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<121>海辺にたたずむ、夢の絵本カフェ 横須賀「うみべのえほんやツバメ号」

 若い頃、「こんなことをしてみたいな」と漠然と思い描いていたことを実現できる人はどれだけいるだろうか。

 京急久里浜線・津久井浜駅から徒歩1分のところにある、横須賀市唯一の絵本カフェ「うみべのえほんやツバメ号」をオープンさせた伊東ひろみさんは、まさにその一人だ。短大の保育科で学んでいた時、絵本の授業でその奥深さに触れたことがきっかけで、絵本に興味を持つようになった

「絵本のゼミに入って、絵本の専門書店に行った時、もともと本が好きだった自分が、絵本のことを全然知らなかったことに驚かされたんです。大人になってから読んでもこんなにいい本なのだから、子どもの頃に出合っていたらどんな風に感じたんだろうって」

 短大卒業後は保育士ではなく、別の仕事に就く。その後結婚し、2人の男の子に恵まれた。月日は流れ、2011年に東日本大震災が起こった時、長男は東北の大学に通っていた。一時的に伊東さんの元に戻り、震災があったことで、卒業後の進路について迷っていた長男に、「私があなたぐらいの年齢のときに絵本のお店をやりたいという夢があったんだけどね」と声を掛けると、逆に「じゃあどうしてその夢を実現してこなかったの?」と問い返された。

「それを言われた時、すごく悔しかったんですが、やれない理由を自分で作ってやってこなかったことに気づかされました。彼にしてみたら、もしかしたら夢を実現できなかったことを子どものせいにしてほしくないという思いもあったのかもしれません」

<121>海辺にたたずむ、夢の絵本カフェ 横須賀「うみべのえほんやツバメ号」

 この出来事をきっかけに、伊東さんは2年間を準備期間と考え、絵本の店を作るために動こうと決意した。同級生の中には、「定年してからでもいいんじゃない?」とアドバイスをくれる人もいたという。しかし、伊東さんは定年後、今と同じ気力と体力を持ち続けられるとは限らないと考えた。

「今から始められたとしても、その先何年続けられるかわかりません。東日本大震災で、いつ何が起きるかわからないと感じましたし、ずっとやりたかったことだから、やるなら今しかないと思いました」

 伊東さんは会社勤めの傍ら、商工会議所の起業セミナーに通い、コーヒーの淹れ方教室やケーキ教室にも参加。休みの日を利用して、絵本専門店や絵本ブックカフェなどを訪れた。さらには、長男にウェブサイト作りを手伝ってもらい、古書の絵本のネット販売も開始。その時のサイト名が「うみべのえほんやツバメ号」だった。

「『ツバメ号とアマゾン号』という児童書が好きで。ツバメ号という船に乗船して絵本を楽しむ時間を過ごしてほしいという思いを込めた名前です。当時は海辺に店を作れるかはわからなかったけど、友達に『横須賀だったらどこでも海に近いじゃない』と言われたことで、そんなに厳密じゃなくても大丈夫かな、と気が楽になりました」

 津久井浜という、ウィンドサーフィンで知られる海の近くで物件が見つかり、いい店舗デザイナーとの出会いもあり、伊東さんが思い描いていた、子どもから大人まで受け入れられる、ぬくもりあふれた店をオープンさせたのは、行動に移してからちょうど2年後の2013年3月のことだった。

<121>海辺にたたずむ、夢の絵本カフェ 横須賀「うみべのえほんやツバメ号」

「夢が実現した! というよりは、本当にお店ができちゃったから、これからが始まり、という気持ちの方が強かったですけどね」

 不安はあったものの、近所の人のみならず、遠方から来てくれる人も次第に増えていき、カフェスペースがあることで、客との交流も増えていった。普段は一人で店を切り盛りしているが、応援してくれるサポーターのような近所の人が手伝ってくれるときもある。

「お店を始める時、よく『ターゲット層を定めるように』などと言われますが、私は小さい子どもたちからお年を重ねた方まで来てもらえるようにしたいと思っていたので、あえて決めたくないと思っていました。実際、オープンしてみるとそれがわりとかなっていてうれしいですね。また、近所の方はもちろんのこと、遠くから足を運んでいただいても、感動してもらえるお店にしたいという気持ちを常に持っています」

