<2>株式会社ONE・GLOCAL代表取締役 鎌田由美子さん×川島蓉子さんPR

仕事って何でも「“自分ごと”として考えないと伸びない」と思うんです

<2>株式会社ONE・GLOCAL代表取締役 鎌田由美子さん×川島蓉子さん

鎌田由美子さん(写真右)と、川島蓉子さん

「宝の10年」――と聞いて、いつのことを思うだろうか。
キラキラしていた20代? 一生懸命働いていた30代?
それともまさに「いま」だろうか。

&w連載「ひとむすび」の著者・川島蓉子さんと、
さまざまな分野で挑戦を続ける女性に、
「宝の10年」について語り合っていただく連続対談。
その人たちが何を大切にしながら生きてきたのか、
自分らしく働き続けるために、何を大事にしているのか……。
少し先でいま、同じ時を生きる2人の女性が交わす言葉を通して、
私たちもまた、これからの10年を見渡せるような、
そんな対談をお届けする。

第2回のゲストは、JR東日本時代に、駅構内での物販やサービス事業を手掛けるエキナカ事業を軌道に乗せ、カルビーの上級執行役員を経て、今年度から自身の会社で地域活性事業に取り組み始めた鎌田由美子さんだ。
(構成・坂口さゆり 写真・馬場磨貴)

川島 お久しぶりです。私たちが初めてお会いしたのは、鎌田さんがJR東日本の子会社の社長で「エキュート」の運営を担っていらした時の取材だったかしら。

鎌田 もう20年前になりますね。

川島 お互い若かったわ(笑)。

鎌田 蓉子さんにはいつも悩みを聞いていただいていました(笑)。社長といっても39歳でしたから。自分の立ち位置が見えなくて、このままでいいんだろうか、という気持ちがどこかにあったんです。周りから見えていた私と自分自身の歩みがちょっと違っていたんですね。

川島 男社会のJRで型破りで走って来たんだから、それは大変でしたよね。

鎌田 「申し訳ない」と思いながらも、蓉子さんに聞いてもらえることが、私の中のモチベーションになっていたんです。私のくだらない話に1時間とか、貴重な時間を費やしてくださって。だから、「あなたに割く時間はないわ」と言われないように頑張らなきゃ、と。

JR東日本社長からもらった「“腹落ち”のひと言」

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川島 組織のトップになると、相談する人がいなくなりますからね。

鎌田 それがトップと2番手の大きな違いです。JR東日本の子会社の社長にならないかと言われて一度断ったのは、そこに自信がなかったからなんです。自分で決めなければならないこと、見えないことがすごく怖かった。社長職を引き受けてからも、とにかく心配で。

ある時、そんな話を当時JR東日本の社長だった大塚陸毅さんに話したら「君は何歳になったんだ?」と。「39です」と言ったら、「俺は60を過ぎても、毎日見えないことばっかりだ。社長になっても新しいことばっかりだ。39で見えないことがわからなくて怖いと言われてもしょうがないな。人生そんなもんなのに」と笑われてしまいました。

そのあとに「鎌田くんには良心はないのか」と言われたんです。「それはあります」と言ったら、「人間、究極の状態に陥ったら良心に基づいてやればいいんだ。それだけだ」と。その言葉に“腹落ち”して「じゃあ、大丈夫だ」と思えました。

川島 鎌田さんは、ステキな上司に恵まれてきましたよね。ご自身では、部下の教育はどうされていたんですか。

鎌田 仕事って何でも「“自分ごと”として考えないと伸びない」と思うんです。だから、自分ごととして考えてもらうための刺激をどう与えられるか、どうその環境を作るか、ということを考えていました。

たとえば、出店してもらいたくても、エキナカという言葉さえない時代ですから、10社頼んだら9社に断られるような状況でした。乗り越えていくためには、メンバー自身が、自分の言葉で考えを語れるようになってほしくて、たとえばスイーツなら、都内の百貨店で好きなショートケーキを10個買ってくるように伝えたんです。そして、包装をぜんぶ取ってメーカーがわからないように全部並べてABCD……と書いて、それぞれに値段を自分でつけて、どれが好きかを言ってもらう。さらにみんな他のケーキも自腹で食べつくすうち、自分が好きなものについて、自分の言葉で、好きな理由を言えるようになるんですよ。なぜこのケーキが一番なのか、と。

