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《さんぽの途中で純喫茶 東京みちくさ篇》難波里奈さん「偶然の出会いに心が躍る。そこでしか味わえない空間」

木々が色づき、澄んだ空気が気持ちいい、おさんぽにぴったりの季節。秋晴れの日はスニーカーを履いて、まだ行ったことのない東京の街に出かけてみるのもきっと楽しいはず。
純喫茶をこよなく愛し、全国の純喫茶をめぐる東京喫茶店研究所二代目所長の難波里奈さんに、おさんぽの途中で立ち寄りたい、とっておきの純喫茶を紹介していただきます。

(文 小林百合子 難波里奈さんの写真は、山本あゆみ撮影)

有楽町 ストーン
凜とした石造りの空間にうっとり

「東京喫茶店研究所」の二代目所長(初代は詩人で写真家の沼田元氣さん)として、日本中の純喫茶を取材し続ける難波里奈さん。「ほぼ毎日純喫茶に行く」という難波さんにとって、純喫茶は家と同じくらい(いや、それ以上!?)に落ち着く場所だそう。

「ほとんどの場合は、今日はこの店に行くぞ! と決めて行くのですが、お店で過ごした後に周辺の商店街を歩いたり、猫を追いかけて路地をぶらぶらしたり、おさんぽをすることは多いですね。その途中にまた気になる純喫茶を見つけたりして、その偶然の出会いがあるから、街を歩くのは大好きなんです」

お気に入りの店としてまず挙げてくれたのが、有楽町にある「ストーン」。その名の通り、店内は壁も床も石造り。純喫茶と聞くと、時を経て、あめ色になったテーブルが並ぶウッディな空間を想像しがちだけれど、ここはそんなイメージとは少し、いやかなり違っている。

《さんぽの途中で純喫茶 東京みちくさ篇》難波里奈さん「偶然の出会いに心が躍る。そこでしか味わえない空間」

有楽町の駅前にあり待ち合わせにもぴったり 写真『純喫茶の空間(エクスナレッジ)』より 撮影 福田喜一  

「かつては石材店のショールームを兼ねていたお店で、国会議事堂建設の際にも石を卸していたそうです。凸凹の陰影が美しい壁は御影石という豪華さで、そのシックな雰囲気に合わせて床や椅子、テーブルもモノトーンで統一されているのがとてもすてきなんです」

店内は喫煙と禁煙のスペースに分けられていて、入ってすぐの喫煙席は丸みを帯びた円形に近い空間。レジを挟んで奥にある禁煙席は、御影石の壁が緩やかな波を描く、これまた面白い形の空間だ。

《さんぽの途中で純喫茶 東京みちくさ篇》難波里奈さん「偶然の出会いに心が躍る。そこでしか味わえない空間」

モノトーンで統一された内装がスタイリッシュ。どっしりとした御影石の壁が、この店の歴史を物語っているよう 写真『純喫茶の空間(エクスナレッジ)』より 撮影 福田喜一

《さんぽの途中で純喫茶 東京みちくさ篇》難波里奈さん「偶然の出会いに心が躍る。そこでしか味わえない空間」

床はモザイクタイル。椅子やソファ、テーブルも床の色に合わせて白と黒でまとめられている 撮影 山本あゆみ

「純喫茶のいいところは、ただ四角い部屋に椅子と机を並べましたというだけじゃない、ちょっと普通じゃない空間が味わえるところ。ここもそうですけど、床や天井が面白い形だったり、まるで店自体がアート作品のようなところもあって。ひとつとして同じ空間がないというところにすごく魅力を感じるんです」

お気に入りのメニューはフルーツサンド。ふわふわの食パンにゴロンと大きなバナナと軽い口当たりのホイップクリームがたっぷり。懐かしい瓶入りのコーラも、つい頼んでしまうのだとか。