 店に並ぶ絵本は新本で、約1000冊の品揃(ぞろ)え。名作から新作までバランスよくセレクトされ、少しずつ児童書や横須賀ゆかりの作家の本なども取り扱うようになった。結婚を機に横須賀に住み始めた伊東さんは、店をオープンしてから、横須賀の文化的な側面に意識が向くようになったという。

「横須賀って文化人や作家が多く住む鎌倉などと違ってあまり文化的な雰囲気がなさそうなのですが、横須賀在住の作家さんもいらっしゃるし、この近くにはかつて若山牧水が暮らしていたこともあるんです」

 オープン半年後には、店の2階を改装して「うみべのギャラリー」を開設。2カ月ごとに絵本の原画展などを行い、トークイベントや絵本の読み聞かせ、落語会などのイベントも開催している。

「オープンした頃は、出版社さんとのつながりはほとんどありませんでした。たまたま三浦海岸在住の絵本作家さんが来てくださり、その後も編集者さんとの打ち合わせで使ってくださったり、他の作家さんを連れてきてくださったりと、少しずつ、輪が広がっていきました」

<121>海辺にたたずむ、夢の絵本カフェ 横須賀「うみべのえほんやツバメ号」

 今は一人で店を運営しているが、この先も長く続けていくため、いずれ一人でできなくなることも視野に入れて、この街にこの店が残っていく道筋を考えていきたいと思っている伊東さん。

「私に会いに来てくださる人もいて、すごくうれしいことなんですけど、私が店にいなくても、お店がスタッフで回り、私は営業や出店など外にも出て行けるようになったらいいなと。オープン当初から思っていたんですけど、なかなかできていないですね。オープンから7年めになっても、まだまだ進化していかなきゃいけないという思いは常にあります」

 うみべにたたずむ、小さな絵本のブックカフェ。伊東さんの思いがいっぱい詰まった“ツバメ号”は、多くの人たちを乗せ、大海原を進み続けている。

<121>海辺にたたずむ、夢の絵本カフェ 横須賀「うみべのえほんやツバメ号」

■おすすめの3冊

『よこすか開国物語』(文と絵/かこさとし)
黒船に乗って浦賀沖に来航し、日本の開国を求めたアメリカのペリー提督。その後の日本の近代化の歴史を、横須賀造船所の建設に尽力した小栗上野介やヴェルニー技士を中心に、わかりやすい言葉で記した絵本。「開国150周年を記念して作られた絵本ですが、この店でしか販売していません。かこさんはすごく好きな作家さんなのですが、大人から子どもまで、歴史を楽しく学べる一冊です」

『しろいうさぎとくろいうさぎ』(著/ガース・ウイリアムズ、訳/まつおか きょうこ)
森で暮らす2匹のうさぎが真実の愛を見つけるまでを、素直な文章と繊細なイラストで描いた絵本。「これは、私が短大時代に読んで感銘を受けた一冊で、まさに原点のようなもの。やさしい言葉で書かれているのですが、大人っぽい内容で、色使いもそう。子どもがこれを読んだら、どんな風に受け止めるんだろうと想像が膨らみます。今でも大好きな絵本です」

『きょうりゅうのサン いまぼくはここにいる』(著/かさいまり、絵/星野イクミ、監修/小林快次)
北海道むかわ町穂別で発見された「むかわ竜」をモデルにした絵本。ティラノサウルスに追いかけられて、海の中に入ってしまったきょうりゅうのサン。その後、何万年も経て化石として発見される。現在まで受け継がれる命のつながりとは? 「5月に発売された新しい絵本です。奇跡のようなロマンが詰まった内容で、1つのページに何万年が過ぎ去る様子が描かれているのですが、改めて絵本のすごさを感じました。『ぼくはここにいる』という自分の役割についても考えさせられます」

    ◇

うみべのえほんやツバメ号
横須賀市津久井1-24-21
http://www.umibenoehonya.com/

(写真・山本倫子)

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PROFILE

吉川明子

兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体に週刊朝日、アサヒカメラ(「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、婦人公論、BRUTUS、mi-molletなど。
https://www.instagram.com/a_yoshikawa0227/
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