花のない花屋

産声が聞こえない……。医療的ケア児の息子と、支える夫へ

〈依頼人プロフィール〉
堀拔文香さん 34歳 女性
千葉県在住
看護師

昨年の6月、父の日の前日に待望の第1子が誕生しました。妊娠中、大学院生だった私は出産の2日前まで調査をし続けていましたが、妊娠経過は順調。何の疑いもなく元気な赤ちゃんが生まれてくると思っていました。

事前に「児頭骨盤不均衡(じとうこつばんふきんこう)」、つまり赤ちゃんの頭が骨盤より大きく経膣分娩(けいちつぶんべん)が不可能というのがわかっていたので、帝王切開の予定でした。血が苦手な夫は、ギリギリまで立ち会いをするかどうか迷っていましたが、「待ちに待った我が子の誕生の瞬間を見よう」と、一緒に手術室に入ることを決心してくれました。

そして手術当日。すべてが順調に進み、お医者さんの「生まれるよ!」という言葉とともに息子が誕生しました。が……、息子の声が聞こえません。

「お願い、泣いて……!」と祈るような気持ちで泣き声を待っていると、病院中からドタバタと先生たちが集まり始め、モニターにいろいろな数値が映し出されました。息子の顔色はどんどん悪くなり、まったく動きません。看護師である私は、臍帯血(さいたいけつ)の数値を見て「酸欠状態だ」とわかりました。まさに一刻を争う状況です。

幸い近くの大学病院のNICU(新生児集中治療管理室)ですぐに受け入れてもらえることが決まり、立ち会った夫は「お父さん、一緒に行ってください」と、わけがわからないまま救急車に同乗することに。搬送される前に、先生が「行ってくるからね」と、息子の顔を私の近くに持ってきてくれましたが、手術の麻酔薬の副作用で、私は手術台の上で嘔吐(おうと)しながら、ひたすら無事を祈ることしかできませんでした。

結局、生まれたばかりの息子はNICUで1カ月、GCU(回復治療室)で6カ月、小児病棟で1カ月、合計8カ月を病院で過ごし、その間に厳しい診断を何度も受けました。脳に障害があるということ、視覚、聴覚にも障害があるということ、将来的に歩くことや話すことも難しいということ……、いろいろな診断を受けるたびにどれだけ泣いたかわかりません。

それでも今年2月、ようやく退院して我が家に息子がやってきたのは本当にうれしいことでした。夫も私も息子との日々を楽しみ、毎日を慈しみながら過ごしています。家に我が子がいるということがどれほど幸せなことか。眠る息子の顔を見ながら、夫婦で「幸せだね」と語り合っています。

息子はいわゆる「医療的ケア児」で、気管切開と胃ろうがあり、夜寝るときは人工呼吸器をつけています。ミルクは、最初は鼻からチューブでとり、今は胃ろうでとっています。それでも彼は力強く、たくましく、「生きる」ということを私たちに教えてくれています。

今年の息子の誕生日は、父の日でした。生後3カ月で2度の手術を受けたがんばり屋の息子には、心からの「1歳おめでとう。生まれてきてくれてありがとう」の気持ちを、夫には「お父さんありがとう」の気持ちを込めて、2人に花束を贈りたいです。

息子は色白で、とても優しい顔をしています。夫は身長が高く、お日様のような明るい雰囲気があり、人を引き付ける魅力のある人です。忙しくて海外出張も多いのですが、育休を3カ月取って家事に育児にがんばってくれました。

できれば、私たちの結婚式で使ったヒマワリをメインに、暖色系のあたたかい雰囲気の花束を作っていただけるとうれしいです。

産声が聞こえない……。医療的ケア児の息子と、支える夫へ

花束を作った東さんのコメント

大変な状況ではあるものの、「それでも彼は力強く、たくましく、『生きる』ということを私たちに教えてくれています」と捉えられていることから、生きるたくましさを感じました。お子さんもそうですし、お母さん、お父さん、皆さん強い方です。

お子さんにも力強さを感じてもらいたく、元気いっぱいで勢いのある花束を目指しました。夏のヒマワリを中心に、周りはサンキライで囲みました。また、バラ、ガーベラ、ピンポンマム、エピデンドラム、マリーゴールドを採用。

親子の愛とは無償のもの。最近ではその関係が崩れているようにも感じています。目を背けたくなる事件もあります。こういった親子の愛は大切です。今回は、より気持ちのこもった花束となりました。

産声が聞こえない……。医療的ケア児の息子と、支える夫へ

産声が聞こえない……。医療的ケア児の息子と、支える夫へ

産声が聞こえない……。医療的ケア児の息子と、支える夫へ

産声が聞こえない……。医療的ケア児の息子と、支える夫へ

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

「&w」では、読者のみなさまから「物語」を募集しています。
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花を贈りたい人とのエピソードと、贈りたい理由をお寄せください。毎週ひとつの物語を選んで、東さんに花束をつくっていただき、花束は物語を贈りたい相手の方にプレゼントします。その物語は花束の写真と一緒に&wで紹介させていただきます。
詳しくは応募フォームをご覧のうえ、お申し込みください。

フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

産声が聞こえない……。医療的ケア児の息子と、支える夫へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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PROFILE

  • 宇佐美里圭

    1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

  • 椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。

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