このパンがすごい!

崩れ去る全粒パンへの先入観。ナチュラルな酸いと甘いを噛む喜び/ひととわ

崩れ去る全粒パンへの先入観。ナチュラルな酸いと甘いを噛む喜び/ひととわ

カンパーニュ

木更津駅から、昭和とバブルのなつかしい香りが入り交じった商店街を通って、ドイツパン屋へ歩く。武骨そのもののプレーンなパンしか置かない、手加減なしのベッカライ(ドイツ語で「パン屋」)。しかも、材料はすべてオーガニック、あるいは無農薬というから、本気度がわかる。
メインとなるのが全粒粉使用の「全粒パン」。硬い、食べにくいという全粒粉に対する先入観はきっと崩れ去る。ふるっとした中身の食感はわらびもちに迫るやわらかさ。最初はおしとやかに口の中に入ってくるが、うっすらとルヴァンの酸味に彩られて、甘さは高まり、まるでアーモンドのようにふくよかになる。

崩れ去る全粒パンへの先入観。ナチュラルな酸いと甘いを噛む喜び/ひととわ

自家製粉した、栃木県の自然栽培生産者、上野長一さんの農林61号

さらに噛(か)みしめると、草や土をほうふつとさせるフレーバーがほわほわと立ち現れる。これこそ「上野香」と私が呼ぶもの。上野とは、自然栽培小麦界の長老、栃木県の上野長一さんその人である。化学肥料やたい肥を使わない上野翁の小麦からは、まるで刻印が押されているかのように「上野香」が漂うのだ。嶋野貴文シェフのように、自家製粉して時をおかず、フレッシュな香りが保たれた状態で使うのならなおさら。

嶋野さんは、ドイツに渡ってマイスターの資格を取った。住み込みで働いた修業先がオーガニックの農場にあるパン屋で、それがきっかけでオーガニックに興味を持ったという。
「イーストも使わず、粉、水、塩という必要最低限の材料だけで作るのが楽しい。他人に依存しない生き方が気持ちいい。小麦も、農薬などに依存しないで作ったもののほうがいいのかな」

崩れ去る全粒パンへの先入観。ナチュラルな酸いと甘いを噛む喜び/ひととわ

ブルーベリー(生地に「全粒パン」使用)

「ブルーベリー」は、嶋野さんの知人がリキュールを作ったあとのブルーベリーを引き取って使用。「風味が薄くなっているので、たっぷりと入れています」というが、それがいい。みずみずしいままのブルーベリーから透明感のあるジュースがじゅっと飛び出して、全粒粉の生地をさらにしっとりさわやかにするさまはまるで、小麦のブルーベリー茶漬け。

崩れ去る全粒パンへの先入観。ナチュラルな酸いと甘いを噛む喜び/ひととわ

店内風景

カンパーニュの香りに驚いた。どこまでもさわやかなルヴァンの香りの中にはちみつのような甘さがあるのだ。噛んで、さらに驚く。ぷにゅぷにゅの食感は完全に餅。舌にのった小麦の甘さのやさしさは夢の世界のものだ。とろけながら、ルヴァンの酸味と小麦の甘さがたゆたい、混ざり合うエクスタシー。乳酸菌に由来するのか、皮には「ビスコ」みたいな甘さがある。

熟成させすぎず、若めに継いだルヴァン種のコントロールが絶妙。さらに、つきたての餅のような食感は、機械を使わず手ごねして、生地に負荷をかけすぎないことで生み出される。

「去年北海道で地震があったとき、知り合いの北海道のパン屋さん(帯広の「風土火水」)に『大丈夫ですか?』って連絡したら、『うちは手ごねと薪窯だから、停電になっても大丈夫だよ』って言われて、自分も手ごねでやってみようと思いました」

崩れ去る全粒パンへの先入観。ナチュラルな酸いと甘いを噛む喜び/ひととわ

ブレッツェル

なまめかしい線を描くブレッツェル。このパンを、イーストを使わずにルヴァンで作るのはめずらしい。ラウゲン(カセイソーダの水溶液)に浸(つ)けて得られるブレッツェルならではの香りを、ルヴァンと北海道産小麦の香りがプッシュし、なおさらパンチがきいている。イーストほどふくらみすぎないがゆえの、アルデンテ的こりこり感。それは部位によってちがっていて、細いところは、ばきっ。太いところはしっとり、かつ、さくっ。

崩れ去る全粒パンへの先入観。ナチュラルな酸いと甘いを噛む喜び/ひととわ

ヒマワリパンに「チーズ工房らくと」のチーズを塗って食べる

木更津周辺の生産者とも協力し合う。店内で売られていたのは、「チーズ工房らくと」のクリームチーズ。ヨーグルトのように甘さはさわやかで、酸味が軽やかでうつくしい。このチーズを、全粒パン生地を使った「ヒマワリパン」に塗って食べたら、跳び上がるおいしさだった。乳化剤を使わないこのチーズと、自然栽培の小麦の味わいは、清流のようなすがすがしさで通底しているのだ。

■ひととわ
千葉県木更津市新田1-10-32
0438-55-6107
7:00~18:00
火水木休、夏季休業(約1カ月半)
https://www.hitotowa.com

↓↓フォトギャラリーは下部にあります↓↓ ※写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます。
店舗マップはこちら

<よく読まれている記事>
小麦の風味が舞い上がる、挽きたて全粒粉パンの驚異/パンスケープ
アメリカ西海岸のパン作りを、群馬県前橋市で実践するベイカー/クロフトベーカリー
自家製の薪窯に自家製の種。自然のままに暮らす自給自足のパン屋/ビアンキュイ
本格ハード系と焼きそばパンが同居!パンマニアにもおばあちゃんにもやさしいパン屋/市東製作所
通販もうれしい!! 「国産小麦・自家培養発酵種・長時間発酵・石窯焼き」のパン屋/ STONES BAKERY

<バックナンバー>
このパンがすごい!

PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)

http://panlabo.jugem.jp/

卸売市場の大衆食堂で味わうツナメルト/調理室池田

トップへ戻る

みそまで自家製! 国産小麦と厳選素材が出会う「日常のパン」/穀

RECOMMENDおすすめの記事