POSTURBAN &農存

月1回だけの無添加チーズ。大多喜町のチーズ工房「千」柴田千代さん

月1回だけの無添加チーズ。大多喜町のチーズ工房「千」柴田千代さん

千葉県大多喜町にあるチーズ工房「千」sen(Fromagerie SEN)。右側の納屋は工房で、母屋は多目的スペース

日本在住23年の、ルイス・テンプラードさんによる連載「POSTURBAN &農存(のうそん)」。ルイスさんは、平日は東京で過ごし、週末は南房総に住まいを構えて農業に取り組む、2拠点生活をしています。POSTURBAN=都市時代の先の生き方をテーマに、南房総での生活や、農業をめぐる様々なプロジェクトのこと、さらに日本の農ライフスタイルについて思うことを、動画と写真、そして日本語と英語の記事でお伝えしていきます。3回目は、ルイスさんが大多喜町で出会ったチーズ職人・柴田千代さんのお話です。

住む所を決めるとき、一人一人のこだわりは異なる。チーズ工房「千」sen(Fromagerie SEN)の職人・柴田千代さんの場合、その条件は特に厳しいほうだった。

まず、研究用の微生物を育てる施設として使えること。チーズをいろいろ加工できる工房としても使えること。さらに、そのチーズを味わうために来る大勢のお客さんが買う順番を待っている間に、イベントや展示会を楽しめるよう、広い母屋があることも要件。でも柴田さんは、千葉県南房総の大多喜町で、奇跡的にそんな家に出会った。

「2年半かけて物件を探しました。人に会うたびに『チーズをやりたい、やりたい!』と言いまくっていました。ここは私にとって最高過ぎる場所ですが、それでも古民家に出会うことはなかなか難しいんだと、こちらに来て感じました」

いくら探しても、紹介されるのはラーメン屋の跡地や、飲食店があった所ばかり。
「けれど、やっぱりなんでわざわざこの田舎の暮らしをしたいのか、なんでチーズを作りたいのかと考えた時、自分は大地の力を借りて発酵物を作りたいのだと自覚したのです」

3年間で見つからなかったら、知り合いの多い北海道に帰ろうと思っていた“柴田職人”に、知り合いのおそば屋さんから、ようやく古民家が紹介された。期待をはるかに上回る、わずか50メートルのところに牛牧場がある場所だった。毎朝、しぼりたての牛乳が手に入る。

月1回だけの無添加チーズ。大多喜町のチーズ工房「千」柴田千代さん

チーズ工房「千」sen の職人柴田千代さんと朝作りたてのフレッシュチーズ。千葉県大多喜町にて

大多喜といえば、都会の工事現場との間を往復する大型ダンプカーと、海に行ったり来たりするサーファーたちが通過する所。養老渓谷と川に刻まれた複数の洞穴のイメージがわくが、「ナチュラル」で「オーガニック」な食を求めるグルメ好きにとっては、実は穴場でもある。

カフェやパン屋さん、手作り食品をこしらえる店が密集するこの町で、チーズ工房「千」は2014年に開店。まもなく、町の大きな存在になった。2017年にその時まだ30代だった柴田職人は、第11回 ALL JAPAN ナチュラルチーズコンテストに自作の「竹炭 濃厚熟成」ソフトチーズをエントリーし、農林水産大臣賞を獲得した。

「こんな木製の建物でチーズを作っている所は、日本でここだけかもしれません」
と、柴田職人はいう。建物は元々納屋で、半分はチーズ工房兼微生物を育てるラボに改造されている。もう半分は、お客さん4人ほどが座れるカウンターカフェ。メニューの数は少ないが、評判のサンドイッチの中身は自家製ベーコンから野菜まで、近くのさまざまな所から仕入れる。営業日になるとお客さんは100~150人も来るので、整理券を配り、母屋を開放して近所に住む他の職人さんやアーティストとの交流をするという。にぎやかなマルシェになるが、営業日は月1日のみ。

チーズに例えると、柴田職人は、はっきりした味の堅実なタイプに当たる。どうもブリーやカマンベールのソフトな性格ではないだろうという印象を与える。

月1回だけの無添加チーズ。大多喜町のチーズ工房「千」柴田千代さん

チーズ工房「千」sen の名作「竹炭 濃厚熟成」は2017年の第11回 ALL JAPAN ナチュラルチーズコンテストのソフトチーズ部門の農林水産大臣賞を獲得した。千葉県大多喜町にて

成田空港の近くで育てられた柴田職人の“熟成”は10歳で始まったと、本人ははっきり覚えている。エールフランスの飛行機整備士の父親にフランスに連れていかれ、1カ月ほどいろんな味を試してみた。日本に帰って来たら今まで慣れてきた味に疑問を感じ始めた。
「フランスではたくさんのおいしいものに出会えた。日本に帰国すると、見た目は似ているけれど、味の質が全然違うことに気が付いた。ジュースはフランスでは100%が当たり前だし、チーズはナチュラルチーズだけでした」

