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幼い目を通して描く、難民危機の現実 『存在のない子供たち』監督インタビュー

「両親を訴えます。こんな世の中に僕を産んだ罪で」。幼い少年の衝撃的なひと言で幕を開ける映画『存在のない子供たち』が公開されている。不法移民が集まるレバノンの貧困地区の過酷な日常を、実際に同様の境遇にある当事者たちが演じた異色の劇映画。是枝裕和監督の『万引き家族』がパルムドールを受賞した昨年のカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した。「完成できたのは奇跡」という撮影の内情をナディーン・ラバキー監督に聞いた。(文・深津純子)

幼い目を通して描く、難民危機の現実 『存在のない子供たち』監督インタビュー

©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

両親を訴えた少年ゼインはおそらく12歳前後。両親が出生届を怠ったため、本当の生年月日は誰も知らない。スラム街のボロアパートに住み、学校には行かず朝から晩まで働いている。路上で物を売り、重い荷物を運び、時には犯罪すれすれの仕事も。つらい日常の唯一の慰めだった妹が、口減らしのために大嫌いな大家と無理やり結婚させられたことから、ゼインは両親と衝突し、家を飛び出す――。

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©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

ラバキー監督は1974年生まれ。内戦のさなかに育ち、大学卒業後はミュージックビデオやCMの監督に。主演・脚本を兼ねた監督デビュー作『キャラメル』(2007年)では、ベイルートのエステサロンの常連客たちの交流を通して、レバノンの複雑な宗教風土や女性たちが抱える問題を軽やかに描いた。俳優としても活躍し、この作品が3本目の長編監督映画になる。

幼い目を通して描く、難民危機の現実 『存在のない子供たち』監督インタビュー

「レバノンは人口600万人の小国ですが、150万人の難民を抱え、その処遇が深刻な社会問題になっています。路上で暮らす子どもたちは日常の光景の一部。たくさんの子が、ガムを売り、物乞いし、重労働に追われている。そんな姿に慣れっこになっていいのか。見て見ぬふりをするのは、犯罪に加担するのと同じではないか。世界中で難民問題が深刻化するなか、そんな思いが募りました。街の片隅で”見えない存在”として扱われる子どもたちを可視化し、彼らの声を伝えるのが映画作家である私の責務だと感じたのです」

「いつ死んでもいい。その方がマシだ」

スラム街や難民施設を回り、ホームレスの人々に声をかけ、3年がかりでリサーチを重ねた。難民や不法移民だけでなく、レバノン人にも出生記録がない子供は多い。レバノンの出生届は手続きが煩雑なうえ、1人あたり1万円近い費用がかかり、子だくさんの貧困層には負担が大きいからだ。大人の無責任が原因だと思っていたが、調査していくうちに、親たちも出生届がなく教育を受けられなかった人が多いことがわかった。

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©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

「虐待と貧困が世代を越えて連鎖する。食べ物をもらうため毎日のようにレイプされているというホームレスの7歳児もいました。差別、買春、児童婚、犯罪、麻薬……深刻な問題が複雑に絡み合い、どれかひとつを取り出すのは不可能です。子どもたちに『生まれて来てよかった?』と尋ねると、ほとんどの子の答えは『ノー』。『どうして腹ペコなのに食べられる子と食べられない子がいるの?』『野良犬の方が大事にされている』『僕らは虫けらなんだ』『いつ死んでも構わない。その方がマシだ』……。来る日も来る日もそんな声を聞くうちに、”子どもが生みの親を訴える”という設定がひらめいたのです」

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©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

ゼインと両親の法廷劇と並行して、そこに至るまでの彼のサバイバルの軌跡が描かれる。路上暮らしで行き詰まった彼に救いの手を差し伸べたのは、偽造ビザで働くエチオピア女性ラヒル。彼女の息子ヨナスの子守をすることになったものの、ほどなくラヒルが不法就労で逮捕され、ゼインは赤ん坊を抱えて更なる苦境に放り出される。

「数年前、トルコの海岸でシリア難民の幼児の遺体が見つかったというニュースがありました。岸辺に打ち上げられた小さな体を見た時の衝撃は今も忘れられません。この子はどんな目にあったのか。もしも口がきけたら、自分をこんな状況に追いやった大人たちに、何を訴えるだろう。そんな自問自答を繰り返しました。その後も多くの子どもが犠牲になっている。こんな状況に歯止めをかけるには、この腐りきった世界の現実を、子ども自身の視点で描かなければいけないと思ったのです」

「当事者」たちと手探りの共同作業

幼い目を通して描く、難民危機の現実 『存在のない子供たち』監督インタビュー

弁護士役で出演もしたラバキ―監督以外、ほとんどのキャストは役柄とよく似た経験をした人々を起用した。持ち前の聡明(そうめい)さで逆境を生き抜く主人公を圧倒的な存在感で演じ切ったゼイン・アル=ラフィーアくんは、4歳でレバノンに移住し、スーパーで下働きをしていたシリア難民の少年。撮影当時12歳だったが、栄養失調で7歳くらいにしか見えなかったという。妹役もシリア難民の少女。ゼインをかくまうラヒルを演じた女性は、戦乱のエリトリアからエチオピアに逃れ、働き口を求めてレバノンに不法入国し、ヨナス役の赤ちゃんは、レバノンで出会ったナイジェリア移民の男性とケニア移民の女性の間に生まれた。

