ほんやのほん

自分がいる世界と海外文学の世界は地続きだ。『ピュリティ』

自分がいる世界と海外文学の世界は地続きだ。『ピュリティ』

撮影/馬場磨貴

前回、日本の小説家で一、二を争うぐらい好きな作家として絲山秋子を挙げたが、今回は海外の作家で一、二を争うぐらい好きな作家ジョナサン・フランゼンの分厚すぎる新作『ピュリティ』を紹介したい。
 
まずはあらすじを紹介しようと思うが、全部で800ページ以上ある物語なので冒頭部分だけ紹介しよう。

ピップことピュリティ・タイラーは生まれた時から父を知らない23歳の女性だ。離れて暮らす唯一の肉親である母は情緒不安定だし、アパートの同居人たちは変わり者ばかり。奨学金ローン返済のためにコールセンターで働きながら毎日を過ごしている。

そんな折、アパートの同居人であるドイツ人女性アンナグレットからアンドレアス・ヴォルフなる人物が立ち上げた「サンライト・プロジェクト」という団体のインターンを斡旋(あっせん)される。この「サンライト・プロジェクト」というのは、実在するウィキリークスのような告発事業団体だ。自分がなぜそこに斡旋されたのか、ピュリティは理由も知らないまま参加するのだが……。

これが第1章のだいたいのあらすじだが、実はこの物語は全部で七つの章に分かれていて、それぞれの章ごとに登場人物や時代設定が変わってくる。題名にもなっている主人公ピュリティも実際のところ七つの章のうち半分ぐらいにしか出てこない。

残りの半分はピュリティが出会うことになる人物たち(先に述べたアンドレアス・ヴォルフや、ヴォルフの友人でもありライバルでもあるアメリカ人記者トム・アヴェラント、そしてトムの恋人リンダなど)の半生が順番に語られる。最初のうちは登場人物たちがピュリティとどのような関係性なのか理解しづらいのだが、最終的には一本の糸として物語がつながっていく。

日本人が読んでも共感しやすい、普遍的な家族の姿が

フランゼンが描く小説のテーマは一貫して家族だ。しかしそれはほぼ壊れかけの、いわば機能不全家族である。全米図書賞を受賞した『コレクションズ』ではバラバラになった三人兄弟がどうにかクリスマスに家族全員で集まろうと奮闘する姿を描き、前作『フリーダム』では郊外に住む絵に描いたような平和な中流家庭が夫婦の浮気をきっかけに崩壊していく姿を描いた。

そう聞くといかにも暗くて悲劇的なイメージを抱くかもしれないが、フランゼンの小説はそうではなく、むしろ滑稽という表現がぴったりくる。

登場人物たちは自分たちなりの理想の姿があり(たとえばそれは『コレクションズ』における家族全員がそろったクリスマスの食卓であり、『フリーダム』における絵に描いたような夫婦円満な家庭である)、そのゴールに向かって奔走するもののなぜか行動が裏目に出てしまう。誰もが前向きに行動しているはずなのに結果として良からぬ結果をもたらす、その姿をありありと描写する。大真面目な人が陥る窮状はなぜか笑いを誘う。そのどこか皮肉めいた滑稽さはウディ・アレンやコーエン兄弟やポール・トーマス・アンダーソンが撮る映画に近いものを感じる。

自分がいる世界と海外文学の世界は地続きだ。『ピュリティ』

『ピュリティ』ジョナサン フランゼン著 岩瀬 徳子 訳 早川書房 4536円(税込み)

今作『ピュリティ』で顕著なのは、家族の中でも特に母と子の関係性である。登場人物のそれぞれがそれぞれ違う家庭環境で育っているものの、全員が母親との関係をうまく築けないまま大人になっている。母と子の関係がうまく構築されていないことで登場人物たちは悩み、それゆえに自分の意志や倫理観とは反した行動を取ってしまう。

母子の関係性が壊れてしまった理由は様々で、夫と仲の悪い母親が子供を溺愛(できあい)しすぎたせいで子供の方から嫌われたり、息子の結婚相手の女性を母親がどうしても認めないために母と息子が疎遠になったり、と日本でも「過保護」や「嫁しゅうとめ」というくくりでよく聞く話ばかりである。

ジョナサン・フランゼンの小説は現代のアメリカが抱える病理を余すところなく描写する王道のアメリカ小説ではあるが、実のところ日本人が読んでも共感しやすい普遍的な家族の姿が根底にはあるのである。

自分はそれまで海外文学が好きでいろいろと読んできたのだが、フランゼンの小説ほど共感する海外の小説に出会ったことはなかった。それまで海外文学は、自分の今いる場所とは別の世界のことを描いているものと感じていた。しかしフランゼンの小説のおかげで、自分の今いる世界と海外文学で描かれている世界は地続きになっているのだということを知ることができた。

自分と同じように、この小説がきっかけで海外文学の面白さや親しみやすさに気づいてくれる人が一人でも増えてくれれば、紹介する身としてはこれほどうれしいことはない。

(文・松本 泰尭)

ほんやのほんバックナンバー

PROFILE

蔦屋書店 コンシェルジュ

12人のブックコンシェルジュの皆さんに、
そのとき、一番おすすめの本を週替わりで熱くご紹介いただいています。
●代官山 蔦屋書店
間室道子(文学)
●二子玉川 蔦屋家電
岩佐さかえ(健康 美容)/大川 愛(食)/北田博允(文学)
嵯峨山 瑛(建築 インテリア)/中田達大(ワークスタイル)/松本泰尭(人文)
●湘南 蔦屋書店
川村啓子(児童書 自然科学)/重野 功(旅行)/羽根志美(アウトドア)
八木寧子(人文)/若杉真里奈(雑誌 ファッション)

松本泰尭(まつもと・やすたか)

人文コンシェルジュ。大学卒業後、広告代理店などメディア業界で働いたのち、本の仕事に憧れて転職。得意分野は海外文学。また大のメジャーリーグ好き。好きな選手はバスター・ポージー。

父が私に語り始めるとき 『苦しかったときの話をしようか』

トップへ戻る

ふと何かを思うための一呼吸『お茶の時間』

RECOMMENDおすすめの記事