花のない花屋

バイオリンが唯一の仕事に。人生の道しるべをくれた母へ

〈依頼人プロフィール〉
天野千恵さん 58歳 女性
愛知県在住
主婦

     ◇

今年85歳になる母は、もともとピアニストでした。厳格な銀行員の父と、石炭屋の母の長女として生まれ、戦争で疎開も経験したと聞いています。

その疎開先のお寺で出会ったのが、一台のオルガンです。母はオルガンの音色にみせられ、見よう見まねで弾いているうちにどんどん上達し、戦後はオルガンからピアノに移行、名古屋の有名音楽高校に入学し、大学まで進みました。腕前は相当なものだったようで、当時は生演奏だった国体の体操競技のピアノ伴奏をしたり、合唱部のピアニストとして全国大会に行ったりしたこともあったそうです。

結婚し、私を産んだ後も母は音楽を続け、子育てのかたわら非常勤講師としてピアノを教えていました。そんな母だったので、もちろん私も3歳からピアノ、6歳からバイオリンの先生をつけられ、幼い頃から音楽をたたき込まれてきました。

一方、若い頃の私は音楽自体は好きでも、親に人生のレールを敷かれ、言われたことだけをやるのがどうしても嫌でした。母の期待を裏切りたくないと思う半面、そこまで音楽中心に生きる必要はないんじゃないか、もっと違う世界もあるんじゃないか……という反抗心のようなものもありました。そんな気持ちが、大学生くらいまで続いたような気がします。

それでも結局、母が勧めてくれたバイオリンの道を選び、これまで3人の娘たちを育てながら演奏活動を続け、今も音楽を自分の唯一の仕事として続けられているのは、やはり母のおかげでしょう。

幼い頃、どんなに私が嫌がってもレッスンに連れていき、絶対に音楽をやめさせなかったこと。私の演奏会やレッスンがあると、娘たちの面倒を見ていてくれたこと……。いまとなっては、母には感謝しかありません。

母はいま、私の住む隣の市に93歳の父と2人で暮らしています。月に一度ほど会いますが、いざ面と向かうと、なかなか素直にこれまでの感謝を伝えられません。そこで、今さらではありますが、自分の人生に大きな影響を与えてくれた母へ、感謝を伝える花束を作っていただけないでしょうか。

母はいつも明るく前向きで、好奇心旺盛な人です。何かを教えること、おしゃべりをすることが好きで、よく通る声を生かして対面朗読のボランティアなどもしています。母らしく明るいハッキリした色彩の花々で、いい香りのするアレンジをお願いできますでしょうか。ピアニストだったので、花束をもらう機会が人より多かったと思いますが、そんな母でもびっくりするような、珍しいお花も入れていただけるとうれしいです。

バイオリンが唯一の仕事に。人生の道しるべをくれた母へ

花束を作った東さんのコメント

上品な紫やピンクが似合う方ではないかと想像し、はっきりした色の花を中心に、薄い色のものをちりばめました。花材はプロテアやケイトウ、クルクマソウ、カーネーション、エンシクリア、ゼラニウム。見た目だけでなく香りも楽しめる花束になっています。

戦中のオルガンだなんて、この当時においてハイカラな方だったのではないでしょうか。今も気品があってご趣味がいいですね。その一方で、「どんなに私が嫌がってもレッスンに連れていき、絶対に音楽をやめさせなかった」など、厳しさも持ち合わせている。こういったバランスのいい大人がいま、求められているように感じます。

バイオリンが唯一の仕事に。人生の道しるべをくれた母へ

バイオリンが唯一の仕事に。人生の道しるべをくれた母へ

バイオリンが唯一の仕事に。人生の道しるべをくれた母へ

バイオリンが唯一の仕事に。人生の道しるべをくれた母へ

(写真・椎木俊介/ライター・宇佐美里圭)

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フラワーアーティスト・東信 (あずままこと)

バイオリンが唯一の仕事に。人生の道しるべをくれた母へ

1976年生まれ。
2002年より花屋を営み続け、現在は東京・南青山にてオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。2005年よりフラワーアーティストとして、ニューヨーク、パリ、ドイツ、ブラジル等、国内外で精力的な活動を展開。独自の視点から花や植物の美を表現し続けている。
作品集に「ピエール・エルメ サティーヌ」「ENCYCLOPEDIA OF FLOWERSII 植物図鑑」(ともに青幻舎)など。

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PROFILE

  • 宇佐美里圭

    1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

  • 椎木 俊介(写真)

    ボタニカル・フォトグラファー

    2002年、東信とともに、銀座にオートクチュールの花屋「JARDINS des FLEURS」を構える。東が植物による造形表現をはじめると時期を同じくして、カメラを手にし、刻々と朽ちゆき、姿かたちを変容させていってしまう生命のありようを写真に留める活動に傾倒していく。日々、植物に触れ、その生死に向き合ってきたからこそ導き出すことのできる、花や植物のみが生来的に有する自然界特有の色彩や生命力、神秘性を鋭く切り取っていく。

    2011年に初の作品集となる東信との共著『2009-2011 Flowers』(青幻舎)を発表以降、常に独特の視点ですべての東の作品を捉え続け、近年は映像制作にも力を入れ、多岐にわたる活動を行っている。

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天国から見ていて。38歳で急逝した同級生と家族に花束を

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