川島 確かにそうですね。

鎌田 そこで、「そんなに好きならその会社を口説けるよね」と部下たちに言いました。自分がいいと思ったらその自分の言葉で相手を口説ける。取引先だって「数十個のショートケーキを食べた中で御社のケーキが一番だったんです。お願いします」と言われれば悪い気はしません。それで「まぁエキナカなんて売れないと思うけど、半年付き合うよ」と言ってくれたところが多かった。この仕事は何のためにやるのか、「腹落ち」が必要なんですね。

「これが私の生きたい道、一生の仕事」と思えた。42歳の時でした

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川島 エキュートを成功させた後、2008年にJR東日本の本社へ戻られたでしょう? JRに入社した女性としては初の部長として、何十人もの部下を率いていたわけですよね。鎌田さんの40代って、一言で表すならどんな時代でしたか?

鎌田 「人生の転換期」ですね。20代は基礎体力を作る期間。30代は、20代で磨いたスキルや経験と頼れる人の力を借りて、部下や仲間、そして上司と一緒にプランをどう推進していくかを学んだ時期だったと思います。JR東日本の子会社の社長から、本社に戻って地域活性化事業を手掛けたんですが、そのとたん、「これが私の生きたい道、この仕事を一生の仕事としていこう」と思えた。42歳の時でした。

川島 何があったんですか。

鎌田 本社に戻って最初に手がけた地域活性事業が青森でした。会社から「青森新幹線の開通を控えている青森で、地域に貢献する何かをやってくれないか」と言われて。日本一の産地のリンゴに付加価値をつけて、シードルとしてアップルブランデーを作ろうと考えました。それで、工房「A-FACTORY」が立ち上がり、同時に、新潟の越後湯沢駅の改良や地産品ショップ「のもの」などを手掛けました。

地方のグループ会社の悩みが次々と本社に入ってくるので、色々な課題と面白さが見えてきてハマりました。特に「加工」に興味を持ち、人事異動があったタイミングで、声をかけていただいたカルビーに転職したのが49歳です。

川島 鎌田さんはもともとすごく社会に貢献したいというか、社会に関わりたいという意識が強いですよね。地域と触れることで、それがよりはっきりしてきたんじゃないかしら。

鎌田 みんなが幸せになると自分も幸せになると思っていました。大学では社会福祉を学んでいたんですが、民間企業に就職したのも「ノーマライゼーション」というような、みんなどこか弱いところを持っているからこそ、自分の力で何でもできる環境を整えることの方が幸せだ、という考え方を持っているからです。

川島 その姿勢がいまに続いているんだと思いますが、現在はどんなことをされているんですか。

鎌田 「ONE・GLOCAL」という会社を立ち上げ、動き始めました。毎日新しいことの連続ですが、おかげさまで農家や生産者の方から相談ごとが入ってきて、「頼ってくれる人がいるんだ……」と、驚きつつも緊張しています。

川島 みなさんのお役に立つことがたくさんあるんですね。

鎌田 この会社で一次産業を元気にするお手伝いをしたいんです。一次産業に新しい価値を生み出すことのできる「加工」に興味を持っています。いいものを生み出すことは、そのまま日本の地方の良さを伝えることにもなるので、私は「観光のメッセンジャーにもなる」と思っています。そういうことが新しい仲間たちとできればいいなと思っているんです。

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川島 鎌田さんは明らかに40代くらいになった時から話し方が変わってきました。今日のお話もそうですが、とても説得力があります。話すテンポがゆっくりになりましたよね。時を経て鎌田由美子はすごいオンナになったと思います。

鎌田 うわぁ、うれしいです。女性の40代って一番忙しい時期ですよね。でも、それぞれが自分の24時間をその時々の優先順位で焦らずに進んでいけばいいと思います。時間って、誰にも平等に与えられた唯一無二のもの。いまここで生きていられるということに対して、自分はどう時間を使うべきか、いつも問いかけていたい。

あとは、すごく尊敬しているちょっと年上の方々から話を聞ける時間、一緒にいられる時間が、実はもう限られているのではないか、と焦るときがあります。先輩たちのお話をたくさん聞いておきたい、それを最近は意識するようになりましたね。

