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超ワイルドな夫のいる暮らし『はっとりさんちの狩猟な毎日』

超ワイルドな夫のいる暮らし『はっとりさんちの狩猟な毎日』

撮影/猪俣博史

著者の夫、服部文祥(ぶんしょう)さんは、できるだけ装備を持たずに、食料や燃料を現地で調達しながら長く山旅を続ける、サバイバル登山家である。その世界で彼を知らない人は、もはや皆無であろう。

彼の生き方は野性的だ。一見、本能の赴くまま振る舞っているようで、行動すべてにバランス感覚を重視している。物事を深く考え、教養もあり、生き物すべてに造詣(ぞうけい)が深い。ブレのない生き方、圧倒的な文章力には、男女問わずファンが多い。

文祥さんの言動は、現代の食問題や社会問題の原点を突いている、と私は長年思っている。そして、どの書籍からもふと垣間見える決してストレートではない家族への愛情表現が、文祥さんの人間味を増し、なんとなく憎めない。そんな彼との暮らしを赤裸々につづった書籍を、妻の服部小雪さんが発売するとあり、話題にならないわけがないと思った。

小雪さんは美大でワンダーフォーゲル部に所属した経験を持つ、山に魅せられたイラストレーターだ。それゆえ、文祥さんと「自然の中で暮らしたい」という共通の考えから結ばれたのは納得する。しかし実際の生活は、小雪さんが描いた将来像とは大きく異なった方向へ展開する。

「命が心配」は、呪いの言葉?

2人は、2男1女に恵まれる。それぞれのお子さんの出産シーンに立ち会う文祥さんの様子が、「登山家の妻になる」という章の「細胞分裂」に書かれている。1人目の産後まもなく、「山にいってくる」と母子をおいて出発する。2人目が生まれた直後、町内の運動会に参加する。3人目の際は、産後直後の胎盤を助産師さんに「ください」とお願いする。……もちろん断られたとのことだが、この頃からすでに狩猟魂が宿っていることを感じた。

常に危険な登山に挑みに行く夫に「命が心配だ」と告げると、「呪いの言葉」だと言われたそうだ。文祥さんのサバイバル登山のスキルが上がる一方で、小雪さんは近隣との関係を築きながら子育てをするという、放棄できない任務を全うしていくことで、2人の価値観の溝が深まっていき、文祥さんへの悩みを膨らませていく。しかし、それもふんわりとしたイラストと、どこか愛情を持った表現でつづられていくことで、深刻な状況に感じることはない。

2006年、魚の皮を口にくわえ不敵な表情をうかべた文祥さんが表紙の『サバイバル登山家』が発刊。小雪さんは初めて、文祥さんの命がけの取り組みを知ることになる。メディアでの露出が増え、社会も文祥さんの登山を評価し始める。

08年に狩猟をはじめた文祥さんは最初、血まみれではあっても、さばいた肉を持って帰ってきていた。ところが、そのうち鹿の頭部を持ち帰ってくるようになり、小雪さんは失神しそうになったようだ。その後、とうとう自宅に解体スペースが自作されると、鹿がそのまま持ち込まれ、近所の方も巻き込んだ解体作業が始まった。

小雪さんは最初はおののいていたものの、鹿肉のおいしさに目覚めると原始的な感情が芽生えて、狩猟にいく文祥さんを喜んで送り出すようになった。鹿の肉はかむと森の香りが広がり、さっきまで山を駆け回っていた躍動感が伝わってきて、鹿の生き様を感じるそうだ。

まさに「いのちをいただく」行為を服部家では日常的に行っていると思うと、少しうらやましく思った。服部家に運ばれてきた様々な獣をさばく様子も調理方法も、どれもイラスト付きで紹介されているので、不思議とほほ笑ましくも見える。

超ワイルドな夫のいる暮らし『はっとりさんちの狩猟な毎日』

『はっとりさんちの狩猟な毎日』服部小雪 著 河出書房新社 1,500円(税抜き)

鶏に関しては、卵から孵化(ふか)させ育て上げ、鶏自体を食べるまでが細かく書かれているが、もうここまで読むと「これがもっとも人間らしい生活だな」と思えてくるのである。自由でワイルドな文祥さんとは逆に、隣人や周辺地域へのご配慮を忘れずに、コミュニケーションをとり、調和の取れた生活が行えているのは、小雪さんの努力によるものだと応援したくなる。そして、服部家で育つ3人のお子様を育てる上で、ぶつかる様々な問題に直面し、悩み、決断していくお母さんの姿にいとしさも芽生え、涙が浮かんできた。

小雪さんの根幹に「山好き、自然好き、生き物好き」魂が宿っている以上、服部家は安泰だ。現在は犬も猫も家族に加わり結束力はさらに高まった。『はっとりさんちの狩猟な毎日』の続編も楽しみだ。

(文・羽根 志美)

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湘南蔦屋書店 アウトドアコンシェルジュ。
前職のアウトドアメーカーでの知識を生かして
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子どもから大人まで楽しめるアウトドアイベントも多く企画運営している。
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