東京の台所

<191>料理をする女・しない女。両方やってわかったこと

〈住人プロフィール〉
漫画家(女性)・50歳
戸建て・3LDK・ 山手線 高田馬場駅(新宿区)
入居12年・築年数15年・夫(イラストレーター・44歳)、長男(11歳)、次男(9歳)、長女(8歳)との5人暮らし

料理をする女性は嫌い

 料理は好きじゃないと断言する。漫画家だけに、形容が独特だ。
「とくに子どもにつくるのが苦手です。好き嫌いはあるし、残すし、カレーとか私の好きな味にできないし。なんか“義務でやってるセックス”みたいな感じがしちゃって」

 2度めの結婚で3児をもうけた。8、9、11歳の子がいる今は、好きだの嫌いだの言っている暇はない。必要に迫られて台所に立っている。……と言いながら、広くて明るい快適な台所で、多様な調味料があちこちから次々と出てくる。おもいきって買ったというジオ・プロダクトの鍋は、熱伝導と深さを調べぬき、合羽橋まで赴いた。
「高かったけれど、煮物もおいしくできるし毎日使ってます。元は取れましたね」と嬉(うれ)しそうだ。

 今凝っているのは、塩麹(こうじ)とバターで作る肉じゃがである。ウェブで知り、やみつきになったらしい。作業台の隅には、テレビやウェブサイトで見かけたレシピの手書きメモの束が置かれている。
「印刷より、手で書くほうが早いですから」
 つまり、必要に迫られていやいやしている人ではないと、ひと目でよくわかる。にもかかわらず、料理が嫌いと言うのにはわけがある。若いときから奇妙な偏見があるのだ。

「男に料理を振る舞う女っていうのが、恥ずかしくてできないんです。こび売っているみたいで。男の前で肉じゃがみたいな家庭の味を作ってみせたり、かわいらしいしぐさや女っぽいふりをするのが大嫌いでした」

 最初の結婚はそもそも手料理を期待されていなかったこともあり、外食が多かった。そののちセックスレスになり離婚に至る。次の恋愛をと思いながらも、料理には本気になれない。
 なぜそこまで頑(かたく)なだったのか。

「母は、中学生でどんなに胸が大きくなってもブラを買ってくれない人でした。娘の女性としての心や体の成長を受け入れられず、それが今のこじらせの要因になっているかもしれませんね。おとなになってもスカートをはいていたら“あんた、そんなものはいちゃって”とか。今の夫とつきあっているとき、初めて男性のために煮物を作って届けたんですが、すかさず“年下の男にいそいそと料理なんて持ってって”と何かにつけて嫌みを言われてきました」

 なぜ母親がそう言うのか今でも理由がわからないという。思春期の少女が、心無い言葉にどれだけ傷ついたことか。たしかに人間形成の過程で、見えない影響を感じずにはいられない。

 さて、そんな頑な人を変えたのは今の夫と、豚汁と、チリコンカンなのである。

魔法の言葉

 離婚2年目に出会ったイラストレーターの夫に一目惚れ。告白し、付き合いだした。
 交際時代、ほぼ生まれて初めてといっていいくらいに苦痛なく、自らすすんで男性のために豚汁を作った。この人の前なら気取らず、こびず、自然体で作れそうだと思ったからだ。
「料理は得意じゃないけどなにか食べたいものある?」という問いの答えがそれだった。
 恐る恐る作ると、彼は満面の笑みで言った。
「おいしい! ほかの男の人に作らないでね」
 13年前の言葉を、彼女は今も大事にしている。目を細め、少女のように少しはにかみながら述懐する。
「嬉しかったですねえ。こんな私を女扱いしてくれている。それが何より嬉しかった」
 豚キムチ、万願寺とうがらしとじゃこの煮物、コロッケ、かき揚げご飯。それからどんどん料理をつくるようになった。
 翌年、37歳で再婚。その年、もう一つの料理がふたりの心をもっと太く強くつなぐ。ウェンディーズ(現ファーストキッチン・ウェンディーズ)のチリコンカンだ。

「ふたりとも大好きな『刑事コロンボ』を見ていたあるとき、コロンボがよく食べているチリコンカンを彼が食べたいって騒ぎ出して。上京してお金のない学生時代、ウェンディーズのチリコンカンが大好きだったらしいんです。でも少なくて高くて。おなかいっぱい食べたいっていうのです」

 彼女はチリコンカンを見たことも食べたこともなく、「正解の味」を知らない。さっそく栗原はるみさんの料理本を買ってきて、鍋いっぱいに作った。
 ひとくち食べて彼は叫んだ。
「あーすごい! これ、俺の大好きなクミンシードのきいたチリコンカンだ! ハズレてないよ、正解だよ! この味だ~~~」

 このときの気持ちを彼に聞いてみた。えーっとどうだっけかなと言いながら、ぽつりぽつりと遠い記憶を掘り起こす。
「ひとり暮らし歴が長くて、結婚するまでコンビニ弁当オンリーの生活でしたから。ウェンディーズのは紙コップにちょっとしか入ってなくて高いんですよね。それをこんなにいっぱい食べられるんだって思ったらすっごい嬉しくて。本当においしいし、鍋いっぱいのそれを見るたび、今でも幸せな気持ちになります」

 それから今日まで彼女は数え切れないくらい、鍋でチリコンカンを作ってきた。
「最初はレシピ通りだったんだけど、だんだん自分の味になっていく。料理で余った赤ワインを飲みながら鍋の前でじーっと煮こまれていくのを見るのがまた楽しいんですよね」

 本当はとうに彼女も気づいているんだろう。好きな人に作る料理は楽しいということを。そのうち子どもたちも辛いものやエスニックなものも食べられるようになる。そしたらもっともっと楽しくなるだろう。たんに時間の問題だ。彼女の手から生まれる料理は、今日もしっかり家族の心を満たしている。忌まわしい記憶は放り投げて、おいしいものを生み出す達人として、堂々と料理愛をひけらかしながら誇りを持って突き進んでほしい。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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<192>6年後の台所、彼女が家を買ったわけ

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