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<119>昭和モダン空間に新たな輝き 「FARO COFFEE & CATERING」

 東京メトロ丸ノ内線本郷三丁目の2番出口を出る。本郷通りを右に曲がって少し歩くと、担々麺屋とうどん屋に差しかかる。東京大学のおひざ元で、ビジネスパーソンも多いことから、ランチタイムともなると大勢の客でにぎわっている。

<119>昭和モダン空間に新たな輝き 「FARO COFFEE & CATERING」

 目的地である「FARO COFFEE & CATERING」の入り口は、この担々麺屋とうどん屋の間にある。木製の急な階段があるのを見落としそうになるのでご注意を。そして、階段をのぼる前にぜひビルを見上げてほしい。うっすらとグレーがかった外壁に、凝った装飾に彩られた最上部。丸みのあるコーナー部分が特徴的な洋風建築がそびえ立つ。ただ通りを歩いているだけだと、飲食店を横目に通り過ぎてしまいそうだが、実はこんな趣のある建物が存在していたなんて!

「昭和初期に関東大震災の復興建築として1930年代に建てられたものなので、築80年は経っています」

<119>昭和モダン空間に新たな輝き 「FARO COFFEE & CATERING」

 そう教えてくれたのは、一級建築士事務所「FARO DESIGN」共同代表で建築士の森政巳さん(45)。「FARO COFFEE & CATERING」代表の大谷知帆さん(45)とは美大時代からの知り合いで、今はこの空間を一緒に運営している。板張りの床に、剥(む)き出しのコンクリートの壁。無機質のようでいて、どこか温(ぬく)もりも感じられる空間だ。店がオープンしたのは2016年3月だが、店をここまで造り上げるのにはかなりの紆余(うよ)曲折があった。

 そもそもこの建物は、糸問屋の越前屋の店舗として建てられたのが始まりで、創始者の名が越前屋惣兵衛。だからビルの名前は略して「エチソウビル」という。森さんは仲間と共同でこのビルの数室を借り、「FARO DESIGN」を立ち上げた。

 一方、大谷さんはグラフィックデザイナーの傍ら、料理好きが高じてフードデザイナーとしても活躍していた。ケータリングの仕事もしていたが、作業場が欲しくなり、「いい場所知らない?」と森さんに相談したところ、「FARO DESIGN」の隣にあり、長らく空室になっていたこの広い空間が浮上した。東日本大震災までは雀荘が入っていたが、長らく借り手がいなかったのだ。

「私の中ではデザインも料理もクリエイションという点では同じ。デザインは人の顔があまり見えなくてちょっとつまらない。でも料理は食べる人の顔が見えますよね。でも、当初想定していたよりも広かったため、カフェをやろうってことになったんです」(大谷さん)

 今でこそ建設当時のままの大きな窓がたくさんある空間となっているが、雀荘時代は時間の感覚を麻痺(まひ)させるためか、外光が入らないようにベニヤ板で覆われており、壁に取り付けられた換気扇にはタバコのヤニがべったりと付いていたという。森さんは、壁や床を少しずつ剥がしながら、建設当時の壁や床を探し当てていった。また、「FARO DESIGN」が入居している部屋は、後年増築された部分にあり、元雀荘とは壁で隔てられていたのだが、試しに穴をあけてみたところ、壁を壊せば連結できることが判明した。

<119>昭和モダン空間に新たな輝き 「FARO COFFEE & CATERING」

「何もかもが手探りで、遺跡を少しずつ掘り起こすような感じでした。わくわくしましたけど、どういう空間になるかは最後までわからなかったですね」(森さん)

 今の店の床は、糸問屋時代のもの。壁もあえてコンクリートのままにした。キッチンなど新しく作る部分には、かつて学校などで多用され、経年によって味わいが出るラワン材を用いるなど、この建物が持つ良さを引き出すことを第一に考えた。このように、森さんたちが丁寧に“発掘”しながらリノベーションしたおかげで、80年の時を経たからこその独特の雰囲気と、現代的な機能性やデザイン性を持ち合わせた空間が誕生した。

「東大の留学生が多いからか、外国人のお客さんも多いのですが、アメリカやドイツなどいろんな国の方が、ここに来て『地元を思い出す』『ほっとする』って言ってくださるんですけど、不思議ですよね」(大谷さん)

