シェアの先の共同生活。ニューヨーク州イサカの「エコビレッジ」

シェアの先の共同生活。ニューヨーク州イサカの「エコビレッジ」

手前の大きな人口沼では、夏は水泳、冬はスケートができる

「ニューヨーク州のイサカには素晴らしいエコビレッジがあるのよ」。彼の地に17年間住んでいる友人からそう聞いたとき、なんとなく気になるものがあった。ヒッピーの“コミューン”とも少し違い、持続可能な生活や自然との共生を目的にして、共同生活を送っている村があるとのことだった。近年、シェアハウス、シェアエコノミーといった「シェア」という概念が日本でもすっかり定着したが、この「エコビレッジ」にはその先にある暮らし方のヒントがあるのではないか……。そんな気がしたのだ。しかも、その村には日本人女性も住んでいるという。これは行かない手がない。訪問の機会をうかがっていると、さわやかな夏の初めにチャンスが訪れた。
(文/写真 宇佐美里圭)

 マンハッタンから車で5時間ほど北上した町、イサカはアイビーリーグのひとつ、コーネル大学があることで知られている。「Eco Village at Ithaca(エコビレッジ・イサカ)」は1991年、ニューヨーク州で最初に設立されたエコビレッジだ。米・ラトガーズ大学の大学院生の研究によると、イサカのエコビレッジでのカーボンフットプリント(炭素の使用量)は、一般的なアメリカ人の家庭よりも70%も少ないという。

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エコビレッジは、FROG、SONG、TREEの3エリアに分けられている

 エコビレッジ自体は、60年代のデンマークが発祥の地と言われ、もともとは 「Cohousing(コウハウジング)」という集合住宅や共同体を指す言葉だったようだ。 それが80年代にアメリカで広まり、今や「エコビレッジ」はアメリカだけで120以上あり、日本を含めたアジア、ヨーロッパ、南米、アフリカなどでも増え続けている。

 イサカの中心部から車で10分ほど坂道を上がり、脇道に入ると、エコビレッジがあった。「空が広い!」というのが第一印象だ。小高い丘の上にあり、視界を遮るものがない。約70ヘクタール、東京ドームにしておよそ15個分の広大な敷地は明るく開けており、中心部にはモダンなエコハウスが連なっている。2015年に完成した新しい居住地区の裏には深い雑木林があり、池の向こうには見渡すかぎりの丘が広がる。鳥の鳴き声を聞きながら、思わず深呼吸をした。

ブルックリンの本屋で買っていた、1冊の本

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千恵子・ピパさんとカート・ピパさんご夫妻

 ここに08年から住んでいる日本人女性が、栃木県出身の千恵子・ピパさんだ。アメリカ人の夫、カート・ピパさんと一緒にアメリカへ来たのが03年のこと。最初はニューヨーク・ブルックリンに4年半、ロングアイランドに10カ月ほど住んでいたが、そのうち「自分たちの家が欲しい」と、ニューヨーク近郊の自然豊かな場所を車でまわり、家探しをするようになった。イサカのエコビレッジを見つけたのは、まるで“運命”のようだった。

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千恵子さんご夫妻の家。南向きに大きな窓がとられている

「ずいぶん前にブルックリンの本屋で買い、そのまま本棚にしまっていた本があったんです。それが『ECO VILLAGE at ITHACA』。家を探しているときに夫が偶然見つけ、改めて読んでみたら『おもしろそうな場所があるぞ』と。調べてみると見学ツアーがあったので、ビレッジ内のゲストハウスを予約し、さっそく行ってみることにしました」(千恵子さん)

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FROGエリアの小道。両脇に家が向き合って立っている

 イサカのエコビレッジは97年に完成した第1居住区(FROG)、06年に完成した第2居住区(SONG)、15年に完成した第3居住区(TREE)からなり、現在は合計100戸に乳幼児から80代までおよそ250人が住んでいる。千恵子さん夫妻が訪れたときは、ちょうど第3居住区となる TREEのプロジェクトが立ち上がり、3週間に1度、入居希望者たちがミーティングをしている時期だった。