高校生のころから「食」と「質」がつながる仕事を目指し、東京農業大学に進学。乳製品加工を専攻し、大学の研究室に入った。卒業後は、北海道の某チーズ工房に2年半勤めた。その後、技術をもっと向上したくフランスにチーズ修行に向かった。

農作業を助ける代わりに宿を提供してもらう「ウーファー」として、1年間かけて ノルマンディー(Normandie)、プロヴァンス(Provence)、フランシュ=コンテ(Franche-Comté)、アルザス(Alsace) 地方のチーズの作り手の所で働きながら、見習いに集中した。
(*ウーフ=World Wide Opportunities on Organic Farms(WWOOF)「世界に広がる有機農場での機会」のこと)

月1回だけの無添加チーズ。大多喜町のチーズ工房「千」柴田千代さん

作りたてのソフトチーズの見た目はヨーグルトだが、これから酸凝固して固まる。千葉県大多喜町にて

帰国後は、まず生活費を稼ぐため「菌の種屋」になった。
「一つ一つ学名を分けた菌を育てて、医療施設、学校などに売る仕事です。微生物は奥が深すぎて、もっと勉強しないと分からないことが多いのです。お金をためている時期もあったけれど、働くなら、学びながら働ける一石二鳥の場所がいいと思ったら、たまたま千葉県内にその微生物を取り扱っている所があった」
大多喜町から距離30キロ位の町だった。

発酵食品の職人の多くは、自分の作品に「生き物」や「子ども」のような愛着を持っているという。柴田職人も「目では見える大きさではないので存在は感じにくいが、微生物がつくりあげるチーズは生き物で、意識があると思っている」という。

でも彼女はシャーレばかりをのぞいているわけではない。囲む社会にも視線を向ける。

「無添加のものを作ることで、未来の子どもの食べ物作り、生き物の存在、命の循環が私たちを生かしてくれているというメッセージを伝えたい。自分がやりたいこと、大切なこと、続けたいことは職業にもなるから」

そんな理由を挙げる柴田職人。一般的によく知られているような“仕事選び”ではない。「自分の好きなもの、好きな形で届けられるものも仕事になるよということを伝えたくて。子どもの心にその種を届けられたらと思っています」

月1回だけの無添加チーズ。大多喜町のチーズ工房「千」柴田千代さん

チーズ工房「千」sen の職人、柴田さんのチーズを、お客さんたちは雨の中でも並んで待っている。チーズは100gあたり550~780円。千葉県大多喜町にて

そのために、月に1回、自分のチーズをお客さんに提供する時には、必ず他に好きなことを手仕事にして頑張っている隣人たちにマーケットを開いてもらう。

柴田職人の海外での研究はまだ終わっていない。8月にしばらく暖簾(のれん)を下ろしてデンマークのスタディーツアーに参加する予定だ。幸せな子ども教育(特に「森の幼稚園」)やチーズ作り(ダンボー、マリボー、サムソーなどのハードタイプ)を誇る国から学べることを学ぶそうだ。

もう一つ驚いたことに、柴田職人は、毎年5月に古民家で、50人の子どもたちにモッツァレラの作りかたのワークショップを開いている。一日あればフレッシュなものができるようだ。「牛や微生物の命によって食物ができている。一つ一つの命のリレーによって私達が生きていることを伝えていきたい」と言う。

*柴田千代さんは2017年の第11回 ALL JAPAN ナチュラルチーズコンテストにソフトチーズをエントリー、農林水産大臣賞を受賞したほか、2018年のJapan Cheese Award にて「竹炭 豊熟」と「酒粕のバーニャカウダ漬け」の2種類で銅賞を獲得した。2019年4月に微生物の仕事を辞め、現在はチーズ作りに専念。チーズ工房「千」sen(Fromagerie SEN)の次の営業日は7月7日(日)、その次は8月4日(日)です。詳細はhttp://fromage-sen.com/

月1回だけの無添加チーズ。大多喜町のチーズ工房「千」柴田千代さん

チーズ工場「千」sen のチーズはすべて、隣接する苅米牧場の絞りたて牛乳からできている。千葉県大多喜町にて

Chiyo Shibata spent nearly three years searching for her perfect place in the countryside just beyond the far reaches of Tokyo. A single woman with a very single purpose, her demands were exact: A large house, traditional, but large and adaptable enough to host performances, exhibitions and even a market; a barn of sorts to turn into a cafe, a laboratory for culturing microorganisms and, most important of all, a large and well-lit area for her  fromagerie cheese-making workspace.

After almost giving up on the search, Shibata found just the place in hilly Otaki, in the middle of the northern part of the Minami-Boso Peninsula of Chiba Prefecture.