「FARO DESIGN」に通ずるガラス張りのドアに目を向けると、ドアを囲むように、壁一面に本棚が設置されている。ここにはドイツ・ベルリンに拠点を置く、美術系出版社「ゲシュタルテン」の刊行物がずらりと並べられ、日本ではなかなかお目にかかれない美術書を自由に閲覧できるようになっている。

「当初、広い空間を生かしてギャラリーにしようと思ったのですが、窓が多くて壁面が少ないことから断念しました。その時、相談に乗ってくれた友人が当時、ゲシュタルテンの日本の販売窓口を担当していて、本国と話を通して公式ライブラリーが設置できることになったんです。なので、本棚は急遽(きゅうきょ)作ってもらいました(笑)」(大谷さん)

<119>昭和モダン空間に新たな輝き 「FARO COFFEE & CATERING」

 オープンして3年以上が過ぎたが、いまだに客に「最近できたんですか?」「全然気づかなかった!」と言われるという。ランチタイムはバタバタするものの、基本的には静かな空間で、仕事や勉強をする人が多いそう。

「1階のうどん屋さんなどのインパクトが大きすぎてここの存在に気づかず、通り過ぎてしまわれることも多いようです。図書館のようなアカデミックな感じがいいなと思っていたので、ここのゆったりとした落ち着いた空間は気に入っています」(大谷さん)

 「FARO DESIGN」のオフィスでは、この店がオープンする前から、事務所に多くの友人、知人を集めてパーティーなどを開いていたという。この店でもその流れを受け継いだのか、ライブや各種イベントを頻繁に行っている。

「スタッフを採用する時も、『カフェをやりたい』という人よりも、『ここで面白いことをやりたい』という人に声をかけているくらいで、もっと、この空間のことを知ってほしいということもあり、人が集まるイベントを積極的に開催して、ハブ的な存在でありたいと思っています」(大谷さん)

<119>昭和モダン空間に新たな輝き 「FARO COFFEE & CATERING」

 かつてここは糸問屋のあと、ダンスホールだったという噂(うわさ)が残っている。真偽のほどは定かではないが、ダンスホールから雀荘、そして本のあるカフェと、時代の変遷によって、社交場として脈々と受け継がれていることには違いがない。昭和初期から今もなお現役で存在する建物は、多くの人が集い、使い続けられることによって、さらなる魅力を放っている。

<119>昭和モダン空間に新たな輝き 「FARO COFFEE & CATERING」

■おすすめの3冊

『CLOSER TO GOD :Religious Architecture and Sacred Spaces』(編/Robert Klanten、Lukas Feireiss)
今回のおすすめはもちろん、全てゲシュタルト社刊の美術書から。現在、日本では書店で流通していないため、古書店やネットで在庫を探すしかないという。しかし、ここに来れば、いつでも手に取ることができる。こちらは世界中の教会建築を集めた一冊。「古い建物や教会の建物が個人的に好き。古いものから現代的なものまでさまざまな教会の写真や見取り図などが掲載されていて、眺めているだけで気持ちがよくなる一冊です。完全に私の趣味ではありますが……」(大谷さん、以下同)

『The Delicious』(編/Robert Klanten、Giulia Pines、Sven Ehmann)
フードデザインの実例が多数掲載された美術書。「私はデザイナーなので、見た目の美しさや楽しさが好き。フードデザインに興味を持ったのは、食べ物でデザインするのがすごく面白いと思ったから。この本には、食べ物を使って面白いことをやっている人がたくさんいて、その実例が紹介されているので、すごく刺激を受けます」

『Knife and Fork: Visual Identities for Restaurants, Food and Beverage』(編/Robert Klanten 、Anna Sinofzik)
レストランで使うショップカードやメニュー、包装紙など、あらゆるデザイン素材の実例がたくさん詰まった一冊。「私もお店のメニューやフライヤーなどを自分で作っていますが、ここには世界中のいろんなお店のデザイン物が掲載されていて、参考にさせてもらっています」

FARO COFFEE & CATERING
東京都文京区本郷2-39-7 エチソウビル204
https://www.facebook.com/farocoffee/

(写真・石野明子)

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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