按田さんのごはん

安田花織さんのふなずしと、照葉樹林帯の「巨大な同じ釜の飯」

安田花織さんのふなずしと、照葉樹林帯の「巨大な同じ釜の飯」

きれいに洗って樽にきれいに並べていく。きれいですねー!

東京・代々木上原と、二子玉川で大人気の餃子(ギョーザ)店、「按田(あんだ)餃子」の店主、按田優子さんの連載「按田さんのごはん」。昨年、著書『たすかる料理』のインタビューで語っていただいた、どこまでも自由な按田さんワールドを、さらにどっぷり、写真と文章で味わえる貴重な機会。第6回はケータリングや料理教室を中心に活動している料理人の安田花織さんから贈られたという「ふなずし」のこと。……と思ったら、話はそこから発酵を経由して「照葉樹林文化」へと、高く広く飛んでいきます。皆さま! シートベルトをしっかりとお締めください!

    ◇

先日の新刊のトークイベント後、スタッフの方から預かりものを受け取った。「ヤスダ様より」と書いてあるだけで、どのヤスダさんなのかわからない。ピンクの紙袋を使いそうなヤスダさん?! トークイベントに来てくれそうなヤスダさん?! 皆目見当がつかなかったけれど、紙袋の中身をあけてどの人かすぐにピンときた。

中に入っていたのはぴっちり飯に包まれていた1匹のふなずし。これは、料理人のヤスダさんに違いない! そして、これは彼女のお手製のふなずしだ!

おいしいふなずしを自力で探すのは至難の業で、だから私のふなずしとの出会いはいつも受け身です。おいしいふなずしを手に入れるためには、誰かくれないかなーと念じるのが一番! いや~今回もおいしいふなずしがやってきました! それもお手製☆

※ふなずしとは、滋賀県の琵琶湖一帯に伝わる伝統食品で、琵琶湖のニゴロブナを自然発酵(乳酸発酵)させて食べるすしのこと。塩蔵した魚を米飯とともに漬けて熟成させる「なれずし」の1種

自分とは何者か?という問いは、日本を飛び越え巨大な同じ釜の飯へ

安田花織さんのふなずしと、照葉樹林帯の「巨大な同じ釜の飯」

旅先のペルーと滋賀で出会った本は偶然にも同じテーマでした

ふなずしといえば以前、滋賀の食事文化研究会編の『ふなずしの謎』という本を読んだことがある。一体この本でどんな謎が解けるのか?と思っていたら、読み進めるうちに滋賀県庁職員有志による「環境と食の研究会」というのがあって、その人たちがふなずしのルーツを求めて雲南省に調査に行った時の様子が書かれていた。

自慢のふなずしと地酒を携えてまだ見ぬ同朋(どうほう)に会いに行くくだりが特にたまらない。現地の人にふなずしと日本酒を味見してもらうと、「非常においしい」「ここのものと同じ酸味がする」とか、「お酒は似ているけど薄くて苦く感じる」と言われたり。帰りの飛行機の中ではきっと「あのナレズシの炒めもの、香辛料きつかったな~、やっぱりナレズシは滋賀のふなずしが一番だよな~!」と盛り上がっていたに違いない。別段ふなずしに興味があるわけではないのだけれど、同じ文化圏のところに赴き、やっぱり結局は自分のところの料理が一番!と立ち戻る結論が一番のお気に入り。

自分とは何者か?という問いに端を発する探究は壮大になりがち。以前、ペルーの日本語学校を訪れたとき、日系人たちが移住とともに持ってきたであろうたくさんの本が寄付された本棚の中に『雲南の照葉樹のもとで』という本を見つけた。まさか南米大陸でこの本に出合うと思っていなかったので、鮮烈に覚えている。

異国の地での未知の生活と労働、言葉も風習も違う土地へ足を踏み入れる自分たちはいったいどこから来てどこに向かおうとしているのか? そんな気持ちでこの本を携えてきたのかと思うと、体が熱くなった。自分たちのルーツを掘りに掘っていったら、日本を通り越して共通する文化圏という巨大な同じ釜の飯にたどり着くというスケールのデカい結論に、彼らは南米の地で何を思ったか。

ヒマラヤからミャンマー、日本へ広がる照葉樹林帯の道とナレズシ

安田花織さんのふなずしと、照葉樹林帯の「巨大な同じ釜の飯」

安田さんのふなずし。樽に詰めたらこのまま東京の自宅に送ってもらうそうです

照葉樹林文化は日本文化の源流の一つで、照葉樹林帯の道が極めて多くの重要な文化要素の伝播(でんぱ)に関わっていると言われている。稲、麹(こうじ)で作る酒、大豆の発酵食品、こんにゃく、シソ科の植物の利用、歌垣などのその他の習俗など文化的特色がヒマラヤ南麓からアッサム、ミャンマー、ラオスを経て雲南・貴州、揚子江から日本へ広がる地帯に共通点を多く見いだすことができるそうです。