「場所柄、スーツ姿の方も多いのですが、その傍らにはフルーツサンド目当てにやってきた若い人たちもいたりして。どんな人でも気兼ねなく入れて、インテリアをただ見つめてぼんやりと心地いい時間が過ごせるというのもストーンの魅力。駅からすぐなので、銀ブラの途中に立ち寄ってみるのもいいかなと思います」

《さんぽの途中で純喫茶 東京みちくさ篇》難波里奈さん「偶然の出会いに心が躍る。そこでしか味わえない空間」

看板メニューのフルーツサンド。これを目当てに通うファンも多い 撮影 山本あゆみ

有楽町 ストーン(since 1966)
東京都千代田区有楽町1ー10ー1 有楽町ビルヂング1F
03-3213-2651
月 8:00~19:30
火~金 8:00~20:00
土日祝 11:30~18:00
休 なし

蔵前 喫茶店 らい
マスターの個性的な世界観にどっぷり浸って

「ほとんどの純喫茶は昭和に造られたものですが、その時代が持っていた余裕というのでしょうか、とにかく空間造りにものすごくお金と労力が払われているなあと感じるんです。中には今つくったら億はくだらないなんて言われているお店もあるほど。今の時代は「安く」「早く」ということに重きが置かれがちですが、やっぱり心地いい空間というのは、お金はもちろん、人の手や情熱が惜しみなくかけられて初めてつくられるんだなあと感じます」

蔵前にある「喫茶店 らい」もそんな純喫茶のひとつ。

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写真『純喫茶の空間(エクスナレッジ)』より 撮影 福田喜一

「とにかくマスターの独特のセンスが店に散(ち)りばめられていて、唯一無二の空間なんです。不思議な動物らしきオブジェがあったり、階段には吊(つ)るしシャンデリア、床はれんがで、窓にはめられたステンドグラスもとても美しい。どこかに例えることができないオリジナリティあふれる空間で、何度足を運んでもため息が出ます」

美的センスの塊のようなマスター。ちょっととっつきにくい感じなのかと思いきやじつはとってもダジャレ好きで面白い方なのだとか。

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写真『純喫茶の空間(エクスナレッジ)』より 撮影 福田喜一

「マスターの優しいお人柄とユーモアはメニューにも現れていて、ナポリタンの上に牛タンを乗せたスパゲティの名前は『ナポリ舌(タン)』(笑)。なんでも、何か面白いメニューはできないかと考えていた時にひらめいたのだそう」

この店を訪れる楽しみは他にもあるそう。

「近くに『おかず横丁』という商店街があって、店で一服した後はそこをぶらぶらとおさんぽするのが定番です。昔ながらの風景があって、歩いているだけで楽しいんです。この店に通うまでは蔵前をじっくり歩いたことはなかったのですが、今では大好きな街のひとつになりました」

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写真『純喫茶の空間(エクスナレッジ)』より 撮影 福田喜一

時にはおさんぽの途中で気になる純喫茶を見つけることもあるとか。

「まず外観が醸し出す雰囲気で、ここはいい店だ! とピンと来るんです。窓からのぞくと時代を感じさせるすてきな家具が並んでいたりして、そんなお店を見つけるとうれしくなってしまいますね」

年々、老朽化などで数を減らしている純喫茶。でもだからこそ偶然の出会いに心が躍る。難波さんにとってみちくさは、新しい純喫茶との出会いを与えてくれる、大切な時間なのです。

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写真『純喫茶の空間(エクスナレッジ)』より 撮影 福田喜一

