朝日新聞ファッションニュース

アルマーニ来日、みなぎる情熱

「モードの帝王」と呼ばれるイタリア人デザイナー、ジョルジオ・アルマーニ(84)が5月下旬に来日した。世界に向けて、東京で2020年春物のショーを開催。約40年前に男女のスーツを革新し、いまも精力的に創造を続けている。(編集委員・高橋牧子)

柔らかな色・繊細な生地、らしさ健在

ショー会場は、上野の東京国立博物館・表慶館(ひょうけいかん)。アルマーニらしい柔らかい中間色や繊細な生地の服が、重厚な洋館とよくマッチした。東京を発表の場に選んだのは「他に類を見ない刺激的な都市。日本は私の創造における発想の源で、現代性と伝統が見事に共存する国だから」との理由だ。

レディースはゆったりとしたベルベット風やヤシの木の柄のスーツなど。着こなしに変化をつけるべっこう風のアクセサリーなども。「女性は定番の中にいてはいけない。シーンに合わせて様々に楽しんで」とアルマーニ。

メンズも脱構築的な麻のジャケットや、ひも締めのパンツなどカジュアル感のある服が多い。首にはネクタイ代わりのスカーフ。「軽快で楽しく、ポジティブ。そして、ちょっぴりクレージーな感じを目指した」という。

アルマーニ来日、みなぎる情熱

アルマーニは北イタリア生まれ。百貨店勤務の後、1975年に独立した。19世紀からほぼ変化のなかったスーツの構造を変え、カーディガンのようにしなやかでシャツのように軽い「ソフトスーツ」を開発。そのスーツは男性を堅苦しさから解放し、社会に進出し始めた女性たちの背中も押した。

記者会見では、男性のスーツの着こなし方について「抑制のきいた身のこなしの方が大事。決して大声を出さず、落ち着いた話し方をすること」と答えた。また、強い男とは「自分の強さをあからさまに見せない男。少年の頃の信条を貫く人」。一つだけ希望をかなえるとしたら?との質問には「不死身になりたい」と沸かせた。

また来日中に、東日本大震災後に設けた奨学金を受けた若者の代表3人と初めて面会した。
多忙のせいか、やや痩せて見えたが「他人との距離を演出する色」として好む、紺色のTシャツの精悍(せいかん)な着こなしから、健在ぶりが伝わった。

平等に補完的な男女、表し続けてきた
メンズを洗練、レディースに強さを

アルマーニは朝日新聞の単独取材に応じ、ものづくりのこだわりや、これまでの功績、後継者についての考えなどを話した。

――東京・銀座の旗艦店を12年ぶりに改装。世界における日本市場の価値は変わっていないのですか。

「銀座店は世界で最も美しいアルマーニの店に仕上がった。日本は重要市場だが、アジアで唯一ではなくなり、中国なども確固たる市場に変化した。それでも日本人のファッションに対する情熱はとても強く、その意味で価値は変わらない」

――仕事で自らが成しえたと思われることは。

「服や家具のデザイン、ホスピタリティーも含め、日常生活の様々な側面に私の美意識を広げてきた。自然で洗練された優雅な世界の構築というビジョンを達成したこと」

――70年代から性差への意識改革を促してきました。最近の状況をどうみますか。

「男性用ジャケットを女性の体に適応させたり、男性のスーツに柔らかい布を使ったりしたことから、性差の流動性を提案した先駆者といえます。ただ、男女間の壁がどうなるかについては問題が誇張されている印象を受けます」

――そもそも性差の観点に前提はあったのですか。

「私は、男女は平等に補完的な存在だと思ってきた。その観点は男の服を洗練させ、女性の服に強さを出すことで常に表してきました」

――服に無頓着な人が増えているように感じます。今後もファッションは自己表現の手段になり得るでしょうか。

「私は着る人の個性を引き立てる服を作ってきたつもり。個人主義がさらに重要さを増すなか、今後もファッションは自己表現の根本的な要素だと思う」

――あなたのこれまでの人生とは?

「非常に幸運な面と、一方で悲劇もあったのでバランスは取れていた。私生活では親やパートナーらを失ったこともあったし、仕事では間違った人材を起用して落胆したこともある」

――後継者については。

「現時点では、まだ探している途中です。ただ、その人がすでに社内にいて、しかるべき能力を育成中である可能性は否定しません」

<写真は大原広和氏撮影>

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