ナレズシもその例にもれず、稲作とともに広がっていった加工法で、中国の南部や東南アジアにも魚や肉のナレズシがあるそうです。しかも、キュウリやラッキョウ、大豆のナレズシもあるというから驚きです。ナレズシは塩漬けした後に米飯を重ねて乳酸発酵させるのが特徴で、米飯が乳酸発酵するまでの期間、塩が保存をしていてくれるというのが大まかな流れ。塩漬けの段階で雑菌が多く入れば雑味になるし、下処理の丁寧さがのちのち味にひびいてくる。

お手製のふなずしは何度か食べたことがあるけれど、泥臭いと言われがちな川魚が発酵して、何とも言えない大地の味になっているものはとびきりおいしい。落ち葉が発酵して森の中がいい香りになっているような感じが、あの樽の中で起こっているなんて! この気候帯に漂う菌のなせる業。自分たちの暮らす環境から醸(かも)し出される味なのだから、口の中に広がる酸っぱさや複雑さは、自分の体にすでに携えているもののような気もしてくる。ほら、私たち、ご飯食べてるし。

安田花織さんのふなずしと、照葉樹林帯の「巨大な同じ釜の飯」

ナレズシを作りにタイに行く安田さん。嬉しそうですねー

そんなおいしいふなずしをくれた安田花織さんは料理人で、日本中おいしい食材があればどこにだって行くし、そのルーツを求めて足を延ばしてアジア各国に行くことも。その土地の気候風土や祭事、生活全般ひっくるめて郷土料理に触れてくる旅をしながら、食材調達、さらにはついでに現地で仕込みまでして持ち帰ることもあるのだから面白い、まさに歩く照葉樹林文化。

劇的にマズいふなずしを食べて飲みこめなかった苦い経験のある彼女の、92歳のおばあさんに教わるふなずし作りも、今年でもう5年目になるとか。タイにふなずしの原型を仕込みに行ったり、ついでに大豆を葉っぱに包んで自家製納豆を作ってみたり。さらには、近所で簡単に手に入る魚でナレズシを少量で作るようにもなったとか。ある時にはふなずしを仕込んだ足でふなずしとは別行動をとり安田さんは九州へ、投網でとったはすは塩漬けしてふなずしの樽(たる)とともに宅急便で東京の自宅へ。はすはそのまま魚醤(しょう)にしてもいいし。どこでも仕込めて移動もできるのが保存食のいいところ。

塩は「塩辛や魚醤」に、ご飯は「麹、甘酒、酢」につながっている

安田花織さんのふなずしと、照葉樹林帯の「巨大な同じ釜の飯」

しゃがめるところが台所、な安田さん

安田さんの料理教室はそんな経験を自宅でも簡単にできるように落とし込んだもの。自家製の調味料や漬物や発酵のコツがたくさんのメニューとともに季節ごとに習えます。彼女の営みは食への飽くなき探求心とも言えるけど、そんな風にはめてしまってはもったいない! 一見すると素人では手の届かないナレズシ作りのように感じるけれど、魚にまぶす塩は、身近な塩蔵、塩辛、魚醤にもつながっているし、ご飯は、麹、甘酒、酢につながっている。

安田花織さんのふなずしと、照葉樹林帯の「巨大な同じ釜の飯」

塩切り後の洗いは高圧洗浄機が便利と発覚! 92歳のおばあちゃんのひらめきです!

これがこう枝分かれしてくるのか、ということが分かってくれば、手元にある何を入れたらよいかわかるようになる。そうやって教室を訪れた人がまさに文化の現役稼働を体感できるのは楽しいですね。料理上手を目指さなくとも、取り巻く文化に身を置く自分をのぞいてみれば、ほら、すでに味噌汁にいい塩梅で味噌を溶いていますよね!という解説をしてくれる料理教室なのです。それが料理の時短になって昼寝の時間が増えたらなお結構。くれぐれもふなずしを仕込みに行ける人になりたいなんて頑張らないように。

■ヤスダ屋
https://yasuda-shikutan.com/

【今月の按田優子】
10月5、6日長野県の車山高原にて開催される、
フランス車の祭典「第33回フレンチブルーミーティング」。
6日にScuderia Peperoncnoのブースで、
ペルーのお土産やら自宅にある珍品を断腸の思いで出品いたします! 
ぜひ遊びに来てくださいね!(私は無免許、車は持っていないので車の会話はできません………)

>>「按田さんのごはん」バックナンバーはこちら

按田優子さんがペルーのジャングルで食べた、ある日のご飯
最強のプレイボーイになるための「食べつなぐレシピ」
按田餃子の味を決める衝撃の魚しょうゆと、洗練のお弁当
按田優子さん「土鍋でカオマンガイ」
按田優子さん~水餃子屋と「ボンタデカン」のこと

PROFILE

按田優子

保存食研究家。菓子・パンの製造、乾物料理店でのメニュー開発などを経て2011年独立。食品加工専門家として、JICAのプロジェクトに参加し、ペルーのアマゾンを訪れること6回。2012年、写真家の鈴木陽介とともに「按田餃子」をオープン。
著書に『たすかる料理』(リトルモア)、『男前ぼうろとシンデレラビスコッティ』(農文協)、『冷蔵庫いらずのレシピ』(ワニブックス)。雑誌での執筆やレシピ提供など多数。

最強のプレイボーイになるための「食べつなぐレシピ」

トップへ戻る

RECOMMENDおすすめの記事