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身分の違い超えた愛の形 インドの女性監督デビュー作『あなたの名前を呼べたなら』

インド最大の都市ムンバイを舞台に、身分の違いを乗り越えて愛を育む男女を描いた映画『あなたの名前を呼べたなら』が8月2日に公開される。ボリウッドで脚本家として活躍した女性監督ロヘナ・ゲラの長編デビュー作。昔ながらの因習や差別が根強く残るインド社会で自分らしい生き方を模索する2人の姿は、監督自身の軌跡とも重なる。

身分の違い超えた愛の形 インドの女性監督デビュー作『あなたの名前を呼べたなら』

©2017 Inkpot Films Private Limited, India

結婚4カ月で夫を亡くし、嫁ぎ先の農村からムンバイに出て来たラトナは、建設会社の御曹司アシュヴィンの邸宅の住み込みメイドに雇われる。アシュヴィンは親の決めた女性との結婚を目前にしていたが、彼女の浮気で破談になったばかり。傷心の彼を気遣いながら、ラトナは広いマンションで家事を切り盛りし、自立の道を模索する。デザイナーになりたいというラトナの願いを知ったアシュヴィンは夢の実現を応援するが、2人の絆が深まるにつれて階層の壁があらわになる。

原題は「旦那様」を意味する「Sir」。宗教上の理由から、夫と死別後も婚家に尽くさなければならないラトナ。米国生活を断念し、名家の後継ぎとして親の期待に応えようとするアシュヴィン。ひとつ屋根の下で心惹かれあいながらも、身分格差に阻まれる2人の葛藤が、何気ない日常光景を丁寧に積み重ねながら描かれる。

身分の違い超えた愛の形 インドの女性監督デビュー作『あなたの名前を呼べたなら』

©mitsuhiro YOSHIDA/color field 衣装提供:ne Quittez pas(ヌキテパ 青山)

「マンションという限定された空間で対照的な男女のドラマを展開したいと当初から考えていました。因習に縛られた2人だけれど、決して『犠牲者』ではない。告発調の社会派映画ではなく、ラブストーリーとしてインド社会が抱える矛盾を見つめ直してみたかった」とゲラ監督は語る。

インド映画らしい華やかな音楽やダンスも登場するが、生活感のある人物描写はボリウッド映画とは一線を画す。ラトナ役は『モンスーン・ウェディング』で国際的に知られる演技派女優ティロタマ・ショーム。アシュヴィン役は『裁き』で人権派弁護士を演じたヴィヴェーク・ゴーンバル。繁栄するムンバイの光と影を、セドリック・クラピッシュ監督の『スパニッシュ・アパートメント』などで知られるフランス人撮影監督ドミニク・コランがとらえる。

身分の違い超えた愛の形 インドの女性監督デビュー作『あなたの名前を呼べたなら』

©2017 Inkpot Films Private Limited, India

「脚本家出身なので、セリフで語る誘惑は常に感じていました。言葉で説明すれば話は早い。だからこそ、安易なセリフに頼らない作品に挑戦したかった。相手に思いを伝えられない、他人に話すこともできない2人の関係なら、それが出来ると思いました」

ラブストーリーもいつか挑戦したいと思っていたジャンルだった。

身分の違い超えた愛の形 インドの女性監督デビュー作『あなたの名前を呼べたなら』

©2017 Inkpot Films Private Limited, India

「男女が見つめ合ったとたん恋に落ち、ドラマチックな音楽が流れる……みたいな展開がインド映画には多いでしょ? でも、私がやりたいのはそれとは正反対のもの。愛そうと思った相手をどのように愛すのか、誰かを愛することをどうやって自分自身に許すのかを探求する、本当のラブストーリーを目指しました」

「ラトナは厳しい境遇に閉じ込められているように見えるけれど、自ら新たな世界に飛び込む前向きな精神を持ち合わせた自由な人だと思います。逆に、何不自由ないように見えるアシュヴィンは、きらびやかな高層ビルの上で孤独を深め身動きが取れずにいる。ラトナは跡取り息子である彼の重圧や苦しみをよく理解しているけれど、アシュヴィンは彼女の境遇をほとんど知らない。そんな好対照の2人が愛を見つけていく姿を、現実の風景のなかでダイナミックに描いてみたかったのです」

