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変な人? それとも天才? 『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』

変な人? それとも天才? 『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』

撮影/馬場磨貴

「シュヴァルの理想宮」をご存じないならば、インターネットで検索してみてほしい。画面に現れる風変わりな建物は、アジアの遺跡ではない。今からおよそ100年前、南フランスの片田舎で、一介の郵便配達員だったフェルディナン・シュヴァルが33年という途方もない歳月をかけて完成させた建物である。

彼がなぜ、奇想天外な建物を造るにいたったのか。今回紹介する本は、「村の気違い」と言われながら石を積み続けた男の生涯と、彼の評価の変遷を追った一冊である。

30歳を過ぎてから郵便配達員になったシュヴァルは、毎日32キロもの同じ道のりを配り歩いていた。郵便物に描かれた異国の絵はがきや、当時の雑誌『マガザン・ピトレスク』に出てくる自然や建物をもとにして、自分の理想の宮殿を夢想しながら歩いていたという。

そんな彼が43歳になったとき、不思議な形の石につまずいたことをきっかけに、頭の中で建てては崩しを繰り返してきた宮殿を、実際に造ることを決意。以来33年間、「庭を石でいっぱいにしている哀れな狂人」と村の住人に迫害を受けながらも、石を積み続けたのである。彼は後に残したノートにこう記している。

私の意図のため 私の体はすべてに立ち向かった
時間にも 批判にも 歳月にも
仕事が私の唯一の栄光
名誉が私の唯一の幸福だった

ただ、己の夢に忠実に

シュヴァルの理想宮には、人々を引きつけてやまない要素がたくさんつまっている。著者もその一人のようだ。本書の終章で著者は、これまでに関心をいだいてきた画家アンリ・ルソーや、作家レーモン・ルーセルを含めた3人を、「意識せずして、既成の建築、絵画、文学とは全く異なった世界を現出させた」と、ひとまとめに語る。いささか乱暴にも感じてしまう説ではあるが、大変興味深い。

彼らは、歴史的な文脈で語られることも考えず、批評意識にとらわれることもなく、ただ自己の夢のための欲望に忠実であった。それらの夢がなければ、彼らの人生はまったくの虚無だった。彼らは狂人だったのか、天才だったのか、その答えは私たちにゆだねられる。しかしながら私は、本書を読み終わるころには、シュヴァルの理想宮に夢を見る一人になってしまった。

変な人? それとも天才? 『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』

『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』(河出書房新社) 著・岡谷公二 2592円(税込み)

本書は1992年に単行本として刊行(後に版元を変えて文庫化)されていたものが、新装版として出版されたものだ。最近では、かつて単行本や文庫本として刊行された書籍が、しれっと単行本として再出版されているのが目につく。自分の担当しているジャンルでいうと、『アースダイバー』や『生きられた家』などもそうだ。インターネットの検索からは出会うことのできない、ページを繰る喜びを感じていただければ幸いだ。

(文・嵯峨山 瑛)

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二子玉川 蔦屋家電、建築・インテリアコンシェルジュ。
大学建築学科卒業後、大学院修了。専門は都市計画・まちづくり。
大学院在学中にベルギー・ドイツに留学し建築設計を学ぶ。
卒業後は、出版社やリノベーション事務所にて、編集・不動産・建築などの多岐の業務に関わる。

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