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死者のまなざしで眺める自分『君が異端だった頃』

死者のまなざしで眺める自分『君が異端だった頃』

撮影/馬場磨貴

世の中には2種類の人間がいる。燃える人と、しずめる人である。島田雅彦先生は後者だろう。「島田雅彦による自伝的青春私小説!」と帯にあり、「君は」と呼びかけながらつづられていく本書で、しずめまくっている!

慢性的な不安が心にはびこり始めた9歳、島田少年は家の裏の森に行き、気持ちをしずめることを日課としていた。小学校卒業の頃から登山に夢中になったのもうなずける。多くのスポーツは、力をいかなる点で爆発させるかが重要だけど、登山はいかに体力を使わないかがポイントだからだ。

中学時代には、セックスと暴力を描きながらも音楽がロックンロールではなくクラシックの映画『時計じかけのオレンジ』に夢中になる。高校では文芸部の先輩に一目ぼれしラブレターを出したが、「熱い気持ちを受け取って、水で冷やしておくね」といなされる。その後、西麻布のお寺に座禅に通うなど、「燃えろいい」「燃え上がーれ×3」の時代に心身しずめまくりである。

それは称号にして罰のようなもの

ほかにも「島田を殴る」と宣言した作家、芥川賞受賞を阻止し続けた「戦犯」、お母様がいたく気に入り、結婚を勧めそうな勢いだった女性作家らが実名で登場し興味深いが、とりわけ奥様に恋人ニーナのことがばれた事件がすごい。先生は妻ある身で、アメリカで知り合った美女と2年間恋仲になっていた。

女ふたりが壮絶なバトルを……と思うでしょうが、彼女たちに突きつけられるのは、作家を愛したという現実だ。

奥様に「どんな償いができるっていうの?」となじられたとき、先生は「それは原稿を書き終えたら、考える」と言った。ニーナに平手打ちをされた後、先生は言う。「原稿を書かなければならない。三日待ってくれ」。

かつて浮気(しかも二股)にかまけて執筆に集中できないこともあったけど、本気で愛した女ふたりのどちらを選ぶかという場面で、先生は書くことを選んだ。小説は逃げ場かもしれないが、言い訳ではない。だってこんな修羅場で先生はちゃんと書いてしまうんだから。その後、奥様もニーナもある種の諦観(ていかん)を持ったのは、「私は誰かほかの女には勝てるかもしれないけど、小説には勝てないのだ」と思い知らされたからではないかと思う。

ふと「鎮魂」という言葉が浮かび、本書の謎が解けた!と思った。

死者のまなざしで眺める自分『君が異端だった頃』

『君が異端だった頃』(集英社) 著・島田雅彦 1850円(税抜き)

これは死ぬ間際、走馬灯のように島田先生の脳裏に浮かぶであろう眺めの活字版なのだ。いろいろ出てくる曲名はどれもどこかレクイエム的だし、帯の「恥多き君の人生に、花束を。」も、祝い花ではなくご供花なんだと思えてくる。

なによりタイトル。異端であることは先生が背負い続ける称号にして罰のようなもの。「死後も異端でいるしかない」という覚悟も出てくる。これが過去形になっているのは、とにかくいったん生を離れ、死者のまなざしで自分をしげしげと眺めているよう。本書は生前葬であり、生きているうちの遺言公開の書。表紙がモダンな墓石めいているのも、しっくりきてしまう。

(文・間室 道子)

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超ワイルドな夫のいる暮らし『はっとりさんちの狩猟な毎日』

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