POSTURBAN &農存

移住者が復活させたお祭り。千葉県鴨川市大山「よそ者の盆踊り」

日本在住23年の、ルイス・テンプラードさんによる連載「POSTURBAN &農存(のうそん)」。ルイスさんは、平日は東京で過ごし、週末は南房総に住まいを構えて農業に取り組む、2拠点生活をしています。POSTURBAN=都市時代の先の生き方をテーマに、南房総での生活や、農業をめぐる様々なプロジェクトのこと、さらに日本の農ライフスタイルについて思うことを、動画と写真、そして日本語と英語の記事でお伝えしていきます。4回目は、ルイスさんが2年をかけて追い続けた、鴨川・大山地域の盆踊りのお話です。

移住者が復活させたお祭り。千葉県鴨川市大山「よそ者の盆踊り」

山が暗くなるまで演奏を続けるイマジン盆踊り部のステージ。部の多くのメンバーは横浜、鎌倉から来た/千葉県鴨川市 大山地域のSatoyama Design Factoryにて 2019年

太鼓の湿った鼓動とアナログ音声のわびしい唄を遠くから聴くと、言葉が分からなくても誰でも感じ取れるでしょう―― 盆踊りはあの世にも届く奉納だ。ただ分かりづらいのは、この行事のタイミングだ。まるでセミの登場のような自然現象で、時期になると浴衣姿の人たちが集まり、提灯(ちょうちん)の明かりで円を描いて踊る。東京ではこの催し物に毎年必ず偶然に出会い、会う度に深く感動します。

自然豊かな田舎に暮らし始めたら、盆踊り大会は絶滅寸前だとわかった。周りに聞いたら、自分がいる鴨川市の大山地域ではもうだいぶ前になくなったようだ。だが不思議な縁で昨年、またその催しの音が耳に入った。別の外国人移住者がその前の年、東京湾の向こうから人を呼んで盆踊り大会を復活させたのだ。

「盆踊りは昔やっていたが、婦人会組織がなくなったら、終わりになった」と説明するのは、地元の小川直男さん(86)。地域の名所大山不動尊(標高219メートル)の前に暮らしている小川さんは、大山不動尊保存会をはじめ、あらゆる手で地元の歴史や暮らしぶりを守ることに努めている。
「要するに盆踊りはその婦人会の下にやっていたが、その組織がバラバラになってしまって、人が集まる機会がなくなった。それが、途絶えた第一の原因です」

小川さんに盆踊り大会を再び開催する話をもちかけたのは、大山の麓(ふもと)に住んでいる、アメリカ国籍の翻訳者クリス・ハリントンさん(Chris Harrington)だった。長年、大山地域に住んでいるクリスさんはこの5~6年、地域に外国籍の人を誘ってきた。彼らと地元の「外交官」であり、近所に住む歌手、加藤登紀子さんのサックスマンでもある。夏になったら山車に乗り、祭りでは笛の名人となる。

移住者が復活させたお祭り。千葉県鴨川市大山「よそ者の盆踊り」

大山音頭の会の小川直男さん、「awanova盆踊り」のオーガナイザー、クリス・ハリントンさんと加藤登紀子さん/千葉県鴨川市 大山地域のSatoyama Design Factoryにて 2019年

クリスさんの企画は、その「みんなで踊ろう!awanova盆踊り」大会を、外国人の集会所「Satoyama Design Factory」(通称SDFというワークショップ兼コミュニティースペース)で開くというものだった。これはある意味「よそ者の盆踊り」とも言える。音楽は皆が慣れている音頭のテープを繰り返し流すのではなく、鎌倉をベースに活動する「イマジン盆踊り部」という里山FUNKのグループのライブステージになるという。様子を見に行ったが、地元のほとんどの人は現れなかった。

話を聞いて小川さんは首をかしげながらも、OKを出した。

「イマジン盆踊り部」メンバーの高橋絵美さんは、「『イマジン盆踊り部』は、盆踊りによって地域を活性化したいのです。私たちが行くことによって、お祭りを盛り上げたり、何かの助けになったりすることができたら」と話す。

「地域によっては祭りが廃れてしまった場所がある。祭りが廃れると、地域のつながりが薄れ、それと共に日本の文化がだんだん薄れていく。私たちはそういう地域をまたつなげる力を与えていく助けになればと思っています。お祭りに入り込むことによって皆を元気にしていく。地域の人たちが集まったところで、私たちの役目が終わるんです」

地域再生のためだからと、喜んでOKを出したものの、実は小川さんには、仕方がないという気持ちもあった。小川さん自身が、長い間に忘れられてきた「大山音頭」をつなぎ合わせ、再び盆踊り大会で地元を盛り上げたいという夢を持っていたからだ。あちこち声をかけて「大山音頭」のいろんなバージョンを集め、録音テープも見つけた。

