東京の台所

<194>友達が“家族”でもいいんじゃない?

〈住人プロフィール〉
会社員(男性)・31歳
賃貸コーポ・3LDK・丸ノ内線 新中野駅(中野区)
入居6年・築年数約40年・友人(男性、29歳、会社員)、友人(男性、33歳、会社員)との3人暮らし

仲違い、ルール作り。男3人暮らし、6年の変遷

『僕たちはゲイでして、恋人ではない友人同士で家を借り、3人でシェアしています。 6年間でルームメイトは何度か代わりました。きっと結婚して家族のいるストレートの方なら帰宅して、夕食を囲む相手がいて、会話がある。これらごく普通のことが、自分にとってはハードルの高いことだったりします。 暮らしてきた過程でトラブルもなくはなかったですが、現在とても快適に仲良く暮らしています。取材にいらっしゃいませんか?』

 留学から帰国した6年前、古くから交流のあるゲイの友人から誘われて軽い気持ちでルームシェアを始めた。取材応募メールには、食費は月1万5千円ずつ、外食が多い土日以外、1日2千円の予算で料理をしているという男性3人の台所事情について、細かく書かれていた。夕食時に3人分の翌日の弁当のおかずも作る。献立は肉・野菜・たんぱく質のおかずを3種。酒は個人で購入。食べなくても返金なし。ホームパーティーはその都度割り勘。
 理にかなった明朗会計で、なんだか楽しそうだ。

 その家は中野の住宅街にあった。軽量鉄骨の2階建て集合住宅で、元は大家の私邸だった上階ワンフロア3LDKを借りている。台所は男性が3人は立てそうなくらい広い。
 応募の彼、Wさんは会社員。ルームメイトは広告代理店(29歳)、旅行代理店(33歳)に勤めている。

 きょうの料理当番はWさんで、仕事から遅れて帰宅したルームメイトはすっと台所に入り、手際よく調理を手伝い始めた。これから友達を招いて宴会を開くという。Wさんの得意なささみチーズカツがからりと揚がる頃、料理をしていないルームメイトと客が酒の買い出しへ。配膳も阿吽(あうん)の呼吸である。
 感心しているとWさんが笑った。

「最初からこういう感じではなかったんです。料理に限らず掃除をしないと気がすまない人と汚れていても平気な人、仕事が多忙で家事ができない人、家事が苦手なのに友達をたくさん呼ぶ人、ゴミ捨て、皿洗い。罰金制やポイント制にしたり、試行錯誤の期間が長かった。互いにストレスが溜(た)まって、最後は口を利かなくなった時期もあったんですよ」
 性格も、育った環境も違う人間同士。自分の“普通”が人の“普通”ではないと互いに気づくのに2年かかった。

 ひとり暮らしや恋人と暮らすため誰か出ていくと、別の仲間が入居する。世代や成育歴の全く違う新入居者が緩衝材になり、いざこざが繕われていくことも多い。また、代々大事にしてきたこの暮らしのコンセプトを再確認し合うことで、原点に立ち返り、歩み寄りがなされてきた。

 無理せず、我慢しすぎず。小さな気配りを持ち寄り、たとえば『料理をした人は洗い物を免除』など、少しずつ居心地のいいユニークなルールを築いて現在に至る。

 Wさんは言う。
「“仕事が大変でさー”とか、“じつは週末恋人と喧嘩(けんか)しちゃって……”、“この間デートした相手が良い人だったんだ”なんて。たわいもない会話をする時間が今はとても楽しいです」

 ところで彼らが6年の歳月を経て守ってきたコンセプトとは、なんだろう?

出会いの場にこめた想い

 通称、中野ハウス。仲間内からいつしかそう呼ばれるようになった。住人がそれぞれゲイやストレートの友達を連れてきては、一緒に卓を囲み、語りあうことでつながりが広がっていく。といっても、いつもより少し張り切って料理をする程度で、大げさなパーティーではない。

「僕らは、いわゆるパーティーピーポーはちょっと苦手で。ゲイの仲間には同じように苦手な人や、コミュニティがない孤独な人もいます。もちろんストレートの人も関係なくつながりが広がったら嬉(うれ)しい。そういう人たちが気軽に集まれる出会いの場になればいいなと思って、中野ハウスを作ったのです」

 6年前、Wさんと中野ハウスのコンセプトを考えた元ルームメイトのSさんが意外な言葉を発した。
「僕は恋愛はしたくないんです」

 え? どうしてでしょう。ここを出会いの場にしたかったのでは。
「いえ、僕は友達が欲しかった。カップルではなく、友達が家族でもいいんじゃないかなって。ゲイはネットの掲示板や新宿2丁目など、出会う場が限られています。最初から恋愛相手を見つけるために会うから、出会ってすぐ恋愛関係になれるかどうか答えを出さなくちゃいけない。それってとてもいびつだなと。じつは僕らは普通のゲイの友達が作りづらいんです」

 男女のカップルがそうであるように、恋愛関係は壊れたらゼロになり相手を通してできた周囲の友達関係も気まずくなりがちだ。
 そういう心もとなさを伴った恋人か否かではなく、楽しいことや喜びを分かち合い、何でも語り合い、時に良くない恋愛をしている仲間がいればそれは違うんじゃないか? と率直に助言できる家族のような、深いコミュニティがあったらいいと考えた。

「この家が有機的につながれる出会いの場になればいいなと僕も願っています」(Wさん)

 彼らにはもう一つユニークなルールがある。
 友達を誘わずルームメイト3人だけで外食に行く日を、必ず月に1度設けることだ。平日は仕事に忙しく、また週末は来客が出たり入ったり賑(にぎ)やかで、あまりゆっくり語り合えないので、そう決めた。料理当番を休んで、語らいを楽しもうという意図もある。
 それを”家族会”と呼ぶのだと、Wさんが教えてくれた。

 たしかに恋人とも友達とも同居者とも違う。もっと心に寄り添った身近で大事な存在に、家族という名はひどくしっくりくる。

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PROFILE

大平一枝

長野県生まれ。失われつつあるが失ってはいけないもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話~紙とヒトをつなぐひそやかな物語』(誠文堂新光社)、 『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)ほか。最新刊は『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)。HP「暮らしの柄」。
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煮物のような味噌汁から始まった彼女の恋

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