「エコビレッジではどんな家に住みたいか、どんな暮らしをしたいかといったコンセプト作りから、実際の建築家選び、デザイン決めまで、すべてみんなで話し合い、コンセンサスをとって決めていきます。だから、ものすごく時間がかかるんですよ」(カートさん)

電気のほとんどはソーラーパネルから

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コモンハウスにある広い共同キッチン

 千恵子さん夫妻はしばらくの間、毎月ニューヨークからイサカのエコビレッジへ通い、ミーティングに参加していたが、片道5時間弱のドライブを繰り返すのはなかなかの重労働。そこで、空きが出ていた賃貸の部屋に住んでミーティングに参加し、TREEで自分たちの家を建てようと、08年に引っ越してきたのだ。

「で、結局そのときから10年以上ここにいます(笑)。TREEが完成するまで7、8年かかってしまい、そのうちもうこの家でいいかな、となってしまって……」(千恵子さん)

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コモンハウスのサロン。どこの窓からも美しい風景が見える

共同で使う家、オフィス、日用雑貨

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コモンミールは大切なコミュニケーションの時間(撮影:千恵子・ピパさん)

 ちなみに、FROGは30戸すべての家が向かい合って建っており、エネルギー効率をよくするため、2軒ずつ連結した「デュープレックスハウス」のスタイルを採用している。向かい合った大小の家の間には花や果樹が植えられた小道があり、まるでヨーロッパの小さな村に迷い込んだよう。

 住人が共同で使うコモンハウス(それぞれの居住区にコモンハウスがある)の1階には美しい景色が見渡せる食堂、レストランのような大きなキッチン、ソファの置いてあるリビングがあり、ここでクリスマスパーティーや卓球トーナメント、コンサート、タレントショー、キャンドルナイト、映画会など年間を通してさまざまなイベントが行われるという。

 さらに保育園のような広いキッズスペース、有料で借りられるオフィス、30世帯が共有で使うランドリー、小さなサウナボックス、空手やヨガができるマットルームなどがあり、とにかく設備が充実している。中でも千恵子さん夫妻がお気に入りなのは、「リユース・ルーム」だ。

「みんな自分が使わなくなったものをここに持ってくるんです。たまにのぞいてみると、欲しいものがあったりするし、自分たちが使わなくなったものも捨てなくてすむからいいんですよね」と千恵子さん。棚には洋服やサングラス、帽子といったものから、日用雑貨やおもちゃまで、いろいろなものが並んでいた。

みんなでディナー「コモンミール」

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食堂のテーブルには地元で摘んだ花が生けられていた

 エコビレッジでは「コモンミール」、つまり住人やゲストが集まってみんなでディナーを食べる時間も特徴の一つだ。ここでは週2~4回コモンミールがあり、住人のボランティアクックチームが料理を、クリーンアップチームが片付けを担当している。参加は自由で、1週間ほど前にメニューが決まり、数日前に予約をする。1人4ドルほどの参加費で、地元でとれたオーガニック野菜を使った料理が食べられるというのは、忙しい子育て世代にはかなりうれしい特典だろう。コモンミールは、買い物から調理、生ゴミの処理までにかかるコストとエネルギーを減らす狙いがあるが、もちろんそれだけでなく、住人同士のコミュニケーションを円滑にする重要な役割も果たしている。

 敷地内には、夏はプール、冬はスケートリンクになる大きな池があったり、 オーガニック野菜を育てる広大なファームが4カ所もあったり……。ゆったりとした美しい敷地内を歩いているだけで、自然の中にいる安堵(あんど)感と、美しい風景の中にいる高揚感を感じることができる。一体、これ以上のぜいたくがあるだろうか? 歩きながら、あこがれのため息が出た。

後編に続く

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PROFILE

宇佐美里圭

1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

20歳で単身インドへ。タブラ奏者U-zhaanの原点(前編)

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