それを新しくアレンジしてもらって地元の唄の名人(コンビニの店長さん)に渡し、カラオケバージョンの制作も頼んだ。同時に、振り付けを覚えているおばあさんに指導を頼み、地元の女性たちと一緒に「大山音頭の会」を結成した。本来の盆踊り大会を本来の会場、旧大山小学校でいずれ再生するために。でもクリスさんのほうが早かった。

移住者が復活させたお祭り。千葉県鴨川市大山「よそ者の盆踊り」

ギターを弾くイマジン盆踊り部のメンバーが会場を盛り上げる/千葉県鴨川市 大山地域のSatoyama Design Factoryにて

結果的に、「大山音頭の会」のデビューは、昨年の「みんなで踊ろう!awanova盆踊り」で、「イマジン盆踊り部」のセットの合間になった。何十年ぶりに復活された「大山音頭」が山に響いたが、聞いている人のほとんどが、バンドのファンたちや外国人、そして他の移住者だった。

「私は顔を出したが、実はこういう感じの盆踊りを昔やっていたんです」と小川さんは、古い写真を見せながら言う。写っているのは昭和18年の大山小学校の前身「大山国民学校」の木造校舎の前、アコーディオンの伴奏で歌う女性と背広姿の男性。小学校の先生たちだったかもしれない。さかのぼると「大山国民学校」ほか大山地域の学校は、新築の大山小学校に統合され、その後、生徒たちが少なくなって10年ほど前に閉校した。今は鴨川市がシェアオフィスとして貸し出している。

よそ者が盛り上がった盆踊り大会から衝撃を受けたか、励みになったのか、保存会の会長は直接は言わない。

「刺激を受けたというか……このことを言っちゃうと申し訳ないけど、よそから移住した方がこれをやっているのに、地域の人間が何もしないのはやっぱりおかしい」と、小川さんは昨年「大山音頭の会」がお祭りでのデビューをした後に言った。

「これに参加する意味、それは将来、我々が主催してみんな仲間になるのが本筋だと私は思っています。皆さんがやっている中で地元の人が参加するのじゃなくて、地元の人が開いてよその皆さんに仲良くしてもらう」

昨年、「大山音頭の会」のメンバーたちは、自分のセットが終わった瞬間に一斉に片付けをして、その場から消えてしまった。でも昨年はあわてて作ってもらった赤色のはっぴ姿とスラックスだったのが、今年はそのはっぴの下に浴衣姿で登場したのだ。

「今年は女性陣に勧められて、『会長も浴衣を着てください』というんで、しょうがなくて館山市のイオンで買って来た」と、小川さんは笑っていう。「今年は最初から皆がうちとけて、『今日は踊るんだ』という感じで来ているから、そこらへんはよかった。このあと「大山音頭の会」の暑気払いの食事会をやるけど、まだ皆、帰らず半分は残っている。まだ踊りたがっている……そういう状況です」

移住者が復活させたお祭り。千葉県鴨川市大山「よそ者の盆踊り」

2018年のawanova盆踊りの様子。多くの参加者は外国籍の人や移住者/千葉県鴨川市 大山地域のSatoyama Design Factoryにて

いつ実現できるのかは分からないが、昔のように地元の人が地元の小学校で盆踊り大会を主催する夢は諦めていないそうだ。新しい家族ら、子供達が来ないと夢のまま終わるかもしれません。でも“よそ者”から、あるコンセプトをもらって、ある形で前進する。

長年に渡って、地域から離れて都会へ働きに行った小学校の卒業生たちは、もう年をとって里帰りができない。彼らのために「大山音頭の会」のメンバーたちが、SDFでの大会前に東京のホテルの宴会場を借りて、向こうにいる皆を集めてもらった。メンバーたちが赤色のはっぴを羽織って「大山音頭」を踊ったら、96歳のおじいさんも参加したそうだ。

■INFO イマジン盆踊り部が登場!ラブファーマーズ・カンファレンス2019「春野★盆踊り」
9月1日、ラブファーマーズ・カンファレンス2019(静岡県浜松市天竜区)にて、「イマジン盆踊り部」が公演します。>>詳細はこちら
*他のライブは「イマジン盆踊り部」のFacebookにて掲載されます。

移住者が復活させたお祭り。千葉県鴨川市大山「よそ者の盆踊り」

何十年ぶりに「大山音頭」に踊る地元の女性たち/千葉県鴨川市 大山地域のSatoyama Design Factoryにて 2018年

It’s never a mystery when I hear the dull thud of taiko drums and scratchy analog songs on a humid summer night. Simply from the tone someone can tell that somewhere a dance is taking place for the spirits of the dead. Called “Obon-odori,” these dances are in a striking way a Japanese equivalent to All Soul’s Night revelry. What is mysterious is how these lantern-lit gatherings (which used to be described as the Festival of Lanterns in old books) just appear at a certain point in summer as naturally as cicadas–varying by region and then just as quickly as the insects disappearing.