喫茶店 らい(since 1962)
東京都台東区三筋2ー24ー10
電話 なし
10:00~14:00
休 土日祝

目黒 コーヒーの店 ドゥー
愛らしい屋根裏部屋でパリ気分を

《さんぽの途中で純喫茶 東京みちくさ篇》難波里奈さん「偶然の出会いに心が躍る。そこでしか味わえない空間」

写真『純喫茶の空間(エクスナレッジ)』より 撮影 福田喜一

物心ついた頃から古いものが好きだったという難波里奈さん。大学生時代に古着に魅せられてからはその思いが一層強くなったのだそう。

「古着を着ていてふと感じたのが、蛍光灯の下だとなんだか合わないなあという気持ちで。それでなんとなく薄暗い空間を好むようになったのですが、ある時純喫茶に入ってみたらものすごくしっくり来て。純喫茶に夢中になるきっかけはそこにあったのかもしれません」

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写真『純喫茶の空間(エクスナレッジ)』より 撮影 福田喜一

日々使うものでも、新品ピカピカのものより、味のある古さがあって、誰かが使った痕跡のあるものが好きだし、落ち着く。目黒にあるコーヒーの店 ドゥーもまた、そんな難波さんの古いものへの愛をかき立てる場所です。

「目黒駅から少し歩いた路地にあるお店なのですが、内装がすごくほっとするというか、落ち着ける場所なんです。屋根裏部屋のような雰囲気で、決して広くはないのですが、そのおこもり感がいい。愛らしい出窓があったりして、きゅんとするんです」

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写真『純喫茶の空間(エクスナレッジ)』より 撮影 福田喜一

それもそのはず、初代のマスターは度々フランスを訪れていた方だそうで、内装だけでなく、メニューにもパリの空気が流れています。

「ここは日本におけるクロックムッシュ発祥の店と言われていて、もちろんお店の看板メニュー。初代のマスターがパリで友人が作ってくれたクロックムッシュのおいしさに感激して、お店で出すようになったのだとか。バターをたっぷり塗ったパンにハムとチーズというシンプルさですが、オランダ直輸入のゴーダチーズを使っていて、たまらなくおいしいんです」

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写真『純喫茶の空間(エクスナレッジ)』より 撮影 福田喜一

カウンターでポコポコと音を立てるサイホンとマスターの手さばきを見ながら過ごすのもよし、窓際の席で静かに本を開くのもよし。自分だけの時間をゆったりと過ごせる場所を持てるのはとてもぜいたくなこと。

「本当は誰にも教えたくないなと思っていたんですけど、やはりすてきなお店はたくさんの人たちに知って欲しくて。今では満席の時も増え、扉を開けてはいれないな、なんてことも(笑)。でもそこは目黒駅のすぐそば。目黒通りをおさんぽしてからまた立ち寄ればいいんです。そんな風にふらりと気軽に立ち寄れるのも、東京の純喫茶のいいところです」

コーヒーの店 ドゥー(since 1972)
東京都品川区上大崎2ー15ー14
電話 03−3444−6609
月~金 9:00~20:00
土祝 13:00~19:00
休 第2第4土、日

渋谷 名曲喫茶 ライオン
音楽に包まれる、美しい名店

《さんぽの途中で純喫茶 東京みちくさ篇》難波里奈さん「偶然の出会いに心が躍る。そこでしか味わえない空間」

写真『純喫茶の空間(エクスナレッジ)』より 撮影 福田喜一

日本全国、あまたの純喫茶を巡ってきた難波里奈さんが、「心から好き」という空間が渋谷にある「名曲喫茶 ライオン」。純喫茶の世界に夢中になってすぐの頃、最も大きな衝撃を受けた店でもあります。

「まず驚くのはその照明です。美しいブルーのライトで、昼間でもどこか神秘的な雰囲気。店主の方に伺うと、昔このあたりには映画館が数館あったそうで、映画を見て、ここでお茶を飲んでというのが定番のデートコースだったとか。青い光には女性を美しく見せる効果があるそうで、その名残が今も残っているんです」

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写真『純喫茶の空間(エクスナレッジ)』より 撮影 福田喜一