“I would say to every person I met here, ‘I want to open my own cheese workshop, can you think of a suitable place?’ But I soon realized that finding a house is no easy thing” says Shibata, even as more and more empty farms and homes become empty as the Japanese countryside population decreases. Often, she would be directed by well-meaning agents to out-of-business ramen shops and restaurants and not the ideal she had in mind. “That experience only made me more determined, because I realized more why I wanted to set myself up in the countryside–to borrow the power of nature to culture my cheese.”

The farmhouse and barn she eventually found thanks to a neighbor’s tip she named Fromagerie Sen. It couldn’t be more perfect, she says: A small dairy from where she can pick up fresh milk every morning lies only 50 meters away.

月1回だけの無添加チーズ。大多喜町のチーズ工房「千」柴田千代さん

チーズの味、香りを生み出すには 乳酸菌や酵母を細かく調合し牛乳に命を吹き込む。柴田職人の乳酸菌コレクションの一部。千葉県大多喜町にて

Otaki is located about 83 kilometers from Tokyo and is best described as a place in between. At night large trucks pass by, carrying materials and debris to and from construction projects in the metropolis. So do surfers heading to the Pacific coast beaches where the 2020 Tokyo Olympic wave events will be held. The town’s claim to fame is a minor waterfall, but in recent years Otaki has become a magnet for people looking for an alternative to cramped living in the city of millions. Many of the new residents drawn here are artists, artisans, bakers and… cheesemakers.

Shibata opened the doors to her cheese workshop in 2014 and it wasn’t long before she made a name for herself, entering 11th All Japan Natural Contest to win the 2017 Minister of Agriculture, Forestry and Fisheries Award for her soft cheese infused with a hint of bamboo charcoal. Now on a busy day between 100 and 200 customers will line up at her workshop to sample her product. To keep them occupied as they wait, Shibata invites neighboring craftspeople and artisans to mingle and offer their wares. The market day, however, takes place just once a month.

月1回だけの無添加チーズ。大多喜町のチーズ工房「千」柴田千代さん

チーズ工房「千」のカウンターカフェで提供している「ベーコンとチーズサンドイッチ」(950円)。シンプルでおいしいサンドイッチの中身はすべて近所から集まって来たもの

If Shibata were herself a cheese, she would definitely be of the harder, sharper sort. Raised near Narita International Airport, Shibata vividly remembers her first trip to France at age 20 with her father, a mechanic for AIr France. She spent a month sampling local delicacies and found herself changed upon her return.

“When I came back to Japan, I realized that although the (Western) food here looked the same, the flavor and the quality was absolutely different,” she says.

By the time of high school she already knew that she wanted to work in creating food, so she set her sights on entering Tokyo University of Agriculture. She chose to concentrate on dairy products and headed off to a distant campus on the northern tip of Hokkaido, Japan’s pastoral island. After graduating she was hired by one of Japan’s major dairy products producers, where she stayed on for two years, only to realize that it wasn’t the career for her.

Instead she headed back to France, to study cheese-making techniques on organic farms in such regions as Normandie, Provence, Franche-Comte and Alsace she contacted through the organization World Wide Opportunities on Organic Farms (WWOOF). As a WWOOFer, she earned only room and board but brought back cheese-making experience.

月1回だけの無添加チーズ。大多喜町のチーズ工房「千」柴田千代さん

チーズ工房「千」sen のセレクションから選ぶフランス人のお客さん。柴田職人は一人暮らしでチーズ作りも一人で行うが、月1回の営業日には、近所の友だちに手伝いをお願いする。千葉県大多喜町にて

Still, when Shibata returned to Chiba, she first sought a job at a laboratory job growing microorganisms for schools and research facilities. (She later began growing cultures at her home lab.)

“I needed to save up money, and decided that if I had to work I might as well work with microbes, since there was still so much about them I needed to learn,” says Shibata, adding that ”It’s difficult to sense at first because they are so small, but there is definitely a consciousness to the organisms that give us cheese.”

Now she is fixed on growing culture outside of the laboratory. One reward of being an independent cheesemaker is that she can show children that work long enough at what you like and value will eventually lead to a livelihood. It’s a seed of an idea that she wants to plant in many minds–in fact in 1,000 ones. The “sen” in Fromagerie Sen means “thousand,” and she is already on her way to teaching simple cheese-making to that many children through various workshops she holds.

“It’s good for them to see that they don’t have to decide their future from just those careers that everyone knows about,” she says. “They should know there’s always another choice.”

Louis TEMPLADO

PROFILE

Louis TEMPLADO

ニューヨーク州ニューヨーク市ブロンクス区育ちの米国人。イエズスの修道会の教育を受け、ニューヨーク州のBard Collegeで西洋哲学、映画論を専攻して卒業。その後、ボストン美術館で働きながら写真と日本語を勉強して1997年に来日。フリーライター・フォトグラファーを経て、朝日新聞社 Asahi Evening News、朝日新聞社国際発信部 Asia Japan WatchとAsahi Weekly記者。2011年から農ライフに関心を持ち、2016年、南房総に自分の農場を手に入れた。

南房総の複雑なセキュリティー装置 「屋号」

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