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©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

「読み書きも満足にできない難民を集めてドラマを撮るなんて、自分でもクレージーだと思います。でも、プロの役者や子役を出番の時だけ連れて来ても、まがいものにしかならない。あの状況に演技が入り込む余地はない。実際に同じ体験をした当事者の力を借りなければこの作品は無理。それは当初から確信していました」

撮影も、おのずと独自の方法をとることになった。脚本やセリフは用意せず、シーンごとに出演者と車座になって話し合う。これからどんな光景を撮りたいのか、それぞれがどんな思いを表現したいか。お互いが納得したところで、やっと撮影スタート。プロの俳優を使えば数週間で終わるところ、手探りの撮影は6カ月近くに及んだ。

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©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

「ディレクターズチェアから指示を飛ばして撮れる映画じゃない。現場では常に出演者たちに寄り添っていました。娘の抱っこひもを改造してモニター画面をぶら下げ、背中にバッテリーを背負ったのは我ながら妙案でしたね。おかげで自由自在に動き回ることができた。カメラが回っている間もキャストに声をかけ続けたので、編集者は私の声をカットするのに苦労したはず(笑)。手間はかかったけれど、うそ偽りのない共同作業ができました。ヨナスと同い年の娘の子育て中だったことも、子どもたちの自然な姿をとらえるのに大いに役立ちました」

幼い目を通して描く、難民危機の現実 『存在のない子供たち』監督インタビュー

©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

ヨナスの「ぐずり待ち」や「笑い待ち」で作業が中断することもしばしば。撮影中にヨナスの両親やラヒル役の女性が不法滞在で拘束されるなど、劇中の展開を地で行くトラブルにも何度も見舞われた。

「完成時期どころか、明日の予定すら見えない。本当にハードな現場でした。映画産業が未熟なレバノンでは欧州の製作助成で映画を作るのが一般的なのですが、この企画はリスキーすぎるから、製作費はすべて自前。この映画の音楽を担当した夫がプロデューサーを兼ねて奔走してくれたのですが、完成した時は白髪だらけになっていました。辛抱強くつきあってくれたスタッフ、キャストの存在も心強かった。みんなのためにも絶対にいい作品にしたいと思っていました」

映画の後に、新たなドラマが

幼い目を通して描く、難民危機の現実 『存在のない子供たち』監督インタビュー

©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

社会の片隅に追いやられていた人々が、自らのコミュニティーの代表を演じたことで自尊心を取り戻していく姿にも勇気づけられたという。撮影終了後、ゼインくん一家はノルウェーへの移住が認められ、今は新天地の学校に通っている。読み書きができず物乞いをしていた妹役の少女もベイルートの学校に入り、クラスで1番の優等生に。ヨナス役の赤ちゃんは母とケニアに戻り、幼稚園に通い始めた。

「ゼインの新生活を追ったドキュメンタリーも製作中です。みんなの状況がいい方向に変わってくれて本当によかった。『つらい話だったけれど、この作品を見たことで難民問題が他人事ではなくなった』と言ってくれた人も多く、レバノンでは議論が盛り上がっています。余りにも大きな問題だから、私ひとりに何が変えられるのかはわかりません。でも、変える努力は続けたい。これからも、自分ならではの方法で挑戦していくつもりです」

幼い目を通して描く、難民危機の現実 『存在のない子供たち』監督インタビュー

存在のない子供たち

カンヌ国際映画祭2018 コンペティション部門 審査員賞、エキュメニカル審査員賞 受賞
本年度ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞 ノミネート
本年度アカデミー賞®外国語映画賞 ノミネート

両親を告訴する。
こんな世の中に僕を産んだから。

「僕を産んだ罪」として、わずか12歳で両親を告訴した主人公ゼイン。中東の貧民窟に生まれ、両親が出生届を出さなかったために、自分の誕生日も知らず、戸籍もない。唯一の支えだった大切な妹が11歳で強制結婚させられ、怒りと悲しみから家を飛び出したゼインを待っていたのは、さらに過酷な“現実”だった。果たして彼の未来とは―。

シネスイッチ銀座、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開中
公式HP:sonzai-movie.jp/
©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

ナディーン・ラバキー

1974年ベイルート生まれ。ベイルート・サンジョセフ大学で視聴覚学を専攻。卒業後はテレビのコマーシャルや地元アーティストの音楽ビデオの監督として活躍。
2005年にカンヌ国際映画祭の新人育成制度の参加者に選ばれ、初長編『キャラメル』の脚本を執筆。自ら主演・監督した同作は2007年のカンヌの監督週間でユース審査員賞を受賞し、日本を含む世界60カ国以上で上映された。

2011年に長編第2作『Where Do We Go Now』を発表。俳優としても、フレッド・カヴァイエ監督『友よ、さらばと言おう』、グザヴィエ・ボーヴォワ監督『チャップリンからの贈り物』など多数の作品に出演する。すべての監督作品の音楽を手掛ける夫のハーレド・ムザンナル氏との間に10歳の息子と3歳の娘がいる。

身分の違い超えた愛の形 インドの女性監督デビュー作『あなたの名前を呼べたなら』

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有村架純さん「幼いときから感じていた。人一倍頑張って生きていかなければいけないと」

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