身分の違い超えた愛の形 インドの女性監督デビュー作『あなたの名前を呼べたなら』

©2017 Inkpot Films Private Limited, India

学術都市として知られる古都プネー出身のゲラ監督自身も、住み込みのメイドや乳母がいる家庭に育った。乳母が大好きだったが、どんなに仲良しでも食事は別。日常生活のなかの様々な「壁」に疑問を抱いた体験から、階層格差というテーマに引きつけられたという。米国の大学で文学やアートを学び、帰国後はテレビや映画の脚本を多数手がけながら、監督への転身を夢見た。

「でも、ボリウッドで助監督をするのは嫌だった。男性中心の業界だし、型にはまった娯楽作品にも飽き飽きしていました」

願っているだけでは夢はかなわない、と自分なりの行動に出るところはラトナと同じ。まずは監督としての実績を作らなければと、インドの富裕層の結婚事情を追ったドキュメンタリーを2013年に自主製作した。

身分の違い超えた愛の形 インドの女性監督デビュー作『あなたの名前を呼べたなら』

©mitsuhiro YOSHIDA/color field 衣装提供:ne Quittez pas(ヌキテパ 青山)

「脚本家としていくら経験があっても、監督としての力量を示さなければ誰も振り向いてはくれません。なけなしの貯金をはたいて、とにかく作品を撮ることにしました。結婚したばかりのフランス人の夫がプロデューサーを引き受け、撮影や録音も手伝ってくれた。インドではドキュメンタリーの劇場公開は難しいので、プネーの映画館を借りて自主上映会も何度も開いた。徐々に評判が広がり、海外の映画祭にも招かれ、やっと劇映画デビューの足掛かりをつかむことができました」

手探りで撮った作品に観客が共感する姿を目にしたことも大きな励みになった。来場した人々との対話を通して階層社会という主題を深め、8年近くかけて本作の脚本を完成。昨年のカンヌ国際映画祭の批評家週間部門でプレミア上映し、優れた新人作品に与えられるGAN財団賞を受賞した。欧米やアジア各地でも劇場公開を果たし、フランスではインド映画で歴代ベスト5の興行成績を記録した。

「インドの現実を誠実に描きたかっただけなので、海外でも受け入れられたのはうれしい驚きでした。一方で、どの国でもみんな苦労しているのかなぁ、とも思ったり(笑)。しがらみを乗り越えていく2人にどんな人生が待ち受けているのか。見る人それぞれが思いをはせてくれたらうれしいです」

(文・深津純子)

身分の違い超えた愛の形 インドの女性監督デビュー作『あなたの名前を呼べたなら』

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『あなたの名前を呼べたなら』

決して交わるはずのない、ふたり。
近くて遠いふたつの世界が交差した時――。

経済発展著しいインドのムンバイ。農村出身のメイド、ラトナの夢はファッションデザイナー。夫を亡くした彼女が住み込みで働くのは、建設会社の御曹司アシュヴィンの新婚家庭のはずだった。ところが結婚直前に婚約者の浮気が発覚し破談に……。広すぎる高級マンションで暮らす傷心のアシュヴィンを気遣いながら、ラトナは身の回りの世話をしていた。ある日、彼女がアシュヴィンにあるお願いをしたことから、ふたりの距離が縮まっていくが……。

8月2日(金)よりBunkamuraル・シネマほか全国公開
公式HP:anatanonamae-movie.com/
©2017 Inkpot Films Private Limited, India

ロヘナ・ゲラ
1973年、プネー生まれ。カリフォルニアのスタンフォード大学、ニューヨークのサラ・ローレンス大学(美術学修士号)を卒業。在学中にニューヨークのパラマウント・ピクチャーズでインターンとして映画製作の現場を経験。インド帰国後は大人気テレビシリーズで40以上のエピソードを担当するなど脚本家として活躍し、国際非営利団体の広報責任者なども務めた。

2013年の初ドキュメンタリー『What’s Love Got to Do with It?』はムンバイ国際映画祭などで上映。2018年の『あなたの名前を呼べたなら』で劇映画デビュー。フランス人映画製作者の夫と娘とともにパリに住み、インドと行き来しながら活動を続ける。

俳優・清原果耶さんと「毒」

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