聞社入社。記者生活の後半は学芸部(現・文化くらし報道部)で主にファッションを担当。パリやミラノなどの海外コレクションや東京コレクションのほか、ファッション全般を取材。2007年に朝日新聞社退社、文化学園大学・大学院特任教授(2019年3月まで)としてファッション研究に携わる。現在はフリーの立場で活動を続けている。

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