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<117>店内で読みきれない本、貸し出します 「Cafe Cross Point」

 JR中央線高円寺駅北口を出て、左手に伸びる高円寺中通り商店街。細い道の両脇に飲食店などが並ぶ、にぎやかな通りだ。4分ほど歩くと、交差点の角に白い建物があり、その1階に「Cafe Cross Point」が店を構えている。二面の大きな窓からたっぷりと自然光が降り注ぐ、明るい空間。駅前の活気とは一線を画す落ち着いた雰囲気で、ゆっくりと時間を過ごしたい人のオアシスのような場所となっている。

<117>店内で読みきれない本、貸し出します 「Cafe Cross Point」

「『交差点だから、Cross Pointという名前なんですか?』と聞かれることがありますが、全くの偶然です」

 オーナーの岩本悠さん(38)は小さく笑った。店を開いたのは2011年のこと。それまではウェブサイトの制作会社に在籍し、クライアントの要望を形にするディレクターの仕事に就いていた。モノ作りに携わっているという自負はあり、それなりに充実感もあった。しかし、依頼を受けてサイトを作るのではなく、自分の手と目が届く範囲内で独自のモノづくりをしてみたいという思いが湧き上がるようになった。その先にあったのがカフェだった。

 仕事の傍ら、カフェ開業に関する学校に行ったり、都内のあちこちを歩き回って場所を探したりした。やっと「ここなら!」と思える場所に巡り合えたと思ったら東日本大震災が起こる。内装用の建材が不足するといった不測の事態に見舞われつつも、なんとか7月1日にオープンすることができた。

「友達に手伝ってもらって内装をしたり、カフェメニューを試作したりと、妻と2人でてんてこまいで、この頃の記憶はあやふやですね(笑)」

 あわただしい船出となったが、岩本さんには店の明確なコンセプトがあった。それは、“何かに出会える場所”だ。

「お店に来たことで自分の知らなかったものに触れられたり、面白いと思えるものに出合えたりする場所にしたいという思いがありました」

 オープン当初はギャラリーカフェというスタイルで営業。アート作品と訪れる客の出合いの場になっただけでなく、岩本さん自身が、多くのアーティストとの出会いに恵まれ、得られるものは多かったというが、運営しているうちに、ギャラリーとカフェを共存させるには、店の広さが必ずしも十分ではないことが見えてきた。

「店内のレイアウトを変えるなど、試行錯誤はしたのですが、店の広さ自体は変えようがないので、店のスタイルを変えることにしました」

<117>店内で読みきれない本、貸し出します 「Cafe Cross Point」

 そこで考えついたのがブックカフェだった。もともとアート系の本を置いていたため、それを拡張させることにした。2016年から17年の年末年始の休みを使って、自らの手で壁面に大きな本棚を作り付け、年明けからブックカフェとしてリスタートした。

 自分の蔵書をベースに、知人や友人からも本を募り、オープン時からあったアート系の本に加え、旅の本、料理本、ビジネス書、小説、絵本、雑誌などを幅広く集めた。そのせいか、書棚は友人宅のそれのような気安さがある。間口の広いセレクトなので、誰もが手に取りやすいのもいい。「このお店で読みきれない時もあるだろうから」という岩本さんの配慮から、一部の本をのぞいて貸し出しも行っている。また、約500冊ある蔵書は、ウェブ上の本棚でもチェックできるようにしてある。

 その頃、時を同じくして、妻の妊娠がわかり、公私共に大きく変化しようとしていた。

「それまでは妻と一緒にやっていたのですが、ブックカフェに切り替えた年の9月に息子が生まれ、店のことを一人でやらざるを得ないようになりました。幸い翌年の4月から保育園に入れたのですが、子どもは日々成長しますし、生活サイクルや夫婦の仕事配分も常に見直し。でも、会社勤めだったらこうはいかなかったでしょうね」

 岩本さん自身、子どもと過ごす時間をもっと大切にしたいという気持ちが芽生えた。平日は店の営業を18時までにして、子どもを風呂に入れて一緒に過ごし、寝かすまでの時間を楽しみにしているという。

 今年に入り、ブックカフェという店のスタイルに、レンタルスペースという役割を加えることに決めた。最低2時間から、1日だけでも複数日でも貸し切れるというものだ。キッチンがあるので、いつかカフェを開いてみたい人が試しに営業してみたり、仲間が集って料理を使ったパーティーを開いたりと、かなり自由度の高い空間として活用できる。

「子どもとの時間を持つ分、せっかくの空間をもっと有効活用できたらいいなと思って」

 もちろん、自分のプライベートを優先させるためだけにレンタルスペースを始めたわけではない。素人だった自分がカフェを作り、運営する過程で得た知識や経験を誰かに伝えたいという気持ちが強まってきたこともある。

<117>店内で読みきれない本、貸し出します 「Cafe Cross Point」

「個人で店をやってみたいという人は増えてきていると思うので、このスペースで体験してもらいたいし、私の経験を情報発信していきたいと考えています」

 ギャラリーカフェからブックカフェ、レンタルスペースと少しずつ変化をしているが、人とモノ、新しい経験との“交差点”であることには変わりはない。変化する状況に柔軟に対応しつつ、よりよい空間を作ろうとする岩本さんの模索は現在進行形だ。

<117>店内で読みきれない本、貸し出します 「Cafe Cross Point」

■おすすめの3冊

『TOKYO BAY』(写真/野寺治孝)
さまざまな時間、場所の東京湾をとらえた写真集。「おすすめを聞かれたら、必ず紹介しているのがこれ。写真にはおおまかな季節と時間帯しか書いておらず、ともすればめくって終わりになりがちです。写真はいろんな波長の光をフィルムに取り込んで表現するものですが、光の具合、雰囲気、空気感によってすごく想像力をかき立てられるんです。1枚1枚想像しながら見ていると、いつまでも眺めていられる写真集です」

『どこいったん』(著/ジョン・クラッセン、訳/長谷川義史)
くまがだいじなぼうしをさがしています。みんなに「どこいったん?」ときくけれど、だれもしりません。ぼうしをもっていたのは……。「海外の絵本で、原文は英語なのですが、大阪弁に訳されています。とぼけた雰囲気の絵本なんですけど、オチにブラックユーモアがあって、何も知らずに子どもに読んだ親御さんが『ええっ?』てなるような意外性があります。大人が読んでも面白い絵本です」

『キャッチボール ICHIRO meets you』(著/イチロー、糸井重里)
糸井重里さんが、イチローさんにロングインタビューした本。今年4月に、『イチローに糸井重里が聞く』(朝日文庫)として復刊。
「今から15年前、イチローさんが30歳の時に糸井重里さんと対談した内容をまとめた一冊です。イチローさんは今年3月に45歳で引退を発表されましたが、この時に話したことと、その後彼がやってきたことを照らし合わせてみると非常に面白い! 自分でも久しぶりに読み返してみて、『この本はすごい!』と思いました。そのとおりになったこともあるし、一度言ったからといって、ずっとそうじゃない、変遷のようなものもある。今だからこそ引き込まれる一冊です」

(写真・石野明子)

    ◇

Cafe Cross Point
東京都杉並区高円寺北3-11-1
https://www.cafecrosspoint.jp/

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。

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