2階建ての店内は高い吹き抜けになっていて、渋いあめ色になった階段や手すりには古き良き渋谷の時間が染み込んでいるようです。

「階段を歩くとギシッ、ギシッと音がして、外国の古い洋館に足を踏み入れたような感覚。それがまたたまらないんです。お店の正面にはスピーカーがあって、その方向を向いている席が多く、向かい合わせの席は少ないんです。純喫茶というより映画館のような趣で、みなさん静かにクラシックに耳を傾けています」

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写真『純喫茶の空間(エクスナレッジ)』より 撮影 福田喜一

席には月ごとにかかる曲目のリストが。まるでクラシックコンサートに来たかのような感覚です。

「純喫茶でおしゃべりを楽しむのももちろん好きですが、こうしてひとりの時間にどっぷりつかる時間も同じくらい好きなんです。仕事柄、取材で人とお話しすることが多いので、取材の前や後にここに来ると気持ちが落ち着きます。ひとりでじっくり本を読んだり、お手紙を書いたりするときにも足を運びますね」

日本で最も人が行き交う街と言われている、渋谷の片隅に、こんなに静謐(せいひつ)な空気に満ちた場所があるなんて。純喫茶というのは本当に奥深くて、面白い。

《さんぽの途中で純喫茶 東京みちくさ篇》難波里奈さん「偶然の出会いに心が躍る。そこでしか味わえない空間」

写真『純喫茶の空間(エクスナレッジ)』より 撮影 福田喜一

「純喫茶の魅力は、ひとつとして同じ空間がないところだと思うんです。だからどれだけたくさんお店に足を運んでもいつも驚きと感動がありますし、その時の用途に合わせてお店を選ぶことができるんです。私は常々、純喫茶は自分の第2の家だと思っていて(笑)。自分の家や部屋は気分に合わせてそんなに頻繁に模様替えはできないけれど、純喫茶に行けば、そのときの気分に合わせて、大好きな空間に身を置ける。それってとてもすてきなことだなと思うんです」

悲しいのは老朽化や街の再開発などで閉業してしまうお店が増えてきたこと。古き良き昭和の面影を残す純喫茶、新しい時代を迎えても変わらない魅力を、じっくり、ゆっくりと感じてみてください。

名曲喫茶 ライオン(since 1972)
東京都渋谷区道玄坂2−19−13
電話 03−3461―6858
11:00~22:30
休 なし

    ◇

難波里奈(なんば・りな)
東京喫茶店研究所二代目所長。東京生まれ・東京育ち。現在、日本橋に勤務の会社員でありながら、仕事帰りや休日にひたすら訪ねた純喫茶は1700軒以上に。学生時代に、「昭和」の影響を色濃く残す家具・雑貨・洋服などに夢中になり、当時の文化遺産でもある純喫茶の空間を、日替わりの自分の部屋として楽しむようになる。その後も、東京を中心に全国の純喫茶を巡り、ブログ「純喫茶コレクション」に店内の様子や訪問時の記録を綴っている。純喫茶の扉を開ける瞬間が至福の時。純喫茶の魅力を広めるためマイペースに活動中。
著書に『純喫茶、あの味 愛され続ける名店の一皿』(イースト・プレス)・『純喫茶とあまいもの』(誠文堂新光社)・『クリームソーダ純喫茶めぐり』(グラフィック社)・『純喫茶レシピ おうちでできるあのメニュー』(誠文堂新光社)がある。

純喫茶の空間 こだわりのインテリアたち

《さんぽの途中で純喫茶 東京みちくさ篇》難波里奈さん「偶然の出会いに心が躍る。そこでしか味わえない空間」

昨年末に著書『純喫茶の空間(エクスナレッジ)』を刊行した難波里奈さん。これまでも多くの純喫茶本を発表してきましたが、今回のテーマは「インテリア」。愛する純喫茶の中でも、内装や空間造りに店主のこだわりが光るお店を厳選して掲載しています。

著者:難波里奈
出版社: エクスナレッジ (2018/12/22)
価格: 1,600円(税別)
仕様:160ページ
ISBN:9784767825663

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