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<120>西荻窪の「書斎」でクラフトビールを 「BREWBOOKS」

 JR中央線西荻窪駅といえば、「住みたい街ランキング」上位の常連である吉祥寺の隣駅。土日は快速電車が通過し、大きな商業施設があるわけでもない。新宿から約15分という近さなのに、味わい深い個人経営の飲食店などが多く、どこかのんびりとした雰囲気も併せ持つ。

<120>西荻窪の「書斎」でクラフトビールを 「BREWBOOKS」

 そんな居心地の良さに惹(ひ)かれて引っ越し、そのまま居着いてしまう人も少なくない。2018年10月にオープンした、「BREWBOOKS」オーナーの尾崎大輔さん(37)もその一人だ。大学で日本文学を学んだ根っからの本好きで、卒業後はIT業界に就職。システムエンジニア(SE)として携帯電話のアプリ開発などに携わっていた。

 社会人になってから西荻窪に引っ越し、この街が大好きになった尾崎さんは、深夜に帰って寝るだけの場所と化している状態を「もったいない」と感じるようになった。

「西荻窪は面白い街で、すごく気に入っています。だから、ここで寝るだけじゃなくて、街に関わる仕事をしてみたいと思うようになったんです」

 もともとクラフトビールと本が好きだったことから、「飲みながら本が読める店があればいいのに」と思いが膨らんでいった尾崎さん。それを具現化してみようと、行動に移すことにした。

「仕事は忙しくて大変でしたけど、やりたいことのために早起きしたり、帰宅後に時間を作ったりするのは苦じゃないタイプなので。計画を立てている時って、一番楽しいですよね」

 飲食店や書店で働いた経験はない。しかし、尾崎さんの中では、本屋をやるなら新刊書店がいいというイメージがあった。そこで、「本屋B&B」(下北沢)などを経営する内沼晋太郎さんの『これからの本屋読本』や、 「Title」(荻窪)店主・辻山良雄さんの『本屋、はじめました 新刊書店Title開業の記録』などを読み、書店運営について学んでいった。それと並行して物件も探し始めた。

「場所を西荻窪に絞った時点で、物件候補は片手に収まるくらいしかなかったので、そんなに大変ではありませんでした」

 尾崎さんが見つけたのは、JR西荻窪駅南口から徒歩5分のところにある、元ギャラリー兼住居の戸建て物件。赤いレンガの外壁が特徴で、1階のギャラリースペースには展示用のスポットライトが残ったまま。急な階段を上ると、昭和の香り漂う居住スペースとなっていた。想定より高い家賃だったが、直感で「ここしかない!」と思ったという。

<120>西荻窪の「書斎」でクラフトビールを 「BREWBOOKS」

 1階を書店に、2階を読書や勉強ができる「書斎」にすることにした。書店では尾崎さん自身が選書した酒や食、文芸、エッセイなどの本を並べた。その後、向かいの児童館を訪れた親子が立ち寄ることもあり、絵本も扱いはじめた。

 奥のレジカウンターには冷えたクラフトビールの入った冷蔵庫とタップ(樽生ビールの注ぎ口)があり、常時10~15種類を揃(そろ)えている。クラフトビールはMountain River Brewery、志賀高原ビール、ブリュードッグなどを、タップはさまざまな種類のクラフトビールを週替わりで提供している。

 2階の「書斎」は、畳敷きにクッションや文机などがある、旅館の一室のような空間。利用は時間制で、1時間1000円(クラフトビールかソフトドリンク1杯付き、ドリンクなしは600円)。物件内見時、2階の床はフローリングだったが、尾崎さんはまたもや直感で「ここに畳を敷きたい」と思ったという。飲食店を営む知人に相談してみたところ、「お客さんは靴を脱がなきゃいけないので敬遠されるからやめといたほうがいい」と言われた。しかし、尾崎さんの考えは変わらなかった。

「ここは読書の場だけでなく、イベントスペースとしてもうまく機能しています。靴を脱ぐとリラックスできるのか、ワイワイ盛り上がるんです」

 店の認知度を高めるためにもイベントの重要性は認識していた。そこで、オープンして間もない頃にSNSで告知して読書会を開催したところ、すぐ満席に。その後、お店に来た人やSNSを見た人から、「こんなイベントをやってみたい」と提案される機会が増えたという。

「全部自分で企画するのはものすごく大変なので、『こんなことやりたい』って言ってくれると助かります。基本的には何でもとりあえずやってみることにしています。失敗したとしても、ただ人が来なかっただけで実害や実損はないですし」

<120>西荻窪の「書斎」でクラフトビールを 「BREWBOOKS」

 イベントなど店に関する情報は、Webサイトやツイッター、インスタグラムなどで随時発信している。気になるのは、ツイッターのアカウント名に添えられた、「β(ver 0.24.0)」という表記。「β」とは、正式版リリース前の開発途中にあるソフトウェアにつけられるもので、機能改良などが行われるたびに数字が更新される。やがて正式版が完成すれば、β表記がなくなるのが一般的だ。なぜアカウントにβを付けているのだろうか?

「自分で『上がったな』と感じた時に変えています。はじめはver 0.0.1だったので、そこそこ上がってきましたね。この店はまだまだβ版状態ではありますが、本屋に“完成” はないので、βはとれなくてもいいのかなと思っています」

 店頭に並べる本の選書やイベントの企画はもちろんのこと、本棚の一角を貸す「間借り本棚」や、製本家が手がける「本のリメイク」など、次々といろんなことを実行している尾崎さん。いいと思った“機能”があればとりあえず実装してみて、だめなら別のアイデアを試してみる。元SEによる開発作業は途絶えることはなく、完成形は本人にもわからない。一つ確かに言えることは、尾崎さん自身がそれを楽しんでいて、この空間に引き寄せられる人たちが確実に増えているということだ。

<120>西荻窪の「書斎」でクラフトビールを 「BREWBOOKS」

■おすすめの3冊

イオマンテ めぐるいのちの贈り物(文/寮美千子、絵/小林敏也)
北の先住民族アイヌが行っていた、子熊を数年育てた後、神の元へ送り返すために殺害する儀式「イオマンテ」。自然への感謝の気持ちや畏敬の念が込められたこの儀式を通して知る、命の物語。「子ども向けの絵本ですが、大人が読むと生命の循環やダイナミックさが伝わってきます。向かいが児童館なので、絵本を揃えるようになったのですが、大人になったからこその気付きもたくさん得られました」

ほとんど見えない(著/マーク・ストランド、訳/森邦夫)
「アメリカ桂冠詩人」の称号を与えられた著者による、最期の散文集。「詩とは言えないような散文が47点収録されています。とても短いんですけど、すごくシュールでなんのこっちゃというものも多く、意味について説明できないんですけど、印象的な一冊です」

世界が若かったころ―ジャック・ロンドンショートセレクション(著/ジャック・ロンドン、絵/ヨシタケシンスケ)
アメリカの作家・ジャーナリストのジャック・ロンドンの短編集。生きのびるために知恵の火をおこす人々の物語。「ジャック・ロンドンはもともと何冊か読んでいて、これはわりと最近読んだものですが、やっぱり面白い。厳しい自然がテーマで、それに対峙する人たちをリアルに、ハードに描いています。極限の状態を追体験できます」

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BREWBOOKS
東京都杉並区西荻南3-4-5
https://brewbooks.net/

(写真・山本倫子)

>>写真の続きは画面下のギャラリーをご覧ください ※写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます。

PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
https://note.mu/akikoyoshikawa

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