川島 そこは私も同じで、先輩のいいお話を後に続く人たちに伝えたい、書いて残したいというのはありますね。どんな人も時を重ねることによって厚みを増してくるところが必ずありますから。

鎌田 そうですね。すべての経験が、仕事にも生活にも生かせると思います。私の場合は「何でそれをやめてそっちに行くの」って思われることは多いんですが。道を切り替える時のエネルギーって大変ですけど、いまも新しい名刺作りなどで困っていたりすると、回りの人たちが見るに見かねて助けてくれます。頼りながらの人生です(笑)。

先輩から受け取った言葉や働き方を、次の世代に伝えていく――。
お二人の話には、自分だけのキャリアを超えた、そんな思いがつまっている。
40代は一番忙しい時だけれど、
一番、何かを受け取って、手渡していくことができる時期でもあるのかもしれない。
これからの10年、あなたは、どんな宝を刻んでいきますか?

<2>株式会社ONE・GLOCAL代表取締役 鎌田由美子さん×川島蓉子さん

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グランドセイコー エレガンスコレクション STGK007(SS×ダイヤモンド 600,000円+税)
レディス専用キャリバーを搭載した小型メカニカルウオッチ。
機械式時計を求める本格志向な女性に相応しい、日常で使いやすいステンレススチールモデルです。

ダイヤルは、日本で古来、親しみの深い麻の布をモチーフとしたデザインが施された、しっとりと輝くシャンパンカラー。そして時間を見るたびに輝きを感じることのできる11個のダイヤモンドのアワーマーク。熟練の職人が1本ずつ加工を施したブルーの秒針が、意志の強さを感じさせ、ビジネスシーンでも頼りになる存在です。
裏ぶたは、サファイアガラスのシースルーバックで美しいメカニカルムーブメントを堪能でき、身につける度に愛着のわく腕時計です。

※掲載商品は、グランドセイコーブティック、グランドセイコーサロン、グランドセイコーマスターショップのみでの取り扱い
(セイコーウオッチ株式会社)

〈 問い合わせ先 〉
グランドセイコー専用ダイヤル 0120-302-617
グランドセイコー公式サイトはこちら

■対談「宝の10年~あなたは、どう過ごしますか~」by グランドセイコー
<1>「ハイアット リージェンシー 瀬良垣アイランド 沖縄 」総支配人 野口弘子さん×川島蓉子さん
<3>アートディレクター 森本千絵さん×川島蓉子さん

鎌田 由美子(かまだ・ゆみこ)

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株式会社ONE・GLOCAL 代表取締役
1989年東日本旅客鉄道㈱入社。2001年に本社事業創造本部においてエキナカビジネスを手がけ、2005年『ecute』を運営する㈱JR東日本ステーションリテイリング代表取締役社長に就任。
2008年より本社部長として地域活性化・子育て支援事業を担当。地域再発見PTを立ち上げ、地産品の販路拡大や農産品の加工に取り組む。青森「A-FACTORY」や地産品ショップ「のもの」等多数の開発を手掛ける。2013年JR東日本フロンティアサービス研究所副所長。2015年にJR東日本を退職しカルビー株式会社上級執行役員。
現在、地域活性を目的とした会社ONE・GLOCALを設立し、農業をはじめとした、国内産地のものづくりと連携し、成長できるビジネス構築に取り組む。2019年秋よりロンドンのRCA(Royal College of Art)において地域デザインを学ぶ予定。
社外取締役、NHK国際番組審議委員、青森や茨城の大使ほか、国、行政、大学等の各種委員を多数歴任。

>>鎌田さんがカルビー時代に手がけた「イエトモ」の話はこちら(連載「川島蓉子のひとむすび」)

川島蓉子(かわしま・ようこ)

伊藤忠ファッションシステム株式会社取締役。ifs未来研究所所長。ジャーナリスト。
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、文化服装学院マーチャンダイジング科修了。日経ビジネスオンラインや読売新聞で連載を持つ。著書に『TSUTAYAの謎』『社長、そのデザインでは売れません!』(日経BP社)、『ビームス戦略』(PHP研究所)、『伊勢丹な人々』(日本経済新聞社)などがある。1年365日、毎朝、午前3時起床で原稿を書く暮らしを20年来続けている。
>>「ひとむすび」バックナンバーはこちら

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