7世代後のことを考えて暮らす。イサカ「エコビレッジ」

 

>>「エコビレッジ」前編から続く

7世代後のことを考えて暮らす。イサカ「エコビレッジ」

一番新しい居住エリア「TREE」にはアパートタイプもある

アメリカ・ニューヨーク州イサカのエコビレッジに住む千恵子・ピパさんの朝は早い。5時半頃、鳥の鳴き声で目覚めると、そのまま約70ヘクタールもある広大な敷地内を1時間ほどかけて散歩をする。丘の向こうから昇る朝日を眺め、自然の中に身をおいてゆっくりと自分と向き合う。誰にも邪魔されない、大切な時間だ。

午前中は大人に、午後は子どもたちにピアノを教え、夜はバルコニーにキャンドルを灯して夫とディナーをとる。自然に身をゆだねたエコビレッジの生活は、何にも代え難いぜいたくな暮らしに見える。

大好きなガーデニング、自分のものは「シャベルくらい」

7世代後のことを考えて暮らす。イサカ「エコビレッジ」

どこを見ても心が穏やかになる風景が

千恵子さん夫妻にここに住む利点を聞くと、開口一番「モノをシェアできるということですね」との返事。広大な敷地や畑、雑木林、泳げるほど大きな池、大きなプロジェクター、サウナ、充実したキッズスペース……個人では所有が難しいものでも、共同住宅では可能になる。「私たちはガーデニングが好きなんですが、持っている道具は小さなシャベルくらい。一通りのものは何でもそろっているので、わざわざ自分で買わなくてもいいんですよ」と夫のカートさんが続けた。

ただし、シェアするということは、誰かが管理しなくてはいけないということ。そこには必然的にルールが生まれてくる。とはいっても、イサカのエコビレッジにはそれほど厳格な決まりや義務はないそうだ。唯一の義務は「大人は週2~4時間ボランティアワークをする」ということくらい。千恵子さんはコモンハウスのトイレ掃除、カートさんはコンポスト(堆肥)作りを担当している。他にも、調理や食事の片付け、買い物、経理、庭管理、ミーティング管理など仕事はいろいろあるようだ。

住人たちは“Extended family(拡張家族)”

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敷地内のあちこちに子どもが遊べるスペースがある

エコビレッジでは、建物のデザインから道具や車などのシェアの仕方、エネルギー削減や再利用、リサイクルの方法まで、あらゆることを話し合って決める。コミュニティーに住むということで、息苦しさはないだろうかと思ってしまうが、そのあたりは多文化が混在するアメリカ。お互いに違いを受け入れるという考え方がベースとしてあり、リラックスして過ごせると千恵子さんは言う。不便さよりも、むしろコミュニティーで暮らすメリットの方が多いようだ。

住人たちの出身地はアメリカ国内だけでなく、南米、ヨーロッパ、アジアと多種多様で、年齢も乳幼児から80代までと幅広い。それぞれが自分の仕事を持っており、医者、看護師、セラピスト、カウンセラー、弁護士、大学教授、牧師、農家、ジャーナリスト、写真家、アーティストなどいろいろなプロフェッショナルが住んでいる。「何でも自分たちでやってみよう!」という気概のある人が多いので、ここに住むことで思ってもみなかった体験をすることも多いと千恵子さんは言う。

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10年以上ここに住む千恵子・ピパさん、カート・ピパさんご夫妻

「引っ越して2、3日目の朝、散歩をしていたらファームにたどり着いたんです。看板に『ご自由にお入りください』と書いてあったので、中に入って”Can I walk? ” と出会った人に聞いたら、どうぞとカゴを渡されて。なんだろうと思ったら、どうやら”Can I work?”と聞き間違われたようで(笑)。突然農作業をすることになっちゃったんです。そのときにもらったキャベツがものすごくおいしくて、こんなに甘いものがあるのか!と感動しました。それがきっかけで、農作業のボランティアをすることになったんですよ。作業小屋を建てるために大工仕事を教えてもらったこともあります。ここに住まなきゃ一生やらなかったかもしれませんね」

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コンポスト作りに精を出すカートさん(右端)たち(撮影:千恵子・ピパさん)

エコビレッジの住人になるには、基本的には家の購入が必須だが、賃貸の人も10%程度いるという。物件の大きさや古さにもよるが、賃貸の場合は300ドルくらいのルームシェアから、一軒まるごと20万円くらいの家まである。購入の場合は4000万円くらいの家もあるというが、値段にはかなりばらつきがあるようだ。

「結局、オーナーシップという感覚が大事なんです。住人たちは言ってみれば、“Extended family(拡張家族)”。自分で家を買い、長く住みながらコミュニティーを作っていくことに意味があるので、基本的には買って長く住んでいる人が多いですね」とカートさんが付け加えた。

ていねいなステップを踏んで、コミュニティーに入っていく

7世代後のことを考えて暮らす。イサカ「エコビレッジ」

居住者たちの畑があちこちに。新鮮な無農薬野菜が日常的に食べられる

面白いのは、入居までの “セルフ・セレクティング・システム”というプロセスだ。入居希望者はイサカのエコビレッジに関する本を読むこと、ツアーを受けること、ボランティアに参加すること、2泊以上ゲストハウスに泊まること、ミーティングに2回以上出ること……などいくつかのプロセスを経て、自らこの環境にフィットするかどうかを確認してから入る。そのようなていねいなステップを踏むことで、入居後もスムーズにコミュニティーに入れるのだ。

千恵子さん夫妻はエコビレッジで暮らし始めてはや10年が過ぎた。ブルックリンという都会から移り住んで何か大きく変わっただろうか。

7世代後のことを考えて暮らす。イサカ「エコビレッジ」

千恵子さんご夫妻の家は、一階にリビングとキッチンがある

「ニューヨークは人種のるつぼで、一流のものが世界中から集まってくるところ。お金さえあれば何でも手に入ります。でも……ここの空気はお金では買えないんですよね。イサカのエコビレッジは空気がきれいで、夜は信じられないほど星が見えます。日常の中で自然の豊かさを感じられる。しかも、何でも話せる友人たちが周りにいて、ほっと安心できます。結局、それを超える贅沢ってないんじゃないかな?と最近は思うんです。モノがなくても、何もないところから工夫をしてく方が楽しいし、逆に既製品ばかりに囲まれていると、目の前にある“宝物”が見えにくくなってしまうので…… 」

そう言いながら、千恵子さんは毎朝散歩に来るという池を眺めた。最近は、日本に帰ることがあったら、ここでの経験を故郷に還元できないだろうか、とよく考えるという。

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ご近所同士で立ち止まっておしゃべり……穏やかな時間が流れる

「イサカの人はよく、『7世代あとのことを考えて行動しよう』と言います。もともとはネイティブアメリカンの教えですが、今便利だからという理由で判断せず、7世代あとのことを考えて判断しよう、と……。人、地球が生き残れるために今やるべきことは何だろう、と常に考えるようになりましたね」

エコビレッジは国や自治体に比べれば小さなコミュニティーだが、だからこそいろいろな実験ができる場所でもある。こんな世界もあるのか、と目が覚める思いだった。

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PROFILE

宇佐美里圭

1979年、東京都生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。ワールドミュージック誌、スペイン語通訳、女性誌、『週刊朝日』編集部を経て、『アサヒカメラ』編集部。料理研究家・行正り香さんの書籍を多数手がける。ラテン音楽、山、ワインが好き。

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