Wander around Tokyo in midsummer and you are bound to run across one such dance. Moving to the countryside, however, I learned it’s a different story, as these ceremonies continue to disappear as rural communities age and shrink.

移住者が復活させたお祭り。千葉県鴨川市大山「よそ者の盆踊り」

妖怪の衣装を身につけて踊るイマジン盆踊り部のメンバー/千葉県鴨川市 大山地域のSatoyama Design Factoryにて 2018年

In fact where I live in the Oyama district of the Minami-Boso Peninsula in Chiba Prefecture, I learned that there hadn’t been an Obon-odori dance for decades until a non-local–and an American at that–revived the tradition two years ago.

I was told so by an 86-year-old neighbor, Tadao Ogawa, who has spent his life trying to keep this area’s traditions alive–or at least on the record. According to him, the local women’s community group oversaw the organizing of the dance, and once their numbers shrank, the dance became too much of a burden. It just stopped. The story is the same for surrounding communities.

The American, Chris Harrington, wears a straw hat, is a natural saxophonist, a fluent translator and an active community member. Through him, a small wave of non-Japanese IT experts have settled in the Oyama area, where they have opened a workshop and gathering space called Satoyama Design Factory. It was there where the Obon-odori dance was brought back to life in 2017 complete with lanterns–but with almost no locals with the exception of Mr. Ogawa a few others showing up.

Granted, it was no typical Bon-odori dance: Instead of taiko drums and the sad warble of taped songs, a crowd of foreigners and other outsiders new to the area were there to groove to the live beat of a funk band called Imagine Bon-odori Bu (Imagine Bon-odori Group) that had been invited from across Tokyo Bay.

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2018年の「awanova盆踊り」の様子を撮影する大山音頭の会の会長小川直男さん/千葉県鴨川市 大山地域のSatoyama Design Factoryにて

The band, according to member Emi Takahashi, is on a cultural mission. It travels to villages and towns where the traditional Obon-odori dances have died out to show that the event doesn’t have to be a staid affair and hopefully get locals interested again. Dancing together to a hybrid both familiar and unexpectedly funky is a way to get residents young and old, old and new to interact and appreciate their connections, she says.

That first funky dance took Mr. Ogawa by surprise and unsurprisingly raised his hackles. “If here’s a point to doing this sort of thing it should be done the other way around,” he said. “Outsiders shouldn’t be organizing the local dance and asking us to join in, we should be the ones organizing it and asking them to come join us. It’s strange that they’re doing this for the community while we ourselves do nothing.”

In actuality, Mr. Ogawa had for many years been collecting material about the old Bon-odori dance, finding old photos, the sheet music for the local “Oyama-ondo” song as well as various versions of its lyrics (which seemed to have been changed several times, notably during the war years). He also found an old tape of it. Recombining the lyrics, he even had a new karaoke version recorded–sung by the best voice in the community, the owner of the convenience store. At the same time he located an elderly woman who remembered the song’s original choreography, thereafter creating a new women’s association to rehearse it.

移住者が復活させたお祭り。千葉県鴨川市大山「よそ者の盆踊り」

2018年の「awanova盆踊り」にお揃いのはっぴで出番の準備をする「大山音頭の会」のメンバーたち/千葉県鴨川市の大山地域のSatoyama Design Factoryにて

Mr. Ogawa’s dream was to restage the dance at its original venue–the elementary school. (the old wooden schoolhouse in the photos, however, had long ago been torn down and rebuilt, after all local elementary schools were amalgamated into a single place because of a shortage of pupils.

Instead of at an event at the old school ground, Mr. Ogawa and reconstituted dance association ended up making their debut at last year’s outsider-organized festival. Dressed in matching “happi” coats and black slacks they danced to the karaoke CD track as the Imagine Obon-odori funk band took its break. Practically as soon as they finished, the local representatives left.

This year, happily, it was a very different story. Overcoming their initial tension, the ladies of the reformed women’s association–and Mr. Ogawa too–turned out in fine summer kimonos to do their traditional dance and when it was finished they stayed to groove to the funk.

“They’re really melting in, although it took a while,” said Mr. Ogawa, watching as late afternoon turned to dusk. “Actually after this we’re supposed to be have our summer cooling-off party, but that’s going to be late. Half of the ladies are still not ready to leave.”

Louis TEMPLADO

PROFILE

Louis TEMPLADO

ニューヨーク州ニューヨーク市ブロンクス区育ちの米国人。イエズスの修道会の教育を受け、ニューヨーク州のBard Collegeで西洋哲学、映画論を専攻して卒業。その後、ボストン美術館で働きながら写真と日本語を勉強して1997年に来日。フリーライター・フォトグラファーを経て、朝日新聞社 Asahi Evening News、朝日新聞社国際発信部 Asia Japan WatchとAsahi Weekly記者。2011年から農ライフに関心を持ち、2016年、南房総に自分の農場を手に入れた。

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